復讐
ある夜。秋山荘司は都内を車に乗ってぐるぐる巡っていた。決してドライブではない。先日安藤に呼ばれて遂行出来なかった仕事のためだ。ターゲットは都内各地に現れるため、こうして見回りしていないと場所を特定出来ないのだ。
「良いところだったのに」
実は安藤に呼ばれたとき、秋山はその暴霊を発見していたのだ。このとき部下に任せて友のもとに向かったのだが、やはり浄霊には失敗したらしい。
それにしても、秋山に出動要請が出る程の暴霊とはどんなものなのか。エリートの墓守が呼ばれるということは、暴霊のターゲットが大物ということなのか。
「しかし、狙いは何なんだ?」
何と、秋山自身もそのターゲットについて詳しく知らなかった。
同じ頃、悠真は安藤宅で夕食をとっていた。近くのコンビニで買ってきたカップ麺に熱湯を注いで蓋を閉め、約4分経ってから、それを開ける。安藤が風邪を引いているため料理が作れなかったのだ。いや、病気でなくとも、安藤は元々料理をしない。
「すまんな青年、俺が病気をしたばっかりに」
「は?」
「いや、看病に来てもらっちゃってよ」
「あぁ。まぁそれもあるんですけど、明日待ち合わせをしてましてね。近いんですよ、ここ」
気のせいだろうか、安藤は自分の体温が下がってゆくような感覚を覚えた。
それにしても悠真が待ち合わせとは。仕事関係の待ち合わせはよくあることだが、今回はそれとは違う。明日は何と、恵里に会うのだそうだ。
「青年も成長したな、うん」
「何がうん、ですか。会ったの2年前でしょうよ」
「解るんだよ、俺には」
「いやぁ初めて聞きましたねぇ。あっ、この番組ですよ」
悠真がテレビを指差した。明日はとある番組の観覧に行くことになっていて、その番組がちょうど今放送されていたのだ。
タイトルは、【トモダチ紹介しまSHOW】。芸能人が友人を連れて登場し、芸能人の素顔を探ろうという、よく解らない番組だ。アンケートを取った方が早いのではとも思う。
『さぁ、やって参りました、トモダチ紹介しまSHOW! 司会は私、火野祐介と、』
『アナウンサーの小町みどりです』
『さてさて、今日のゲストは今話題のあの方だとか』
だとか。
自身の番組なのだから知っているだろう。
『それではお越しいただきましょう! 今人気沸騰中の俳優、宇賀神要一さんです!』
司会が紹介すると、セットの中央にあるカーテンを開けて俳優が歩いてきた。均整のとれた顔。瞳はブラウン。肌は純白で、西洋人のようにも見える。
『さて、宇賀神さん。今日は1番仲の良い友達を連れてきてくださったとか』
『ふふふ、はい。友達っていうか、先輩みたいな存在ですね』
『なるほど。では、お越しいただきましょう! トモダチ、Come on!』
再びカーテンが開き、今度は眼鏡を掛けた男が入ってきた。赤と黒のチェックの入ったシャツを着ていて、ズボンも黒。耳まで伸びた黒髪は少しボサボサだ。
『宇賀神要一さんのトモダチ、千鳥哲さんです!』
『宜しくお願いします』
何となく暗い印象の男だ。もしかしたら、この様な環境が苦手なのかもしれない。
番組スタッフが椅子をふたつ持ってきて、2人をそこへ座らせた。司会者の隣には大きなボードが。上には【宇賀神要一について】と書かれていて、下には長方形のシールが4枚貼られている。なるほど、トークの内容か。
火野がボードのシールをめくると、【実はだらしない?】という見出しが出て来た。これが最初のトーク内容だ。
『要一君は片付けが苦手です。片付けてもすぐ散らかします』
『ちょっ、ちょっと! それは千鳥さんも一緒でしょう? あの、この人、普段は新薬の研究とかやってるんですけどね、部屋の床は書類やら何やらでもう散らかり放題! 足場無いんですよ』
こんな感じで番組は進行する。この後もどうでも良い話題をずっと話して、番組は終了した。次回ゲストは大友ミカ。彼女の回を明日観覧しに行くのだ。
