鳥籠教団
とある集会場。
星形の描かれたマットを、12人の男女が囲んで立っている。その先には祭壇があり、杖を持った女性が立っている。歳は22、3歳位だろう。
「さあ祈れ、祈るのだ。偉大なる神に!」
マットを囲む者達の内、3人の首には赤黒い痣がある。まるで、首を括った痕のようだ。
「はあ……感じる、お前達の、心の叫びが」
女性の身体から炎が吹き出し、その部分から眼が現れた。
「さあ、もっと祈れ。さすればお前達は苦しみから解放される」
新たな降霊術師の出現もあって、墓守の仕事はかなりハードになってきている。それでも世間は墓守を待ってくれない。秋山にも、一応安藤にも、社会人としての仕事がある。悠真も大学生だ。単位等は進級に関わってくる。今日も講義を終え、これから安藤と会う予定だった。暴霊は死と同じ数だけ生まれてくる。墓守に安息の時は無い。
学校を出ようと帰り支度をしていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこには不安そうな面持ちの沖田恵里がいた。
「今、いい?」
「え? ああ、いいけど」
「ありがとう。先輩のことで相談したいんだけど」
彼女から相談を持ちかけられるのは初めてだった。
話の内容は、先輩の津村眞子のことだった。優等生で友人関係も良好、非の打ち所の無い少女だ。そんな彼女が、最近変わってしまった。
「あまり講義に出なくなってしまったの」
「へぇ。1度も来てないの?」
「学校には来てるんだけど、何かおかしな集会に顔を出してるらしいの」
おそらく、校内で信者を集めている宗教団体だろう。サークルの募集に紛れて信者を募り、その規模を拡大させるのだ。昔は引っかかる者も多かったが、今は用心する学生が増え、彼等の活動は小さくなった。
優等生がそんな団体に入ってしまうとは。誰にも言えない悩みがあったのか。それか、優等生で居続けることがいつしかストレスになっていったのか。サークル帰りに見かけることが多いため、団体は夕方から夜にかけて活動しているのかもしれない。
「それで、心配になって声をかけたら、神がどうとか、苦しみから解放されるとか。あと、呪文みたいなものを呟いてた」
「完全にのめり込んでるわな」
「うん。高校とかなら担任の先生とかに相談出来るんだけど、大学はそうもいかないじゃない? だから、相談出来る人は西樹君しかいないと思って」
信頼してもらっているのは嬉しいが、悠真の専門は暴霊だ。その団体にも暴霊が絡んでいる場合もあるが、今は断定出来ない。
「弱ったなあ、俺は心理カウンセラーじゃねぇしなぁ」
「そ、そうだよね。あの、ごめんね? もう少し様子見てみる!」
恵里はオドオドしながらそう言った。そのとき、悠真は何も感じていなかったが、おそらく恵里は、暴霊が眞子を苦しめているのだと考えていたのだろう。だからこそ、その暴霊を悠真に浄霊して欲しかったのだろう。
悠真が校舎を出て校門に向かうと、既に安藤が待っていた。
「すいません、遅くなりました」
「いや、構わねぇ構わね……ん?」
安藤が校舎を見て顰めっ面をした。そしてズボンのポケットを探り、水晶のペンデュラムを取り出した。何をするのかと見ていると、今度はそれを校舎に翳した。すると、水晶が何かに引っ張られているかのように浮き上がった。
このペンデュラムは前にも使っていた。確かあのときは、ヤドカリに似た姿をした女性の暴霊だった。ダウジングで暴霊の居場所を探ったのだ。水晶が校舎を指したということは、中に霊が潜んでいるということだ。
悠真は恵里との会話を思い出した。まさか、本当に暴霊が学生を操っているのか。
「どうした?」
「いえ、ちょっと引っかかる事がありまして」
「そうか。よし、先にこっちを片付けるか?」
「へぇ、気が利きますね」
「まあな。で? 引っかかる事ってのは何だい?」
悠真は恵里から受けた相談事を安藤に話した。安藤は何かを感じたかのように大きく頷いた。
「相談されたときに気づかないと。まだまだだな」
「すいません」
「その団体ってのは何者なんだ?」
しまった。もっと詳しく聞いてくれば良かった。いや、そもそもそれらの団体は名を偽って宣伝している。聞いても解らないだろう。
まずは津村眞子を捜した方が良さそうだ。今はまだ昼だから、時間を置いてもう1度来ることにした。
「神からの言葉だ」
あの集会場には、女性と痣を持つ3人の信者だけがいた。彼等がこの集団の核のようだ。
