動乱
神田明宏の弔いが終わると、後藤とビーストはまたそれぞれの仕事に戻って行った。
眼鏡の男と術士の主・金谷空人は、横たわる神田の身体を見つめた。その後ろで、女性の術士が様子を窺っている。
「起きる気配はありそうか?」
金谷が尋ねた。
「いいえ。魂も分離していません。正確にはまだ、死んではいないかと」
「何処までも使い物にならない男だな。まぁ良い。捨てておけ」
「かしこまりました」
眼鏡の男はあの黒い玉を呼び出し、神田を別の場所へ移動させた。
再度服装を整えると、金谷はポケットから子瓶を取り出した。彼が術士の力を解放する際に使用する霊魂だろう。だがそれは……。
「どうです沖田社長? 私の方がこの会社をもっと大きく、強くすることが出来る」
そう、以前沖田恵理の家族を襲撃し、彼女の父親を殺害したのは、他でもないこの空人だったのだ。彼はその当時から既に降霊術を使用していたのだ。
自分の恩師を殺し、おまけにその魂を自分の道具として利用するとは。自分が頂点であることの証明だとでも言うのか。
「今、我が社の邪魔になりうる企業はあるか?」
「現在は……H・Yコーポレーションかと」
次のターゲットが決まった。H・Yコーポレーションは墓守の幹部・平岩雄二郎の会社だ。この男の裏に降霊術を持ち出した墓守・Xがいるとしたら、平岩が墓守の指揮官であることも当然知っている筈だ。
会社名を聞いて金谷が笑みを浮かべた。
「そうか。経済的にも、そして術師としても、彼等を消す時が来たようだな。白河」
「はい」
女性が返事した。その周りを霊魂が回っている。
「時は来た。行け」
「わかりました」
白河は霊魂を率いて広間から出て行った。
「さて、では我々は彼に会うとしよう」
外に出る2人。廃屋の入り口にはリムジンが停まっていた。それに乗り込むと、金谷はドライバーに行き先を伝えた。
黒い車が、H・Yコーポレーションに向かう。墓守のトップと、術師のトップが相見える瞬間だ。
場所が近いためか、車はすぐに目的地に到着し、金谷は術師を連れてビルに入って行った。ロビーの女性に軽く会釈すると、エレベーターに乗り込み、何と地下のボタンを押した。墓守としての平岩の部屋がある場所を知る者は少ない。ということは、彼には全て見えているということか。
その後迷うことなくスタスタと廊下を進み、社長室と書かれた扉を開けた。中にいた平岩は驚く様子も無く、椅子に深く腰掛けて腕を組んで待っていた。
「見えていたよ、君たちの姿がね」
「……ああ、なるほど」
金谷は平岩に指示される前に手前の椅子に腰掛けた。男の方は立ったままだ。
「私もそこの彼のような秘書が欲しいものです」
「見えるのか」
「ええ。価値のあるものは何でも見えるんです」
「なるほど、降霊術で手に入れた力か」
降霊術を使用することで得られる力には大きいものから小さいものまで色々あるらしい。金谷の場合は価値あるものを見通す力。それが霊であっても見えるようだ。
平岩は腰元に付けた武器に手をかけている。ソレを見ると金谷がクスクス笑った。
「ご安心を、今日は話をしにきただけです」
「話?」
「まず1つ目。H・Yコーポレーションさんに、我が沖田グループの傘下に入ってもらいたい」
その質問に、平岩は笑みを浮かべた。
「自分の立場がわかっているのか?」
「あなた方が邪魔なのですよ。暴霊の未来のためにも、そして、我が社の成長のためにも……消えてもらいたい」
「話し合いでは済まないようだな」
そう言って平岩が出したのは、銀色に輝く拳銃。ソレを見ると男が術で大剣を呼び出した。この狭い空間で戦えば、被害は社員にも及びかねない。
金谷も笑みを浮かべて鎌を呼び出した。と同時に1体の人魂も召喚した。淡いピンク色に輝く魂。平岩はその魂から男性の叫び声を聞き取った。
「お前が殺したのか」
「そうでなければ我々は降霊術を使えません」
捕らえた魂を見せびらかすと、金谷はそれをまた小瓶にしまった。同時に鎌も姿を消した。
