邪悪なる奇跡
暗い部屋。本当は広いのだろうが、大なり小なり様々な道具が大量に置かれているため、足場が少なくなっている。木造の床の一部はカビが生えていた。そんな部屋の真ん中に、2人の男性が立っている。1人は小太りの男で、もう1人は背広姿の男。背広の男は小太りの男に背を向けている。
「なぁ、嶋田。今日こそは金を払ってくれるよな? 無論、君に売った手品のトリックのだよ」
背広の男はその言葉にニヤリと笑みを浮かべて振り返った。
「ああ、勿論だよ。これで、チャラだよなぁ?」
一瞬部屋が眩い光に包まれたかと思うと、小太りの男の姿は消えていた。変わりに、彼が着ていた服だけが残されていた。
4月某日。悠真は沖田恵里と一緒にとあるイベントが行われる会場に足を運んでいた。野外に造られた巨大なビニル製のドーム。そこの入口からずらりと客が並んでいる。
彼等が待ち望んでいるイベントとは、超人気マジシャンのマジックショーだ。その名は、サニー光明。トランプやコインを使った手品は勿論のこと、人体の切断マジック、瞬間移動といった大掛かりな魔術までやってのける。2年前、彗星の如くマジシャン界に現れ、何時しか彼は天才と呼ばれるようになっていた。
「楽しみだね! 今までテレビでしか観たことが無かったから」
「サニー光明、か」
悠真のことは恵里が誘ってくれた。何でも彼女の母が懸賞で当てたのだが、光明のことは別に興味が無かったらしく、それで2枚のチケットが恵里に渡ったのだった。丁度2枚あったということで、恵里は悠真を誘うことにしたのだった。
初め、悠真は乗り気ではなかった。チケットは貰っておいて、前日に風邪か何かだと断ろうと考えていた。ところが、安藤からかかってきた電話が彼の考えを変えさせることになった。内容は勿論浄霊のこと。しかも今回は暴霊の正体もわれていた。その暴霊が、何とサニー光明だったのだ。彼が死んで暴霊となったのは1週間前だそうで、まだ被害者も少ないだろうと上層部は推測しているようだ。
光明に近づけるチャンスは滅多にない。彼は海外でもショーを行っている。流石に外国まで追いかけている時間はない。だから、今日しか浄霊の機会はないのだ。
入場の時間になり、客はドームの中に入っていった。恵里はワクワクしていたが、悠真は浄霊のことを考えていた。笑顔も上辺だけのものだ。
徐々に前の客も減り、悠真達が入場する番になった。係員にチケットを切って貰って中に入る。中は思ったよりも快適で、観客用に椅子が配置されていた。2、3時間も立ちっぱなしでは客も疲れてしまうからだろう。中央には円形の巨大なステージがあり、マジックに使うのであろうボックスやアタッシュケースが置かれている。
全員が座ってから10分後、照明が全て落ち、何やら陽気な音楽が流れ出した。いよいよショーが始まるのか。まずはどんな奇跡を起こすのだろう。奴の手を見抜いてやろう。悠真を除いたほぼ全員がそう思いながらマジシャンの登場を待ち望んでいた。すると、
「ようこそ! 奇跡の集まる地へ!」
その声は悠真の真横で聞こえた。そちらを見ると、派手な衣装を身に纏った中年男性が立っていた。彼がサニー光明である。妙な臭いはしない。降霊術師絡みではないようだ。だがどうやら、彼には瞬間移動能力があるらしい。そこは厄介だ。
光明はステージへ向かい、振り返って両手を挙げてみせた。その瞬間、手から火花が出た。いきなり2つの奇跡を起こしてみせた光明に観客は拍手を送った。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。私の名はサニー光明。今日は皆様に、最高のショーをお見せしましょう! まずは」
光明が指を鳴らすと、後ろのボックスの扉が開いた。中は空っぽだ。
「このボックスは、命の箱と呼ばれています。今は命が生まれる前。さあ、ここから……」
言いながら扉を閉め、再び指を鳴らす。すると再び自動的に開き、小太りの男性が姿を現し、再び拍手が起こった。目を大きく見開き、箱の中でぼーっとしている。アシスタントなのだろう。なるほど、命が誕生したということか。そうなると次は、死。
また扉を閉め、今度は箱に手を触れて念じる。そして、開けてみると、そこには人骨だけが残っていた。
「どうですか! 彼はこの中で生まれ、この中で息絶えた。そして」