番組が終了した後、悠真は深いため息をついた。果たして自分は明日耐えられるのだろうか。そもそも恵里の誘いに乗ったのは観覧のためではなく彼女と一緒に居る時間を作るためだ。番組は、本当にどうでも良い。
「うっひゃあ、青年の嫌いそうな番組だねぇ」
「よく解ってるじゃないですか」
「なるほど。青年がコレの観覧にOKを出すとなると、これか?」
言いながら、安藤が小指を突き立てて見せた。悠真は適当な返事を返した。隠す理由も無いだろう。
「なるほど。青年もそういう歳になったか!」
喜ぶ安藤。2人が出会ったのは今から少し前だが、それでも彼にとって、悠真は仕事上の相方以上の存在になっていた。
悠真は反論せず笑みを浮かべた。何だかんだ、彼にとっても安藤の存在は大きなものになっていたのだ。
棚から布団を取り出して床に敷くと、悠真は横になった。この布団も、悠真が泊まりに来るときのために安藤が買ったものだ。
「そうだ。一応、明日7時に起こしてください」
「あいよ」
それを伝えるとすぐに悠真は眠りについてしまった。ここのところハードな仕事が多かった。口には出さないが、彼も相当疲弊しているのだろう。
明日は彼の貴重な休日だ。それも、大切な人と一緒に居られる日だ。
「神様仏様、明日はどうか、何も起きませんように」
安藤が神仏に祈るとは。
滅多にしないこと。それには、彼の過去が関係していた。まだ悠真にも明かしたことのない、彼の過去が。
「大切にしろよ、青年」
眠っている悠真にそう呟くと、安藤もその場に横になった。
その翌日。
安藤が起こしてくれたお陰で、悠真は予定通りに家を出ることが出来た。
待ち合わせ場所は安藤宅から歩いて30分程のところにある。近いとは言っていたがそこそこ距離はある。彼は歩くのが好きな人間だ。30分というのも彼にとってはさほど長くないのである。朝は車は多いが人は少なく、楽に歩くことが出来る。
悠真はダークブルーのシャツに黒いロングコートという出で立ち。普段とあまり変わらない。
かなり緊張している。思えば彼女と、いや、異性と2人きりでデートをする経験は無い。1度1学年上の異性と出かけたことはあったが、それはデートではなく浄霊のためだった。
目的地に近づくにつれて不安が増幅する。遅れてしまったらどうしよう。いや、逆に早く着きすぎて恵里に罪悪感を抱かせてしまうのではないか。考えないようにしたいが、不安は自然に湧き出てくる。
「あぁ、来ちまった」
目的地はもうすぐそこだ。前方に巨大な銀色の建物が見える。そこへ何台もの車が出入りしている。ここが収録現場、ひまわりテレビ本社だ。入口付近に人が並んでいる。彼等も観覧に来たのだろうか。
恥ずかしいので、ゆっくりとその集団に近づく。恵里はまだ居ない。早く来てしまったらしい。その瞬間、彼の背筋がぞくっとした。周りに居るのは知らない人間。怖い。視線が怖い。普段見ず知らずの霊と戦っている男とは思えない。
自分の存在感を消さなければ。ポケットに手を突っ込み、背中を丸める。他人と目を合わせないよう目を瞑る。すると視覚以外の感覚が研ぎ澄まされ、他人の声が大きくなってゆく。余計に他者の存在が気になってしまった。
この状態で固まって立っていると、背後から、
「西樹君?」
驚いて振り返ると、そこには恵里が立っていた。悠真はお辞儀をした。同級生なのだが。
「どうしたの?」
「うん? いや、寒くてさ」
「今日寒いよねぇ」
恵里は赤いマフラーをして、同じ様に赤い手袋をはめていた。夏はあれほど暑かったのに今は物凄く寒い。
「お待たせしました! それでは私についてきてください!」
スタッフが客を呼びに来た。悠真と恵里も彼等に付いて中に入った。
このとき、もう1人の客もひまわりテレビに来ていた。客は建物をゆっくりと見上げると、同じように中に入っていった。
