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絶体絶命

 都内の廃屋。

 術士の神田明宏と後藤英明が何かを話していた。

「で? 僕に協力しろと?」

「そうだ」

「ははは、この前までの威勢は何処へやら」

「黙れ! あの墓守は常に力を上げている。個人戦で勝てる相手ではないのだ」

 後藤は考える素振りを見せた。彼からすれば、相手はさほど強くない墓守だった。神田が負けたのは実力が無かったからだ。

 だが、彼の提案もまた面白い。後藤は神田に手を差し出した。

「いいですよ。暇つぶしにはちょうど良い」

「暇つぶし、か」

 手を組んだ2人の術士。彼等が企むこととは……墓守・0の殺害。





 肌寒いある日、悠真は珍しく、恵里と校内を散歩していた。普段食事のときにしか一緒に居られないので、偶には散歩でもしようと悠真が誘ったのだった。安らぎが欲しかったのかもしれない。最近現れた暴霊は、悠真の旧友だったり、友人を狙ったりしていた。自分の近辺の者達が危険にさらされると精神的疲弊が生じてくる。だからこうして誰かと接することが、今の悠真にとって最高の幸せなのだ。

 しかし、話す内容が全く無い。この状況で暴霊の話をするのもおかしいだろう。そんなことを考えていると、悠真の脳裏にある疑問が浮かんだ。何故恵里は、ああも素直に墓守や暴霊を受け入れることが出来たのだろう。あんな怪物を見れば、普通なら驚いて関わらないようにするだろう。ところが恵里は悠真を受け入れ、浄霊のことも理解してくれた。既に墓守や暴霊を見たことがあるのか、はたまた……。それに、以前口にしていた「2回目」という言葉。その真意とはいったい。

 ふと彼女の方を見ると、彼女も真顔で悠真を見つめていた。どこか不安げな顔だ。

「あの」

 2人同時に声を発した。恥ずかしくなり、2人とも顔を背ける。彼女も何か伝えたいようだ。悠真は恵里に、「先にどうぞ」と言った。恵里から悠真に何かを伝えようとすることは滅多にない。だからこそ、彼女の思いを受け止めたかった。

 屋外の、木の生い茂る中庭。周りには誰も居ない。風がヒュウッと音を立てて中庭に吹く。

 暫し沈黙。足下を見つめたまま固まる恵里。伝えるべきか否か迷っているのか。悠真はじっと立ったまま、彼女の言葉を待っている。直前に浮かんだ疑問もあって、彼も不安になっていた。

 だが、ついに決意したのか、恵里は悠真の方を見た。その眼に迷いはない。

「あのね、私」

『くくくくく……』

 恵里の言葉を遮るように、中庭に男性の声が響きわたった。その瞬間悠真の背筋に悪寒が走った。この感覚。招かれざる者が、すぐ近くにいる。

 笑い声は恵里にも聞こえたようで、彼女も周りをキョロキョロ見回している。悠真は刀を構えた。武器を見て恵里の顔が一瞬強張った。

「何処だ! 用があるなら出てこい!」

 姿の見えない敵に対して悠真が威嚇する。風が、今度は彼を嘲笑うかのように吹き荒れた。

『くくくくく』

「西樹君!」

『邪魔してしまって申し訳ない。ですが、これも仕事なのでね』

 声が徐々にはっきりと聞こえるようになってゆく。相手が近づいているのか。恵里も駆け足で悠真に近づいた。

 風の勢いが増したのか、木々が大きく揺れ始めた。いや、風のせいではない。よく見ると枝が蛇のようにうねっている。近くにいる第3者はやはりあちら側の人間のようだ。

『あなたのことは調べました。墓守、という職種の方だとか』

 墓守、その聞き慣れない言葉に恵里は不思議そうな顔をした。だが何となく、悠真のように暴霊相手に戦っている者なのだと理解した。

「よく調べてるじゃねぇか」

『敵を潰すには、まず敵を知らなければならない。ただの霊はあなた方を知らない。だから簡単に消されてしまう』

 声がすぐ後ろで聞こえた。悠真と恵里は同時に振り返った。そこに、白い鳥のような姿の怪人が立っていた。

「私にはくだらない未練も無い。あなた方を潰す。そのために呼び戻された。ただの霊とは違うのですよ」

「よく喋る暴霊だな。誰に雇われた?」

「依頼人の情報を洩らす殺し屋が何処にいますか?」

「西樹君、あれって」

「どうやら、俺をやりに来たみたいだな」






 その頃、安藤肇は競馬場の脇にあるベンチに腰掛けて6枚の万札を見つめていた。どうやら1発当てたらしい。

 それらを大事に財布に仕舞うと、男はゆっくりと立ち上がった。儲けた金のうち、幾らかはパチンコや次の競馬につぎ込まれる。今日はパチンコに行く予定で、近辺にあるパチンコ店に向かおうとした。が、同時に彼の携帯が振動した。手にとって確認すると、相手は平岩雄一郎だった。新しい仕事だろうか。だらだらと通話ボタンを押して携帯を耳にあてた。