また扉を閉めて再び開けると、中身は空っぽになっていた。客は拍手しながらも、箱の下に出口があって……などと自分の推理を語っている。悠真の意見は別だ。あれは暴霊だからこそなし得た技。墓守である彼にはわかる。あの小太りの男性が本物の死者であることを。光明の僕なのか、それとも魂を奴隷のように使われているだけなのか。
続いて光明はアタッシュケースを開けて中からタロットカードを出した。
「このカードには意思があります。ええっと、1、2……ああ、やっぱりだ。どうやら1枚が勝手に逃げ出して、皆さんの誰かの服に隠れてしまったみたいです」
などと言いながら、サニー光明はステッキを取り出し、先端を客に向けてカードを探す仕草をした。少しして、ステッキの先端が光り出し、ある客を示した。その客は、悠真。
「おお、お客さん! 申し訳ありませんが、ポケットの中を探ってみてください」
全員が悠真に注目した。仕方なくポケットに手を突っ込むと、確かに何かが入っている。取り出してそれを見ると、そこには死神が描かれていた。
「ありがとうございます! あ、そうだ! ちょっと宜しいですか?」
光明が悠真に向かっておいでおいでをした。これはいい。暴霊の弱点を見極めるチャンスだ。悠真は光明に言われるがままステージに上がった。
「これも何かの縁。今からこの人を、お家までお送りいたします! それでは皆さん、カウントダウンをお願いします! 3、2、1」
光明が指を鳴らした。その途端、悠真以外の全ての客が止まった。いや、客だけではない。音もしていない。時間が止まっている。
光明がゲラゲラ笑っている。とうとう本性を現したか。
「ようこそ! イリュージョンの世界へ!」
時の止まった世界。ここが、サニー光明の本当のステージ。光明はステッキの先を悠真に向けた。
「まだ若いな。君を犠牲にするのは少々思いやられるが致し方ない。私のマジックの材料になるがいい!」
「材料?」
「そうだ。この世界で君達の様な無力で無価値な人間を殺し、その魂を利用してマジックを再現するのだ!」
「さっきのおっさんも、あんたが殺したのか」
「ああ。彼は私にマジックのネタを売ってくれていた。だが、彼のネタは金が高くてね。金を返すのが面倒だから殺してやった」
そう、このサニー光明という男は、他人のマジックで有名になったマジシャンなのだ。
何が天才だ。生前は、自分では何も起こせない一般市民に過ぎなかった。そして死後も、他人を殺してマジックの材料にするただの屑だ。
ステッキの先が悠真の首に軽く押し付けられる。光明はまだ、悠真が墓守であることを知らないらしい。いや、墓守の存在すら知らないのではないか。ならば見せてやろう、マジックを。悠真は刀を取り出すと瞬時に斧に変え、光明のステッキを切り裂いた。
「なっ」
「悪いね。奇跡を起こせるのはあんただけじゃないってことだ」
「馬鹿な、お前も死人だというのか?」
「少し違うな!」
斧を振り回して光明に攻撃を仕掛ける悠真。だが、斧を振り下ろした時には光明はそこに居なかった。予想通り、彼には瞬間移動の能力が備わっているようだ。振り向くと、光明が左手を広げて構えていた。
「私と同等の力を持っていたところで、私を殺すことは出来ない!」
左手から光が放たれる。その後、床から青い火を纏った人間らしきものが数体現れた。目だけが怪しく光っている。その数6体。彼等はサニー光明の奴隷にされた者達なのだろう。これでは降霊術師と一緒だ。魂を保存する点で術師とは異なっているが、魂を奴隷や道具のように扱う非道さは当に降霊術師のそれだった。
「この世界へ迷い込んだ者達だ。お前もこうなる」
「そのつもりはない!」
攻撃に移る悠真。だが6体の火達磨が彼の動きを止め、おまけにドームの外まで投げ飛ばしてしまった。さすがの悠真もこれはダメージが大きかったようで、よろめきながら立ち上がった。外の車や歩行者、更には風に靡く木もそのまま止まっている。暴霊の生み出したものとはいえ、それは少し神秘的だった。
見とれている場合ではない。火達磨と光明も外に出て来ている。これだけの人数だと1人で戦うのは困難だ。安藤が呼べれば良いが、この様子では彼もどこかで固まっているだろう。火達磨達が悠真に飛びかかる。それらを斧でなぎ払い、続いてそれを銃に変化させた。
「なかなかやるなぁ。私の後継者になるか?」
「お断りだ!」