「私は大きな力を得た。あの人も私を止めることは出来ません。もう誰の指図も受けない。これからは勝手にやらせてもらうことにしました」
それは、墓守・Xを裏切ることに等しい。彼等に術を授けたのはXだ。
平岩と術士も武器をしまった。だが平岩はまだ用心している。その証拠に、手はまだ銃に触れている。
「残念だが、我が社はお前と手を組むつもりは無い。他をあたることだな」
「そうですか……残念ですね。では、また来ます」
「おい」
部屋から出ようとする2人を平岩が呼び止めた。
「老婆心ながら忠告しておく。あまり調子に乗らない方が良い。……お前達がどうなろうと、我々の知ったことではないがな」
「ご心配どうも」
2人が部屋から出て行く。平岩はその背中をずっと睨んでいた。扉が閉まると、術師達の動向を追うように守護霊の元相方に命じた。
「覚悟しておけ、金谷」
平岩は早速、都内の墓守全員に呼びかけた。
珍しく仕事が入らず、悠真は恵里と一緒に食事をとっていた。これほど落ち着いた昼食は久々だ。
「仕事はどう?」
「どうって……まぁ、普通かな。敵の親玉を倒せれば1番良いんだけど」
「ふうん。目星はついてるの?」
「いや、まだ。でも必ず倒すよ」
これ以上暴霊を人為的に増やさないために。そして、恵里の家族の敵討ちのために。
彼女の家を襲撃した者が暴霊か術士かはわからないが、かなりの力を持っていることは確かだ。だが、気になることがもう1つ。その怪物を追い払った、もう1体の怪物だ。もしそれが恵里の父か兄だとしたら、そして、それが暴霊だとしたら……。必然的に、恵里の家族も1人切らねばならないということになる。
「西樹君? ねぇ、西樹君?」
「あ、ごめん」
「電話、光ってるよ?」
恵里に言われて見てみると、確かに着信が入っていた。相手は安藤だった。きっと新たな仕事だろう。恵理も理解してくれたようで、悠真は軽く会釈して席を立ち、安藤に電話した。
「もしもし? 俺今食事中だったんですけど」
『上からの招集命令だ。都内の墓守が集められてる。こりゃあ何かあるぞ』
「何か?」
『いつもの所で待ってる。早く来い』
「わかりました」
普通の暴霊なら、墓守1人に連絡すれば済む。それが登録されている全墓守を集めたとなると、相手は強敵、或いは複数いるということなのか。
もしや、敵の正体がわかったのか? だとすればこれは大きな進展だ。これで、降霊術師を一網打尽にすることも出来るかもしれない。
悠真は校門を出た。正門付近に安藤の車が停まっている。すぐに助手席に乗り込み、安藤に挨拶した。車はすぐに動き出した。
平日だったためか道はかなり空いていた。が、安藤の運転する車が到着したのは昼頃だった。
車を降りて社内に入った。ロビーの受付嬢と目が合うと、受付嬢が自分から2人の方にやって来た。今までこんなことは1度もなかった。それほどまでに重大な事態なのだろう。
「地下2階の広間です。お連れします」
受付嬢に連れられて2人はエレベーターに乗り込んだ。すぐに地下2階に到着し、彼女を先頭に、3人は先へ進んだ。ここは資料室が幾つもあるようで、今までの浄霊の資料も保管されている。10畳の部屋6つ分全てがその保管庫だと考えると、毎日何体もの暴霊が出現しているのだなと実感する。
広間はその更に奥にある。受付嬢はドアを開けて2人を中に入れた。
中には秋山荘司とその部下数名、他にも知らない墓守が10人、その内2人が秋山と同じようにチームを持っている。この管轄内には、女性は秋山のチームの1人と、もう1人眼鏡を掛けた者の2人しかいないようだ。墓守達の視線の先には平岩雄一郎が立っている。
「待っていた。今から話を始めるところだ」
「すいません」
「先日、術師の主に接触した」
悠真の思った通りだ。
平岩自ら墓守を呼び寄せ、しかもこれだけの数の墓守が集まるとなると、降霊術師に関して新しい、有力な情報が手に入ったと考えられる。そして、主の正体がわかったという事も悠真の予想通りだった。術師は強力だ。2人、3人では太刀打ち出来ない。だからこそ、術師の倍以上の数が必要だったのだ。