「もしもし」

『突然すまない。緊急事態だ』

「緊急事態?」

『降霊術師がまた現れた。君達を襲いに来るかもしれない。何か起きてないか?』

 これまでに、安藤は特に何もされていない。むしろ競馬で儲けて良い気分だ。

「ああ、そうですね。……あ、青年」

 喜んでいた安藤の顔は一気に青ざめた。もしかしたらもう対峙しているかもしれない。

 安藤は返事もせずに電話を切り、近くの駅に向けて走り出した。もうギャンブルなどどうでも良い。一刻も早く悠真の無事を確認しなければ。車で来なかったことを後悔した。今日は大きなレースだったため、普段とは別の動きをしてみたのだ。習慣を変えることで運気も上がるのでは、という安直な考えに依るものだ。馬鹿だった。普段通り車で移動すれば良かった。自分は墓守であり、悠真の担当でもあるのだ。その意識が足りなかった。

「青年、青年!」

 同じ言葉をぶつぶつ呟く男を見て、通行人が彼の方を見る。そんなことも今の安藤にはどうでも良かった。全く見えていなかった。

 今の悠真は不安定な状態だ。少しずつ暴霊に近づいている。墓守としての力は上がるが肉体の負担は大きくなる。そんな彼が術師達と戦うのは危険だ。いくら悠真が強い墓守であってもそれは無茶だ。

「間に合ってくれよ」

 地下鉄の階段を駆け下り、安藤は大慌てで定期を取り出した。ホームに着くと更に苛立った。こういう時に限って人身事故による遅延。苛立ちを隠せず、安藤は近くのゴミ箱を蹴りつけた。







 残念ながら、悠真とそれは既に対峙している。術師ではないが、彼等に雇われた暴霊が悠真を殺しにやってきたのだ。悠真は恵里を庇いながら敵の様子を伺っている。自分の戦いに恵里を巻き込むことはあってはならない。一般人を巻き込むという意味でも、大切な人を危険にさらすという意味でも。

「さぁて、まずは……」

 暴霊が手を動かすと、周りの木も生き物のように動き出し、暴霊が悠真の方に手を向けると、木の枝が槍の如く彼に向かって飛んできた。間一髪かわせたが、恵里を庇いながらなので動きが鈍る。

「逃げろ! 早く!」

 恵里も状況をすぐに察して、慌ててその場から走り去った。それを確認して悠真は青い炎を発動し、墓守・0の姿に変わった。

「お前も結局他の暴霊と一緒だ」

「ほう」

「とっとと終わらせようぜ、暴霊さんよ」

 悠真が墓守の力を発動した後、暴霊は再び木を操って攻撃してきた。向かって来る枝をかわし、0は暴霊に衝撃波を放つ。流石に大学の所有する木を破壊するわけにはいかない。ところが暴霊にはそういった考えは無いらしく、すかさず木を壁にして衝撃波を遮った。衝撃波により木は粉々だ。

「あーあ、お前何やってんだよ」

「私の知ったことではありません!」

 暴霊が両腕を高く上げると、先程砕かれた木の破片が集まり、もとの木の形に戻った。そして何事も無かったかのように動き出し、0に向かった。かわそうとしたが背後から別の枝に押されて宙に飛ばされ、更にまた別の枝によって叩き落とされた。暴霊は間髪入れずに次の攻撃に移る。今度は自ら攻撃するらしい。よろよろと起き上がった0を両手のカギヅメで切りつける。刀で対抗しようとするが敵はその機会をくれない。

 近距離では上手く戦えない。0は刀をガトリングに変え、攻撃してくる暴霊の腹に銃弾を打ち込んだ。距離を開けて更に弾を連射する。暴霊は木で壁を作って防ごうとするものの、銃弾は刀とは違い、その壁をいとも簡単に貫通して暴霊に直撃した。敵の集中が途切れると木も元に戻った。0はその隙にガトリングを大剣に戻した。

 敵は木を使ってバリアと武器を同時に再現し、再び攻撃を仕掛けてきた。それらを飛び越え、暴霊に最後の一撃を食らわせようとする。だが、そのとき、突如後ろから悲鳴が。それに気を取られてトドメを刺せず、0は木の攻撃を受けて転倒してしまった。