その頃楽屋では、本日のゲストである大友ミカがテーブルに足を乗せ、携帯をいじっていた。
これが、今を時めくアイドルの実態なのか。テレビではもっと可愛らしく装っているが、現実は大きく違っていた。金のショートヘアに、黒と赤を基調とした服を着ていて、縞模様のタイツを履いている。黒は身体が引き締まって見えるよう錯覚させる。そういった効果も踏まえて服を選んでいるのか。
「大友さん、そろそろ時間です」
「ったく、良いとこだったのに」
面倒くさそうに、ミカは携帯をバッグに仕舞って立ち上がった。
そういえば、今回の番組は友人を連れてくるというシステムのものだ。ミカの友人はどこにいるのだろう。楽屋にはいないようだが。
「あれ? アヤは?」
「桜井さん、まだ見えないんですよね」
「はぁ? アイツ何やってんだよ!」
ミカは仕舞った携帯を再び取り出し、友人に電話をかけた。だが、繋がらない。何度かけ直しても繋がらない。とうとう頭に来て、ミカは携帯を部屋の隅に投げ捨てた。友人が来なければ番組は成立しない。これはスタッフのせいではなく、待ち合わせ時間に遅れてくるような友人を紹介したミカの責任だ。彼女は、自分が責任を負うのが一番嫌だった。
「あ! すいません!」
と、そこへ、スタッフの1人が駆け寄ってきた。
「桜井さん来ました! 今、違う部屋で待ってもらってます!」
「アイツ……ちょっと行ってくる」
「いや、もう時間ですから」
そう、収録開始まであと10分。友人に文句を言っている暇はない。特にこの少女のことだ、少し注意したくらいでは済まさないだろう。
ミカは舌打ちし、渋々スタジオに向かった。スタッフは思わず溜め息をついた。こうしてまた1人、彼女を嫌う者が増えるのであった。
スタジオの観覧席は既に埋まっている。悠真と恵里は最前列、セットから見て左側の席に座っている。
収録開始の前に、スタッフから番組を盛り上げる為の様々な説明がなされた。客はただ観に来るだけでは駄目らしい。拍手だったり、笑いだったり、そういったもので番組を盛り上げる必要があるようだ。
そうこうしている内に、司会者とアシスタントがスタジオに入ってきた。2人は客に一礼してから所定の位置に立った。いよいよ、収録が始まる。スタッフがカウントダウンを始める。5、4、3・・・。2からは声を出さずに数える。このときにはカメラがONになっているので声が入ってしまうのだ。カウントダウンが終了すると、部屋中に何やら元気な曲が流れ、司会者が話し始めた。
「皆さん、こんにちは! 今日も始まりました、トモダチ紹介しまSHOW! 司会は私、火野祐介と、」
「アナウンサーの小町みどりです」
「いやぁ、最近急に寒くなりましたね!」
「そうですねぇ」
「では、今日のゲストに、温めていただきましょう! 本日のゲストは、アイドル、大友ミカさんです!」
なるほど、こういう紹介で来たか。
火野が手を中央のカーテンに向けると、それが開き、奥から大友ミカが笑顔で走ってきた。
ミカはあの、耳に障る高い声で自己紹介をして席についた。これは悠真の個人的な思いである。彼は所謂ブりっこが嫌いである。大抵は表裏があるし、その中の何人かは暴霊である場合もあるからだ。人を惑わして近づき、自分の思い通りに操るわけだ。そういえばつい最近、そんな暴霊を倒した気がする。
「ええっと、そういえばミカさん、最近ニューシングルを出したそうで」
「そうなんです! 皆さんも是非聴いてくださーい!」
恐らくこのとき、テレビの画面にはそのCDのジャケットが写し出されているのだろう。
「さて、今日は仲の良いお友達を連れてきてくださったとか」
「はい! いっつも一緒に遊んでるんです!」
「ほうほう」
「ちっちゃい頃から仲良くって、辛いときもお互いに励ましあったりしてました」
