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名前貰い

作者: potato_47

 暗く沈んでいた意識が蝉の鳴き声に強制的に引き起こされた。

 ミンミンゼミが家の壁に張り付いているらしく、地鳴りのように家中に喧しい騒音が響き渡る。音を追い出すように勢い良く窓を閉めた。

 階段をどたどたと駆け上がる音が聞こえた。


「お兄ちゃんっ!」


 扉を開けて入ってきたのは、妹のあやだった。焦った顔で部屋中を見回す。

 もう僕と同じ中学生になったのだから、入ってくる時に礼儀としてきちんとノックをしてほしいものである。

 呆れ顔で絢を見ると、眼を合わせずに部屋から出て行ってしまった。

 一体何をしに来たのだろうか。暑さに頭がどうにかなってしまったのだろうか。いや、今日はそこまで暑くないか。窓を閉めても問題ないぐらいだし。


 作業へと戻ろうとディスプレイを見る。メールウィンドウが開いていた。居眠りしていて忘れていたが誰にどういう内容のメールを書いていたのか忘れてしまった。


 また頭がぼーっとする。その眩暈に似た眠気を振り払って、もう一度ディスプレイを見た。


 ディスプレイの左下に表示される8/31という日付を確認して、僕は夏休み中パソコンに噛り付くばかりで何も夏らしいイベントを熟していない、と今更ながらに思った。

 かといって外出する気分には中々ならない。

 仕方が無いので、ネットで検索を掛けてみる。


『怪談』


 これだけで、少しは夏気分を満喫出来るはずだ。

 ついでだから、検索ワードに場所を地元に限定するキーワードを追加した。

 検索一覧の一番上に来たのは、地元に住んでいる人のブログらしい。怪談話が好き人らしく内容のほとんどが、幽霊や都市伝説の話ばかりだった。どうやら最新の更新で、ちょうど地元の怪談を取り扱っているようだ。


『名前貰い』


 おどろおどろしい気配は感じられないが、逆に普通の響きを持つところに不気味さを感じた。

 内容をすべて表示すると、ブログ主の体験談としてまとめられていた。



『昨晩、8月も終わりということで真夜中(丑三つ時!)家から徒歩で2分程の距離にある通称『林通り』(※地元の人間はこう呼んでいる細い林道がある。車がぎりぎり一台通れる程度の広さ。)に行ってきました。ここは昔の集落と畑を結ぶ道で当時はよく使われていたそうです。今では山奥に住んでいる農家の人が買い物のために街に来る時に車で通るか、農地へ向かう軽トラックが走るぐらいになっていまして、徒歩で通る人は滅多に見ません。


 ですが、その事実が奇妙でした。私の家も農家で林通りの先に農地を持っています。最初に書いたとおり、歩いていける距離です。もちろん道具が必要な作業もあるので、それを運ぶのに軽トラックを使うのは普通なんですが、そうじゃないんです。大雨の日の後とか、ちょっと畑の様子を見る時にも必ず車で行くんです。


 畑を管理しているのは、祖父と祖母なんですが、二人とも健康体で散歩が趣味なぐらいです。だから余計に気になってしまったんです。どうして徒歩で畑に行かないのかを。そして散歩をする時、林通りは通らないのかを。


 私は祖父母にそのことについて話を訊いてみました。そうしたらびっくりですよ、頑固でいつも怖い顔している祖父が怯えたような顔をしたんです。それで一言だけ言いました。


「絶対にあそこへは近づくんじゃない」


 真剣な顔で言われてしまったんで頷きましたけど、いや、これも最初に書いたとおり……いってきちゃいました、テヘッ☆』



 前置きが長い。

 僕は『林通り』というのに聞き覚えがあった。ブログに乗せられている地図を確認する分には、僕の家からは自転車を走らせても三十分は掛かる。どうしてそんなところのマイナーな地名に聞き覚えがあるのは疑問だったが、まあデジャヴのようなものか、友人の話でチラリと耳にしたのだろう。


 なんとなく、行ってみようと思った。

 ちょうど何が起こるかネタバレがされていないところまでの情報を得たので、真相が語られる前に自分自身で経験してみたい。こんなブログを次の日には書いてるぐらいだからたいしたことは起きない筈だ。

 夜を待ってから、僕は両親と妹にばれないように家をこっそりと出た。


 ケータイで地図を確認しながら自転車を走らせる。

 星がよく見える。虫の鳴き声が耳に心地いい。真夜中(といっても11時過ぎぐらいだけど)のサイクリングというのも乙なものだ。

 畑ばかりで余り訪れない地域になって、景色も山ばかりで黒一色になる。目的地も近くになったので、自転車から降りて月明かりを頼りに歩いていく。


 林通りはすぐに見つかった。周囲に家は無く、起伏の小さい土地に辺りは畑ばかりで、林の黒が夜でも目立つ。並木道をちょっと鬱蒼とさせたような感じだった。

 僕は自転車を転がしながら、林通りに近づいていく。

 近くで見ると、見事な杉林だった。夕暮れか日の出の時間に来れば中々の絶景が見れたかもしれない。まあ今回は怪談目当てに来たので、機会があれば、最近は余り口も利かない絢でも連れて来てみよう。少しは兄妹仲を修復できるかもしれない。


 遂に林通りに足を踏み入れると、空気が変わったような気がした。

 なんというか足が重いし、視界が歪んで見える。


「名前教えて」


 今どこからか声が聞こえなかったか?