 いったい何があったというのだ。ゆっくりと起き上がり後ろを見た。向こうから誰かが歩いてくる。3人いて、1人は恵里だが、もう2人は黒と緑の怪人だった。黒の怪人はゴキブリを思わせる姿で、緑の怪人はヘビのような姿だ。怪人が恵里を押さえ、彼女の首を手で掴んでいる。

「お前ら!」

「西樹、君」

「どうも。先日お会いしたばかりですね」

 黒い術士・キャファールとヘビの特性を持つ術士・ナーガ。まさか2人同時に現れるとは。

「この方がどうしても私と手を組みたいと言ってきたのでね。断れない質なので付き合ってあげました」

 ナーガがキャファールを睨みつけた。

 恵里はなんとか逃げ出そうと試みるが、ナーガがしっかりと彼女の手をつかんでいるため逃げられない。

「動いたら死にますよ?」

「やめろ! 彼女は関係ない!」

「五月蝿い!」

 背後の暴霊が木を鞭にして0を打ち据えた。自分よりも大きい木の枝で打ち据えられた衝撃は大きい。身体が痺れたような感覚に襲われた。

「もう少しあなたと遊びたかったのですが、彼がせっかちでね。今日この場であなたを殺すことにしました」

 殺す。その言葉に恵里の顔が青ざめた。

 後ろの暴霊は更に攻撃を続ける。この霊を降ろしてきたのはこの2人だったようだ。自分達の手でトドメを刺したいのか、ナーガは暴霊に攻撃を止めるよう命令した。攻撃は止んだがそのダメージは大きく、立ち上がることも出来ない。そばに落ちている大剣を拾おうと手を伸ばすと、キャファールが素早く0に近づき、その手を踵で踏みつけた。あまりの痛みに0が悲鳴を上げる。それを聞いてキャファールは笑った。

「早くしてくださいよ神田さん。僕はあなたと違って忙しいんですから」

「嫌っ! やめて!」

「動くな!」

 弱った0を無理やり起こし、キャファールは彼の腹に1発、2発と蹴りを入れた。痺れた感覚が全く回復せず、抵抗することが出来ない。それでもキャファールはまだ彼を痛めつける。身体だけでなく、彼の頭も痛めつける。手足だけでなく、眼や耳もその感覚を失ってゆく。恵里は必死で叫んでいるが、その声もキーンというノイズに遮られ、徐々に聞こえづらくなってきた。彼女の頼みなど術師が聞くはずもない。ナーガは首を掴む手の力を強める。それに全く気づかず、恵里はただ叫び続ける。

「嫌! 止めて! やめてぇぇっ!」

「もう声も出ませんか? 弱い墓守だ。僕が海外で殺した墓守はもっとやりがいがありましたよ」

 反応が無いため飽きたのか、キャファールは雑に0を放った。人形のようにその場に倒れた0を見て恵里が悲鳴を上げる。目の前で彼が痛めつけられたことに対する恐怖か、降霊術師への恐怖か。いや、それだけではなく、彼女は別のことに対しても恐怖を感じている。澄んだ眼は何かに脅えている。身体が小刻みに震えている。しかし、墓守はそれに気づかない。いや、気づけない。身体の感覚は殆ど失われている。声も良く聞こえない状態だろう。

 ナーガは恵里も0の方へ放り、手を向けた。同時に恵里は0を抱えた。暴霊は木を2人に向けている。

「どうやらあなたは、この墓守とは特別な関係のようですね」

「くだらぬ関係だ」

 これから殺すと宣告されても、恵里はずっと0に呼び掛けている。すると、微かに彼の手が動いた。大丈夫だ、まだ死んではいない。しかし彼女に何が出来るのか。墓守でもない恵里に術師と暴霊を止める術はない。このまま、2人揃って始末されてしまうのか。

 3体はそれぞれトドメを刺す準備を完了させた。各々の手や武器に光が灯っている。キャファールは硝子の瓶を持っている。それに2人の魂を収めるのか。

「早くしましょう」

「ああ」

 3体が同時に攻撃を放った。恵里は思わず眼を瞑る。0を抱える腕に力が入る。悪魔でも構わない。誰でも良いから助けてほしい。3つの光が向かってくる寸前まで、彼女は誰かに希った。

 死の間際とは、本当にスローモーションのように感じられるのか。この一瞬が長く感じられる。光は熱を帯びているのか、近づくにつれて温かくなる。いよいよ攻撃が、2人に……、いや、当たらない。おかしい。いくら遅く感じるとしてももう光が直撃しているはずだ。恐る恐る眼を開ける恵里。