観覧客は気づいていないが、真っ赤な嘘である。ミカはかなり腹黒い性格で、兎に角自分をよく見せようとする。たとえ、嘘をついてでも。
「では、お越しいただきましょう! トモダチ、Come on!」
再びカーテンが開いた。奥から誰かが歩いてくる。
「本日のトモダチ、桜井アヤさん……です……?」
司会者が真顔になった。アナウンサーも、大友ミカも。観覧席の後ろで様子を見ていたスタッフ達もざわついている。
火野は今、女性の名前を呼んだ。しかしそこにいるのは男性だ。薄茶色のセーターを着た、優しそうな笑みを浮かべた男性。もしや、ミカの熱狂的ファンが来てしまったのか。ディレクターと思われる人物が部下に「警察に連絡」と命じた。スタッフが部屋を出て連絡しに行こうとするが、途中で苦しそうな声を上げて倒れてしまった。誰にも聞こえないような小さな悲鳴だ。
「嘘、何で?」
ミカは、突如現れた男性を見て震えている。声のトーンも本来のものに戻っている。彼女にとって来てほしくなかった客らしい。
「はじめまして、大友ミカさんの友達の、佐藤剛史です」
困惑しているミカ達を余所に、男性は話し始めた。
「嘘、嘘よ! あんたは友達じゃ」
「僕は8ヶ月、ミカさんとお付き合いをしていました」
優しい口調でとんでもない発言をする。今の言葉で客席もざわついた。現役アイドルの恋愛事情。しかもどのテレビでも、どの週刊誌でも報じられていなかったことだ。
「ミカさんは、初めは優しい人でした。つき合い始めて1ヶ月経ったときから、ミカさんはおねだりをするようになりました」
「やっ! やめて!」
「ブランドモノのバッグ、高いアクセサリー、コート、色んなものをおねだりしてきました」
「やめて! やめてやめて!」
「僕はミカさんが好きだったので、借金をしてでも彼女にプレゼントしました」
「やめろっつってんだろ!」
とうとうミカが本性を現す始末。彼女の真の姿にも、そして、彼女と男性の過去についても、その場にいた全員が驚いた。ほんの数分で、アイドルの人気が音を立てて崩れてゆく。それもこんな、優しそうな1人の男によって。
「でもあるときから、ミカさんは僕と連絡をとってくれなくなりました」
客席の声が大きくなった。中にはミカのファンもいたらしく、怒って立ち上がり、何か喚いている。聞き取れたワードによれば、好きなアイドルに相手がいたことが許せないらしい。
そんな状況でも男は続ける。
「あるとき、街中でミカさんを見かけました。そのときにはもう、次の相手がいました」
「嫌、嫌……」
「彼女に問い詰めましたが、彼女は『知らない』の一点張りでした。私はもう、赤の他人になっていました」
とうとうミカは頭を抱えてその場に崩れた。綺麗に整えた髪も滅茶苦茶だ。
そんな彼女を、火野と小町が見下すように見つめる。カメラマンもニヤニヤしながら彼女にレンズを向ける。ところがその瞬間、レンズが音を立てて割れてしまった。更に他のカメラも同じようにレンズが割れ、使い物にならなくなった。続いて照明が2つ上から落ちてきた。
恵里が不安そうに悠真を見つめる。この現象……男は暴霊だ。一般人にも見えるということは普通の霊とは違う。暴霊化の動機もはっきりしている。悠真はこっそり、隠しておいたステッキに手を伸ばした。いつでも浄霊出来るように。
怪現象を目の当たりにして、観客が一斉に立ち上がってスタジオから逃げ出した。司会者やスタッフも震えてその場から逃げ出す。ミカは身体に力が入らず逃げ出せないようだ。悠真と恵里はしばらく動けずにいたが、悠真が恵里に逃げるように告げ、先に逃がした。
3人だけとなったスタジオ。男は微笑みながらミカを見つめている。
「友達として、僕は今日、大友ミカさんに罰を与えることにしました」
「な、何すんだよ!」
「君を殺すだけだよ」