「我々のことを嗅ぎ回る者達がいる。そやつらを捜し出し、その生き血を、神に捧げるのだ」
3人は静かに頷くと、ゆっくりと立ち上がって部屋を出た。彼等が出て行った後、突然マットが輝き、魂を纏った降霊術師の後藤英明が現れた。この姿の時は、キャファールと呼んだ方が良いか。キャファールの姿を見ると、女性は跪いた。
「神よ!」
「ちゃんと言葉を伝えてくれたみたいですね」
術士は女性の顔に触れた。その瞬間女性の身体が炎に包まれ、おぞましい暴霊の姿に変わってしまった。顔全体が目玉。眼の多い悪魔の様な姿だが、羽根らしきものも纏っている。杖にも羽根が生えていた。
「そうです。僕があげた力で、もっと信者を増やすのです」
そう告げるとキャファールは光に包まれ姿を消し、女性も元の姿に戻ってしまった。
「はあ、はあ……神様」
杖を抱き締め、女性は微笑んだ。
上層部に命じられた仕事を終わらせ、午後6時、悠真と安藤は再び大学に足を運んだ。恵里のサークルが終わるのは大体6時。津村眞子が来るとしたら今だ。
「連続だけど大丈夫か?」
「若いんでね」
悠真は先程2体の霊を浄霊させた。暴霊にも色々な種類の者がいる。普段戦っている人間大のものから、白い火の玉の集団など。思念が強ければ象くらいのサイズになる暴霊もいるという。今日の2体はどちらも火の玉の集団で、ポルターガイスト現象を起こしていた。一般人はそれだけで震え上がってしまうが、墓守にとってはまだ可愛い方だ。
校門の辺りで津村眞子を待っていると、サークル活動を終えた恵里が出て来た。悠真達を見つけるや否や、恵里は喜んで走り寄ってきた。
「ありがとう! 調べてくれるの?」
「うん」
「暴霊の可能性が出てきたからな」
恵里が挨拶をして帰ろうとしたとき、悠真と安藤は何かを察した。そして恵里の手を掴んで引き寄せた。初めは戸惑う恵里だったが、周りを見て悠真達の真意を感じ取った。あの3人が、悠真達に近づいてくる。
「安藤さん、こいつらって」
「そのようだな」
恵里を庇いながら2人が武器を構えた。
「親鳥からの御命令だ」
「お前達の生き血を」
「神に捧げろと」
丁度良い。彼等は団体のメンバーだ。集会場を教えてもらおう。
「あんたらはどこの人だ?」
「我等は鳥籠教団だ」
「さっさとその血を」
「我等によこせ!」
3人の身体が燃え上がり、半人半牛の怪物に姿を変えた。所々毛が抜け、張りのある筋肉が剥き出しだ。
「沖田、気をつけろ」
「わかった」
沖田が物陰に隠れたのを確認し、悠真と安藤も姿を変えた。
本日3回目の浄霊。忙しくなりそうだ。
半人半牛……ミノタウロスの様な3体の暴霊がうなり声を上げて0とアサシンに襲いかかった。2人は素早く攻撃をかわし、彼等の後ろに回った。巨漢故にスピードは余りないようだ。
まず0がいつものように矢で相手を押さえ、斧で首を切り落とした。0を倒そうともう1体が迫る。しかし、途中何かに躓き倒れてしまった。その足からは炎が吹き出している。アサシンが罠を仕掛けたのだ。転倒したミノタウロスの腹に、アサシンが刀を突き刺した。そこからも炎が吹き出し、暴霊は火達磨になって消えてしまった。
「あと1体……あれ? 消えた?」
「……あれか!」
安藤が校舎側を指差した。人間と思しき物体を担いだミノタウロスがどこかに向かうところだった。おそらく担いでいるのは恵里だ。人質のつもりか、それとも新しい信者にするつもりなのか。
2人は走り出した。辺りは既に暗くなっている。姿を見られることは無いと思うが、何人かの学生には見られた気がする。しかし、そんな事より浄霊が先だ。
ミノタウロスの跡を追っていると、校舎奥に倉庫が見えた。もしや、彼処が彼等の集会場なのか。追いかけている途中で別のミノタウロスが数体現れたことで、その疑問は確信へと変わった。どうやらこの教団では、信者に死を強要しているらしい。そうでなければこれだけの量の暴霊は生み出せない。これほど危険な教団が、何故今日に至るまで存在出来たのか。
現れた暴霊は2体。アサシンが短剣を投げたが、威力が小さかったようで弾かれた。続いて至近距離まで来たので、鎌と刀で片腕を切り落とした。怯んでいる彼等を鎖で繋ぎ、2人で同時にトドメを刺した。
再び走り出す2人。あのミノタウロスは見失ったが、目的地は定まっている。急がねば、また新たな死者が出る。