青く光る銃から連続で弾丸を放つ。だが光明が左手を翳すと、そこから似たような青い光の球が現れ、銃弾とぶつかり合って攻撃を止められてしまった。只の暴霊の筈だが、その力は術師と同等だ。火達磨達も立ち上がり、獣のように息を荒げて悠真に迫ってきた。まずは彼等から止める必要がある。火達磨が手を振り上げた時、悠真は胸を狙って弾丸を放った。身体に大きな穴があき、その火達磨は霧のようになって消えた。
彼等にも物理的な技が効くらしい。これなら簡単に倒せそうだ。火達磨達を引きつけるため、悠真は青く輝くボードを呼び出してそれに乗り、風に乗って宙を舞った。予想通り彼等は悠真を追ってくる。
5人全員が飛びかかろうとした、当にそのとき、悠真は素早く引き金を引いて3体の火達磨を仕留めた。
今度は2体が悠真の前方と後方から襲いかかって来る。それでも、悠真が放った弾丸でまず前方の1体、そして後方の1体が消え去った。光明に操られていたわけだが彼等も暴霊の類。やり方は野蛮だが、彼の魔の手から解放し、逝くべき道を示すことが出来た。さあ、あとはサニー光明だけだ。
6体を倒されてしまうのは想定外だったようだが、彼には様々な能力が備わっているため、1人でも充分戦える。
「いやいや、君のマジックには感激したよ! こんな争いは止めて、私のアシスタントをやらないか? 金も稼げるし、何よりモテるぞ?」
「金は欲しいけど、あんたの下で働くのは御免だな」
「ちっ、だから今時のガキは嫌いなんだよ!」
左手を広げて大量の光の球を放ってくる光明。それらをボードで弾き飛ばして悠真が迫る。そして、確実に攻撃が当たる地点まで来ると、銃を斧に変えて光明を斬りつけた。これでは光明とてひと溜まりもないだろう……と、思ったのだが、光明はまた瞬間移動して悠真の後ろにまわり、彼の背中に球を撃ち込んだ。
「あっはははは! 大人しく私に従えば良いものを! 決めた。お前の魂をいただく。そしてアシスタントとしてこき使ってやる!」
光明は倒れた悠真の脇腹を蹴って仰向けにさせ、彼の首を掴んで無理やり立たせた。必死に剣を振り回すがどちらも払いのけられ、悠真は攻撃の術を失った。今まで簡単に暴霊を倒してきた悠真にとって、ここまで苦戦するのはこれが初めてだった。
ぐったりする悠真を見て余裕だと思ったのだろう、光明は自分が暴霊になる経緯を喋り始めた。
「駆け出しは、私はオリジナルのマジックも持っていない、ただマジシャンを目指す男だった。だから、元マジシャンの男から手品を買っていたのだ。そう、あの小太りの男だ」
悠真は何も答えない。至近距離からあの攻撃を受けた上に首を圧迫されているからか。それでも光明は喋り続ける。暴霊になった時の奇跡的な体験を忘れられないのだろう。
「私は彼からマジックを買うだけでなく、偶々見つけたネタ帳を見つけ、タダでそれらを戴いた。悔しかったが、あのときはそうするしかなかった。彼のマジックはどれも傑作で、現に私は世界的なマジシャンになった。そうなった時から、彼の取り立てが始まった」
「嶋田、お前も良い夢を見られただろう。さあ、私のマジックの金を返してもらうよ」
「なっ」
そいつの名は小林孝明。小林は、私に売った時以上の額を私に突きつけてきた。払わなければ、私が彼のマジックを貰っていたことを公表すると言ってきた。
金はあった。遊びに使わなければな。人気者になると、どうしても遊びたくなってしまう。私の悪い癖だった。その癖のせいで、私の貯金はかなり減っていた。
期限は1週間。当然そんな短期間で全額返済出来るわけがない。だから、自殺することを選んだ。天才マジシャンの自殺。面白いじゃないか! マジシャンであるが故、少し凝った死に方をしようと思ったが止めた。 首をくくり、台を蹴り飛ばしてもがきながら死ぬ。ドラマでよく見るやつだ。しかし、私の場合はそうはいかなかった。私は床に転んでいた。そして上を見ると、息絶えた私の身体があった。そう、私は真のマジシャンになったのだ。
「力がどれ程のものか知りたかったから、材料集めも兼ねて他人を殺した。それで改めて実感した。私には、魔法を操る力があるのだと!」
笑いながら、光明の手に力が入る。悠真は無事なのか。全く反応していないようだ。
光明は悠真を持ち上げたままドームへと歩を進めた。最後はステージでトドメを刺そうという訳か。武器はずっと握っているが、体勢は全く変わっていない。まさか、降霊術師ではなく只の暴霊に殺されてしまうのか。悠真自身さぞ驚いていることだろう。