優しい口調で彼女に言う男性。手から青い炎が吹き出し、そこから杖が現れた。先には鎌がついている。
「来るな、来るな! 来るなあっ!」
「さぁ、行こう」
彼女に向けて男が鎌を振り上げた、そのとき、
「待ちな」
悠真が呼び掛けた。刀を取り出して相手を威嚇している。男はそれを見てもまだ表情を崩さない。ずっと笑顔だ。もしかしたら術師の力を借りて蘇ったのかもしれない。そのときに墓守の話を聞いていたのかもしれない。
「あんた、邪魔だから出てって」
悠真がミカに言った。
「何のつもり? 私を誰だと思って……」
「いいから出てけって言ってんだろうが!」
悠真の恫喝に怯んだのか、ミカはその場から逃げ出した。男性が1万円札を彼女に向けて飛ばしたので、すかさず悠真はそれを切り捨て、男と向かい合うように立った。
「話は聞いてます」
「そうか、なら話は早い」
男はポケットから何枚もの1万円札を取り出すと、それを悠真に向けて飛ばしてきた。
飛んでくる万札を切り捨て、悠真は武器を構える。
30秒ほど武器を構えて睨み合う両者。その後、セットの中央で2人はぶつかり合った。武器がカチンとぶつかる度に、男の鎌からは金の粉がふわっと湧き出た。
「邪魔をしないでくれよ。彼女は罪を償わなければならないんだ」
「罪? あぁ、あんたがさっき言ってたヤツか!」
この男が暴霊化した理由はミカへの復讐らしい。男は表情1つ変えずに悠真と互角の戦いを繰り広げている。笑顔で武器を振り回している姿はどこか不気味だ。
しかし、今回はこの暴霊の気持ちもよく解る。悠真は猫を被った女性が嫌いだ。しかも他人を騙して金を吸い上げるとなれば尚更だ。
「あんたの言い分も解るけど、これも仕事だからな!」
刀を大剣に変えると、それを振って衝撃波を放った。攻撃は男に直撃し、セットを突き破って吹き飛ばされた。
ちょうどすぐ後、物陰からミカが出て来た。
「何なの?」
「あんたがあの人を化け物に変えたんだ」
「はぁ? 訳解んない! ふざけんじゃ……」
「ふざけてねぇよ馬鹿!」
目の前の女性が自身にとって嫌いなタイプだからか、今日の悠真は普段よりも感情的だ。その気迫に圧倒されてミカは黙り込んだ。
「ああいう化け物は……ちっ!」
暴霊について話そうとしたが、途中でそれを止めて後ろを向いた。ほぼ同時に万札が数枚飛んできたので、それを鎌で弾いた。
万札が飛んできた方を見ると、そこには黄色い装飾に身を包んだ神官が立っている。腰には虎柄のマントを巻いており、肩の装備とマントには、アクセサリーの様に万札が何枚もついている。腕は異様に細長く、指には指輪をつけている。そしてその眼は、復讐の赤に染まっている。
ミカは暴霊の姿を見て悲鳴をあげて気絶してしまった。丁度良い。楽に戦える。
「あんたも色々、大変だな」
悠真はすかさず青白い炎を発動した。更に衝撃波を放ったが、本性を露わにした暴霊にはもうそれほど通用しなかった。反対に暴霊が指輪から放った光線を食らい、0が吹き飛ばされた。ミカにぶつかりそうだったがなんとか堪え、暴霊に向かってゆく。
再び中央でぶつかる2人。男はもう冷静さを失っている。あの笑顔は仮面だったのだ。至近距離に近づいた瞬間、暴霊は杖から金粉を噴射した。細かい粉が0の視界を奪う。その隙に、今度は杖で墓守を突き飛ばし、更に光線を浴びせた。
「う……え? 何? 何なの?」
更に厄介なことに、音でミカが目を覚ましてしまった。暴霊はミカを睨んだ。
「覚えてる?コレ」
暴霊は、指にはめている赤い宝石のついた指輪を見せた。それを見ると、ミカは言葉を失った。
「そう。僕が君に買ってあげた指輪。君が欲しいってねだった指輪。もうはめてないんだね。それから、このコート」
今度は腰のマントを指差した。あれはコートだったのか。
「欲しいものは何でも買ってあげたし、お金に困っていると言えば迷わず貸してあげた。僕の生活がなりたたなくなっても。でも、君は僕の前から姿を消した。いつの間にか新しい恋人が出来ていた」