2人の信者が浄霊され、更に即席で作った2体まで切り捨てられ、女性は苛ついていた。フードを被り、サングラスもかけているため表情はわからないが、怒りで歪んでいることだろう。
また新しい暴霊を生み出そうとしていたそのとき、恵里を連れてきた信者が戻ってきた。気絶させたらしく、彼女は気を失っている。信者の姿は人間のものに戻っていた。
「新しい信者か」
「はい。1人捕まえて参りました」
信者は恵里を床に下ろした。雑に下ろしたため、恵里は目を覚ました。まず彼女の目に入ったのは、天井に吊された、先が輪っかになったロープだった。おそらく信者に自殺させるのに用いたのだろう。慌てて立ち上がると、今度は壁に飾られた骨が見えた。本物の人骨かもしれない。暴霊にした信者の遺体から作ったのか。
「え? ここ、どこ?」
「喜べ」
女性が恵里の前に立った。近づいたため女性の顔が見えた。
「お前は、神に選ばれたのだ」
「そんな、嘘よ!」
「お前も苦しみから解放してやろう」
女性が近づき、恵里が後ずさる。左右を見ると、表情の無い学生が3人ずつ、気をつけをして立っていた。彼等の首にはまだ痣が無い。
恵里が見ているのを察し、女性は笑った。
「彼等も選ばれし者達だ。私は神の言葉を彼等に伝え、彼等に存在意義を与えている」
「何で? どうしてこんな事をしてるの?」
「ええい黙れ! 黙れ黙れ! 俗世の言葉など聞きたくもない!」
女性は杖の先を恵里の喉元に突き付けた。
「私も昔はお前と同じように、俗世に住む人間だった。自分が満たされていることで幸せを感じた。しかし、あるとき気づいたのだ。俗世の幸福などまやかしに過ぎないと」
女性にも、人間としての生を謳歌していた頃があったらしい。彼女が『神』と慕っている降霊術師に会ったことがターニングポイントとなったのだろう。
「神は私に、救いの手を差し伸べて下さった。だから私もあの方のように、お前達俗世の人間を苦しみから解放しようと決めたのだ」
「嘘よ。じゃああれは何? あれで人を救っているつもりなの?」
恵里は、首吊りのロープを指差して言った。
「そうだ。お前も救ってやる」
女性と信者達が恵里に近づく。逃げ場はない。自分も彼等のように表情を失い、その骨を壁に飾られてしまうのか。
目を瞑り覚悟を決める恵里。教祖達が彼女を押さえようとしたそのとき、集会場の扉が派手な音を立てて破壊された。そう、0とアサシンが来たのだ。
「ここがあんたらの集会場か」
「お前達は!」
彼等が気を取られている内に、恵里は信者達の間を縫うようにして逃げ出し、墓守2人の側についた。
「西樹君!」
「沖田、この中に津村って人はいるか?」
恵里は静かに頷き、彼等の1人を指差した。
「あの人。あの人が津村先輩よ」
恵里が指差したのは、この教団の教祖だった。女性はニヤリと笑みを浮かべ、フードをとり、サングラスを外した。
彼女が津村眞子だったのか。教団に洗脳されたのではなく、彼女自身が教団の長だったのだ。
恵里を逃がし、0とアサシンが武器を構える。すると、生き残った信者の1人が再びミノタウロスに姿を変え、2人に襲いかかった。だが近づいた瞬間、その身体は3つのパーツに分断されてしまった。2人の刃が、一瞬にして暴霊を切り裂いたのだ。
これには恐怖を覚えたようで、まだ死んでいない信者は悲鳴を上げて逃げていった。
「どうやら、アンタを信じていたのは死人だけだったようだな」
「ふん」
「よくこの倉庫を開けて貰えたな」
「私の力で警備員を操ったのだ」
彼女の力は、人間を洗脳することのようだ。
眞子が杖で地面を突いた。その瞬間、彼女の顔が眼球になった。
「お前達も、私の信者にしてやる」
「残念ながら、俺達にはそれは通じない」
「そうか、残念だ。ならここで死ぬがいい!」
眞子の身体が青い炎に包まれ、あの悪魔の姿に変わった。暴霊が吠えると、身体に生えた眼から黒い光線が放たれた。それら全てをかわして0が切りかかる。すると、今度は杖の先から光線を出し、相手を弾き飛ばした。普段ならあまりダメージは受けない筈なのだが、連日の浄霊で疲労が溜まっており、立ち上がるのに時間がかかった。
「青年!」
「邪魔するなぁっ!」
今度はアサシンも光線を受けてしまった。普段戦っているのと同じ強さの暴霊の筈だが、疲れのせいで苦戦を強いられていた。
更にここで、予想だにしない出来事が起きた。眞子が杖を天に向け、それを回転させた。
「何だ? 邪気が集まってやがる」
上空に、5つの火の玉が現れた。眞子が杖を振り下ろすとそれらは地上に降り、先程のミノタウロスに姿を変えた。降霊術師さながらの能力。誰かに術を教えられたのか。