「私に言わせれば相手は小物だ。だが、少数では叶わないだろう」
「何故、あなたはそう思うのです?」
奥にいる術師が前に出てきた。眼鏡をかけた男性だ。彼はチームを従えている。
「城之内、双賀君か」
「私や白銀君、秋山君はチームを持っています。それに私のチームはこの中で最も優秀な成績を残している。それでも、私だけでは戦えないと言うのですか?」
「ああ。油断すれば、確実に殺される」
墓守・城之内双賀は少し不満げな表情だ。自分の実力に相当の自信があるのだろう。
チームを持っているということはエリートである証。だが、同じエリートでも、秋山とは大違いだ。秋山のチームは互いに信頼し合っていて、まるで家族の様だ。しかし城之内のチームは皆ロボットのように無表情で、血が通っていないように思われる。そして、もうひとつのチームは更に謎だ。皆意志は持っているのだろうが、互いを信頼しているようには見えない。寧ろ敵視している。彼等を束ねる墓守も仏頂面だ。
また、そんなエリート達を、数人の墓守は余り良くは見ていない。自分達もワンランク上の墓守になりたいという野心を持っている。いつかこのエリート達をも抜く存在になる。彼等の視線からそんな思いが伺える。そして、その視線は安藤にも向けられていた。彼が悠真の指導係だからだ。指導係に任命されるのも、それなりに認められた者だけなのだ。
こんな調子で、果たしてあの術師達を倒せるのだろうか。殆どの者が自分の地位の事ばかり考えている。術師が普段相手にしているような暴霊とは訳が違うということは承知している筈だが。
「皆も気を引き締めて、今回の仕事にかかってほしい。雑念は捨てろ。術師の殲滅を考えるんだ」
平岩の言葉に、城之内が小さく手を挙げる。続けて他の墓守達も同じように手を挙げた。中には静かに頷く者もいる。
「よし。では続ける。術師達の根城は、嘗てショッピングモールだった廃屋だ。2年前に倒産し、建物も崩す予定だったが、現在は沖田グループが土地を所有している」
悠真は耳を疑った。
沖田グループと言えば、恵里の父が管理していた会社ではないか。こうなると、その術師の主とあの事件の関係を疑わずにはいられない。
「主は沖田グループ現総帥、金谷空人だ」
金谷空人。先日三東という暴霊が狙っていた人間だ。彼は術師だったのか。
隣の安藤も彼のことは知っている。金谷を安全な場所に避難させたのはこの男だ。
社長……だとすると恵里の家族を殺したのは、金谷だったという推理が出来る。自分で殺害しておいて、平気な顔をして線香を上げに恵里の家に上がるとは。悠真は、あの男に対する憎悪を膨らませていった。
「突入は明日の夜。入り口が複数ある筈だから、幾つかのチームに分けて突入した方が良いだろう」
「なるほど」
「今回、チームを持っている秋山君、白銀君、城之内君には、外の警護をやってもらいたい。暴霊が居るかもしれないからな」
それを聞いて、やはり城之内は不満そうな顔をした。外の警護など中で術師と戦うことに比べれば地味な仕事。それに暴霊が居なければ警護する意味もない。自分の力を誇示したい城之内としては引き受け難い仕事だろう。しかし、反論すれば自分のランクを下ろされてしまうかもしれないと考え、仕方なく引き受けた。
その他の墓守達は3つのチームに分けられた。3人のチームが2つ、4人のチームが1つだ。悠真と安藤のところには、眼鏡を掛けた女性が入った。女性は常に表情を変えず、何を考えているかわからない。とりあえず初対面なので、自己紹介することにした。
「あの、安藤です。ほら、青年」
「ああ……ん?」
一瞬、悠真は何か妙なものを感じた。だが気のせいだったようだ。姿勢を正して、これからチームを組む女性に挨拶した。
「西樹悠真です」
女性が悠真の顔を見た。約30秒程その状態が続いた後、女性が口を開いた。
「白河泉です。よろしく」