「ごっ、ごめんなさい!」
「死ぬときは辛かったよ。練炭自殺ってね、本当に苦しいんだ。呼吸が出来なくてね。でも結局、死にきれなかった」
1枚の万札を取り出し、ゆっくりとミカに歩み寄る。ミカは、恐怖でその場から動けずにいる。
「そう、僕は幽霊なんだよ。君もこれからそうなる」
「いや」
ミカが泣き始める。暴霊はそれを嘲笑う。
「大丈夫。僕のときより楽だ。これを、頭に貼れば良いんだから」
暴霊は万札を長い指で持ち、それを彼女の額に貼ろうとした。この万札は何故か縁から黒い煙のようなものが出ている。暴霊の恨みが湧き出ているのか。
「さようなら」
貼ろうとした直前、暴霊を何発もの銃弾が襲った。それらはミカにはあたらず、直前にカーブして彼女にあたるのを回避している。ミカが振り返ると、そこには武器を銃に変化させた0が。それを見るとミカは再び気絶した。今度は恐怖ではなく、緊張の糸が切れたためだ。
「くっ、また邪魔を!」
「勘違いすんなよ? コイツには生きて罪を償わせた方が良いかもって思っただけだ」
「ふざけるな! 僕の、僕の邪魔をするなあっ!」
怒った暴霊が再び赤い光線を放つ。しかしそれは、0が発動したバリアによって無効化されてしまった。普段滅多に使用しない武器の1つ、楯である。
暴霊は続けて万札や金粉を放つものの、それらも楯の前で炭と化した。
「終わりだ」
楯をガトリングに変化させる。その隙に0を始末しようと暴霊が動き出す。
相手が向かってきたが、攻撃が来る前に引き金が引かれた。暴霊の体に何発もの銃弾が撃ち込まれ、一瞬で焼き尽くした。焼かれたことにより大量の金粉が宙を舞う。
浄霊が完了し、悠真は元の姿に戻った。ミカはまだ気を失っている。とりあえず彼女はそのままにして、悠真はスタジオから出て行った。
廊下には誰もおらず、悠真はとりあえず怯えて逃げるフリをして局の外へ出た。外では観覧客が警察から事情聴取を受けている。番組スタッフも話をしている。
色々と面倒だ。こっそり帰ろうとすると、後ろから肩を叩かれた。恵里だ。少し心配そうな面持ちだ。悠真がまだ病み上がりだからだろう。
「大丈夫だった?」
「ああ。でも、何かごめんね。せっかく誘ってもらったのに」
「何で西樹君が謝るの? ふふふ」
自然と笑みがこぼれた。
このあと、結局事情聴取を受ける羽目になり、悠真はとりあえず自分で作ったシナリオを警察に話した。
後日、この事件と大友ミカの件は新聞やニュースで大々的に報道された。
カメラは壊れてしまったが録音装置は無事だったらしく、暴霊の身元が判明した。男の名は佐藤剛史。自宅アパートで死亡しているのが発見された。遺書も見つかり、ミカに対する恨み辛みがびっしり書かれていたという。
殺害には失敗したが、大友ミカは大バッシングを受け、結果的には社会から抹殺されることとなった。
新聞を閉じ、悠真は目を瞑った。今日は大学付近のファミレスで、安藤と食事している。
「ははは、それで、大事なデートが台無しになった訳か!」
「台無しにはなってませんよ。時間は作れましたから」
そう。今回の目的は彼女と過ごす時間を作ること。あの日も夜は映画を観に行ったりした。
こうして彼女と過ごしていて、悠真は改めて、ミカのような異性に引っかからなくて良かったと心から思った。
「そうだ、今度は俺とデートしようぜ」
「はぁ? おかしいじゃないですか?」
「いやいや、この前良い喫茶店を見つけたんだよ。な、行こうや」
そういえば、仕事以外で安藤と出掛けることは少ない。偶にはそういう日も良いか。
悠真は安藤の誘いを了承した。安藤はとても嬉しそうだった。
・トリビュート・・・貢がされて捨てられた男が暴霊となったもの。嘗て女性に貢いだ物を身にまとっている。