 2人の目の前に、何者かが立っている。それは0だった。黒い霧に覆われた0が、2人の術士の首根っこを掴んでいる。いつの間にか、彼は恵里の手を解いて移動していたのだ。

「な、何が起きた?」

 0が2人を睨みつける。その眼に光は灯っておらず、真っ暗な闇が広がっていた。

 黒い霧が手を伝って2人を包み込む。すると、術士達は苦しそうな悲鳴を上げた。

「ああっ! あああああっ!」

「やめろおっ」

 悶え苦しむ2人を雑に地面に落とした。

 雇い主を助けようと暴霊が飛びかかったが、0はそれを片手で受け止め、同じように黒い霧を発動した。霧はあっという間に暴霊の全身を飲み込んでしまった。次の瞬間、霧は見る見るうちに小さくなり、0の体に吸い込まれてしまった。

 暴霊は何処に消えたのだろう。

 続いて0は真っ黒な眼でキャファールを睨みつけた。その殺気にキャファールが怯む。その隙をついて、0はキャファールに向けて手を広げた。木がうねうねと動き出し、術士に向かってゆく。高速移動によって攻撃をかわそうとするも、木も同じスピードで動いているため躱すことが出来なかった。

 この戦法、あの暴霊と同じだ。0は、霊を取り憑かせたとでも言うのか?

 ナーガが慌てて2人の間に割って入る。が、木が彼を蹴飛ばし、更にキャファールも木によって吹き飛ばされた。再生能力のおかげで傷はそれほど酷くはない。が、それでも身体の疲労は大きい。蹴られたナーガもなかなか立ち上がれない。

「くっ、神田さん! あなたとつるむとろくなことがありません! うっ!」

 ナーガに罵声を浴びせるキャファールの首根っこを0が掴んだ。かなり強く掴んでいるのか、キャファールは先程の0の様に悲鳴をあげている。

「ちっ」

 なんと、ナーガは舌打ちをしてその場から逃げ去った。キャファールは彼が逃げた方向に手を伸ばしたが、彼が戻ってくることはなかった。

 1人残された恐怖にキャファールは狂気の叫びをあげた。0はそれを無視して霧を放つ。術師は邪念を纏っているだけの人間だ。彼もまた、暴霊のように吸い込まれてしまうのか。

「ああ……ああああいやだあああっ!」

「やめてっ!」

 恵里が力を振り絞って叫んだ。0は手を止めて彼女を睨みつけた。輝きの無い眼。恵里のことも見えていないようだ。

 次の瞬間、霧が全て0の体内に吸い込まれた。そして、彼の姿を変容させた。普段の0とさほど姿は変わっていないが、青い光はもう灯っていない。眼にも光は無い。そして彼の両腕に、黒い人魂のようなものが宿っている。人魂は腕を囲むようにくるくると回っている。

 0は片手を、何と恵里の方に向けた。やはり今の彼には恵里のことがわからないようだ。キャファールはその隙に逃げ出した。

 目を瞑る恵里。自分もあの霧に飲まれてしまうのか。

 まだ伝えたいことがあった。他の誰でもない、悠真でなければわかってもらえないような、大きな悩みだった。しかしそれを伝える日は、もう訪れない。

 と、そこへ1人の墓守が現れた。アサシンだ。彼は短剣を0に投げて注意を逸らし、刀で斬りかかった。

「お前が言ったんだぞ青年! 何かあったら、止めてくれって!」

 0は野獣のような雄叫びをあげると、これまでで最も大きな霧を発動してアサシンを遠ざけた。恵里が危険だったため、アサシンは彼女を救出して森の奥に逃げた。

 霧が晴れてゆく。完全に無くなったときには、0の姿は無くなっていた。

 中庭が静寂に包まれる。誰もその場を動こうとしない。安藤は静かに変身を解き、0がいた場所を睨んだ。

「青年……」

 彼は何処に消えたのだろう。そして、彼の中で何が起きているのだろう。

 しばらくの間、2人は言葉を発することが出来なかった。

・木霊・・・降霊術師が0を抹殺する為に降ろして来た暴霊。白い鳥の姿をしており、木々を操る能力を持つ。本人曰く未練は無く、「0の抹殺」を未練としてインプットされて暴霊になったと思われる。


・0《−》・・・突如暴走した0。武器を使用せず、体から放出される霧を使って戦った。暴霊を霧を使って吸収・憑依させることが可能で、取り込んだ暴霊の能力を使用することが出来る。

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