ドーム内に入った。まだ客は固まっている。恵里も満面の笑みを浮かべたまま停止している。自分の友人がこんな目に逢っていることなど知る由もなく。ステージに上がると、光明は悠真を床に落とした。
「さて。今日から君は、私のアシスタントだ。はははははは! はははははは……」
「終わったか?」
足下から聞こえた声に驚き、光明の笑いは止まった。下を見ると、瀕死状態の筈の悠真が起き上がっていた。そう、今まで動かないでいたのは芝居だったのだ。
「馬鹿な、死んだ筈では」
「馬鹿なのはあんただよ」
悠真は立ち上がると、斧を刀に変え、それと同時に光明を斬りつけた。
「許さん、俺のショーを侮辱した貴様だけは絶対に許さん!」
怒りに震える光明。もはやマジシャンのサニー光明ではなく、只の嶋田光明になっていた。光明は腕をクロスさせ、身体に力を込めた。
手を広げると身体が炎に包まれ、魔法使いのような姿に変化した。上半身には球体が幾つも埋め込まれている。様々な奇跡を起こした左手も、先が大きな球になっていて、杖と一体化しているようだった。帽子を深く被っているように見えるがそれは違う。頭半分が帽子のようになっていて、下半分が大きな口になっている。
「それがあんたの本当の姿か。これじゃあ海外には行かせられねぇな!」
悠真も0に姿を変えた。いつもと違い、この暴霊は瞬間移動が出来る。こんな霊を相手に0はどう戦うのか。
と、いきなり、0はボードに乗って入り口まで飛び、再び外へ出た。0を殺したい暴霊は当然それを追う。瞬間移動して、ステージから0の前方に現れた。左手の球に集まった光が、光線となって相手に迫る。0はボードを駆使して攻撃を弾く。更に刀を弓に変化させ、怯む相手に4発の矢を放った。弓は暴霊の力を吸収、弱らせる作用がある。これで相手の動きを止めることが出来た。
このままトドメを刺すのかと思いきや、0は暴霊をボードで押してドームに投げ飛ばした。天井に穴をあけて暴霊がステージに墜落した。0もドームの中に入り、弱っている暴霊の首を掴んで無理やり立たせた。2人の変身は解かれ、弓も霧のようになって消えてしまった。が、まだ矢の効果は残っていた。
「な、何のつもりだ?」
「マジシャンなんだろ? 最後はステージの上で逝かせてやるよ。ただし、あんたは何人も殺してるんだから、行き先はわかってるよな?」
そう言った後、止まっていた時が再び動き出した。ステージの上に立っている悠真を見た途端に客から笑顔が消え、何が起こったのだとどよめきだした。
光明も息を荒げてドーム内を見回した。それで漸く思い出した。そうだ、自分はショーをやっていたのだと。
「おっ、おやぁ? ど、どうやら、失敗してしまったようだ!」
笑ってはいるが、力を吸収されたせいで身体は限界だった。小刻みに震え、脂汗をかいている。悠真は何も言わずに元の席に戻っていった。
「しっ! 失敗してしまったなら仕方がない。さっ、最後は、私の大爆発で、お開きとしましょう!」
大爆発という言葉で観客はまた盛り上がった。これから逝くべき場所へと向かう訳だが、これだけの声援を受ければ満足だろう。
「3、2、1……ぁああああああああっ!」
叫び声と共に光明は爆発し、青い炎となって消えてしまった。彼に残された霊力は、他者に使用出来るほど残ってはおらず、最後は自分自身に使用したようだ。
観客が再びどよめいた。係員は、ショーが終了したことを告げ、客全員をドームから出した。時間が少ないと怒る者もいれば、大爆発という新しい奇跡を見られて満足した者もいるようだ。
「ねぇ」
帰り際、恵里が悠真に尋ねた。
「何でマジックが失敗しちゃったんだろうね」
「え? あ、ああ。手順を間違えたんじゃねぇかなぁ」
「手順?」
「ほら、箱があったろ? あの箱に俺が入る前にカウントダウンしたじゃん。かなりテンパってたんじゃないの、ああ見えて」
「ふうん」
後日、悠真は喫茶店で安藤と会っていた。安藤は新聞の、『サニー光明、自殺−最期に見せた、奇跡の大爆発−』という見出しを見てニヤニヤしていた。
「青年、何したんだ?」
「え? ああ、手伝ってあげたんですよ、マジック」
「なるほどな、青年らしいわ」
笑いながら、2人は届いたコーヒーを啜った。
・フォーカスポーカス・・・マジシャンのサニー光明が暴霊となったもの。マジシャンだっただけあり、瞬間移動能力を有する珍しい暴霊。また、降霊術士なみの力も発揮出来る。