ミノタウロス達は鼻息を荒げて0に迫ってくる。何という非情な戦法だろう。先に弱りかけている方から始末するつもりだ。
「青年!」
「邪魔するなと言っておろうがぁっ!」
助けに行こうとするアサシンに光線を食らわせ、何と元の姿に戻してしまった。
ミノタウロスは更に近づいている。鎌を使っても、あの量を同時に浄霊することは出来ない。
「くくくく、やれ!」
眞子がミノタウロス達に指示を出した。それに応えるかのように5体が拳を振り上げた。だがそのとき、再び信じられない事が起こった。0の体から黒い光が放たれたのだ。先日のハイエナ達の浄霊の時と同じだ。
「安藤さん、これ!」
光が武器に宿る。0が刀を振りかざすと、そこから衝撃波が四方八方に放たれた。その威力に耐えきれず、ミノタウロス達は破裂してしまった。再び起きた異変。前回はここまでだったが、今日は更に続いた。
0自身も驚いていた。今までの疲れが嘘のように吹き飛んでいた。肩も軽い。
「な、何だ?」
「ふう」
水を得た魚のように、0は軽く身体を動かしている。余裕も出てきたのか深呼吸までしている。
「青年、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。それじゃ、津村眞子さん」
刀を銃に変化させ、銃口を暴霊に向けた。
「さっきやられた分、きっちりお返しさせて貰いますんで、ヨロシク」
銃弾を連射して暴霊にダメージを与える。突然力を回復した0に驚く眞子。相手に向けて光線を放つが、それら全てが銃で撃ち落とされてしまった。彼が撃てるのは物理的な弾だけではない。光の粒子の塊も撃つことが出来るのだ。これなら弾切れの心配は無い。続けて何発も光の弾を放った。
眞子も負けじと杖を振り回して攻撃する。しかし、片方の剣を防いでも、もう片方の剣で斬られてしまう。
「言った筈だ。やられた分はきっちり返すと!」
至近距離で弾を撃たれた。光線を放っていた身体の眼は全て潰された。
杖で攻撃しようとしてふと見ると、杖も無惨に折れていた。最早なす術が無い。そんな彼女に、0は刀を突きつけた。
「やっ、やめろ! 私は、私は神に選ばれたのだ!」
「いい加減にしな。アンタは神に選ばれてないし、まして人の命を勝手に奪って良いわけがない」
刀を構え、相手の首元に狙いを定める。
「向こうに行ったら、ちゃんと謝りな」
刀を勢いよく振り下ろすと、暴霊は悲鳴をあげることなく灰となって消えてしまった。
悠真は元の姿に戻った。すると一気に疲れが戻ってきた。
今のは何だったのか。悠真も戦っている間の自分をあまり覚えていなかった。自分がどう戦い、何を言ったかも。
心配になって安藤が歩み寄った。
「青年、本当にどうした?」
「へ?」
「いや、いつになくおっかない戦い方だったからさ。まあ覚えてないなら良いけどよ」
確かに、普段よりも恐ろしい戦法だった。相手を徐々に追い詰めるのには恐怖を覚える。
悠真は少し自分が怖くなった。それほどの戦いを展開しながら、何故覚えていないのだろう。この日、そのことをずっと考えながら帰宅した。
3日後。
悠真が登校すると、恵里が礼を言いに来た。昨日はそのまま逃げてしまったため、礼が言えなかったのだ。
悠真は眞子のことを話した。自分のことは秘密にして。
「びっくりした。まさか津村さんまで怪物だったなんて」
「ああ」
教団が使っていた倉庫に警察が入ったそうだ。飾られていた骨の他に、新しい遺体が2体と、腐敗した遺体が1体発見された。その腐敗した遺体は眞子のものだった。警察は無理心中として発表したが、かなり無理がある。眞子達の葬式も近々行われるらしい。
これ以上の被害者は出さずに済んだが、悠真の心には不安が残った。あの黒い光が放出された瞬間、心の中に第2の自分が生まれたのではないか。その第2の自分が、安藤や恵里に危害を加えたら……。
そんな彼を余所に講義は始まった。
珍しく、今日の講義は頭に入って来なかった。
・フェニックス・・・大学で鳥籠教団という団体を率いていた学生、津村眞子が暴霊となった姿。黒い体に多数の眼が埋め込まれた姿をしており、羽根も生えている。他人を洗脳する能力も持っていたが、墓守にはそれが通用せず、倒されてしまった。
・ミノタウロス・・・鳥籠教団の信者が暴霊となったもの。半人半獣の怪物の姿で、怪力だがスピードが遅い。