 気付くと林の奥から聞こえていた虫の鳴き声がぴったりと止んでいた。


「名前教えて」


 また聞こえた。今度はもっと近くで。

 嫌な汗が背筋を伝っていく。


「名前教えて」


 男の声だ。それも大人の声じゃない。子どもだ。どこかで聞いたことがあるような気がするが、冷静ではない今、僕の記憶なんてあてにならない。


「名前教えて」


 声がすぐ耳元で響いた。ぞわりと全身に鳥肌が立つ。

 その声に聞き覚えがあるのは当たり前だった。何故なら、その声は僕の声だったからだ。

 僕は恐怖に抗い横を向いた。声が耳元で聞こえた割に側には誰も立っていなかった。


 そいつは杉林の中に立っていた。

 林の闇の中に埋もれるように、頭からかぶる白い頭巾で隠れていて、顔の部分がぽっかりとくり貫いたように真っ暗だった。目鼻立ちどころか輪郭すら掴めない。服装はぼろきれのような半袖と半ズボンだ。

 ゆっくりと声の主が、音も立てずに近づいてくる。ありえない、下は草むらだ。歩けば絶対に音がなるはずだ。


 僕は自転車に跨いで、すぐにその場を去ろうとした。

 だが、気付くと声の主はすぐ側に立って僕を頭巾の闇の中か睨んできていた。


「名前教えて」


 僕は腰が抜けて自転車ごと倒れ込んだ。激しい胸の動悸に痛みすら感じる。何度も深呼吸しても呼吸が整わない。すぐにでもここから離れたいのに足が震えて動かなかった。


 なんで僕の名前を知りたがるんだ。

 僕の名前になんの意味があるっていうんだよ。

 僕の名前がどうしたっていうんだ。

 僕の名前……僕の名前……僕の名前。

 僕の名前……?

 僕の名前は……なんだ?



    *



 絢は昨日から失踪している兄からのメールをケータイに受け取った。


『僕の部屋』


 それだけが件名に書かれていた。本文は空白だった。

 リビングのソファから跳ね起きて、絢はすぐに二階の兄の部屋へ向かった。


「お兄ちゃんっ!」


 勢いよく扉を開いても、兄の姿はそこに無かった。

 絢はすぐに一階へと引き返して、母に兄のパソコンから送られたメールを見せる。しかし、母は何故か首を傾げるだけでまともな反応を返してこなかった。兄が居なくなってから実質数時間しか経過はしていないが、今までにこんなことが無かっただけに、母は疲れたしまっているのかもしれない。


 絢は一人で兄の部屋へ戻った。

 開けっ放しだった筈の窓は閉まっていることに驚く。やっぱり兄は、一度ここに戻って、自分にメールを送ったのだ。

 起動されているパソコンは、ブラウザでブログが一つ開かれていた。他にはメールウィンドウが表示されている。

 絢はそれには何か意味がある筈だと思い、ブログの内容を確認した。



『兎にも角にも、真夜中探検隊で出発した私は、懐中電灯を片手に林通りに入ったのです。相変わらず不気味な場所でした。夜に来ると尚更そう感じました。ふと思い出すと、私自身も車では何度も通っていたのですが、この時が徒歩での来訪は初めてだったのです。そのことに祖父母の徹底さを感じて、尚更好奇心が湧きました。我ながらいけない子だと思います。


 懐中電灯で照らしながらゆっくりと一歩ずつ進んでいくと、突如電源が切れました。電池は完全に未使用だった筈です。出発前に新品へ取り替えたので間違いありません。しかし、ホラースポットへよく訪れる私には抜かりありません。電気器具に何かと干渉する幽霊には、ケミカルライト(※よくライブ会場で使われている化学式ライト)です。他にも防犯ブザーを引っこ抜いて鳴らしました。


 だけど、今回は強敵だったようで、防犯ブザーは黙らされ、ケミカルライトも幾らやっても発光しませんでした。

 その時でした。背筋に寒気を感じて林の中へ眼を凝らすと、白い頭巾を被った誰かが居たんです。血塗れとか頭だけとかの奴とも遭遇したことがあるので、正直インパクトに欠けました。それでもなんでしょうか、経験者にはよく分かると思うんですが、重いんです。幽霊というのは、私見ですが、想いの塊です。というより残骸です。まともなことを伝えられないくせに、重たいわけです。肩が重くなるとか比喩表現っぽいですが、実際に重いので困りものですね。


 ギャグではないのですが、想いがとても重かったわけです。つまりは危険度が高いという意味でもあります。ぶっちゃけますと、今は気楽にブログを書いていますが、少なからずあの時は死を予感したくらいです。

 さて、その幽霊ですが、ただ一言繰り返し続けました。


「名前教えて」


 ようやく記事タイトルに繋がりましたね。

 多分きっと、名前を教えれば自分は死ぬんだと思いました。初めての経験でしたが、その時私は体を操られました。勝手に口が動いて名前を教えちゃうんです。

 でも幽霊は、私の名前を聞いても「僕はけい」と名乗ってただ笑っただけでした。


 私は体の自由が戻ると、すぐ側に転がっていた自転車を使って我武者羅にその場から逃げました。自転車は近くの中学のステッカーが張られていましたが、なんで転がっていたのかは知りません。というか知りたくないです。後で持ち主に届けに行きたいと思いますが、その持ち主が無事かどうか分からないです。


 これで私の恐怖レポートは終了なんですが、真相を祖父母から先程聞き出しました。渋々でしたが、私が実際に行ってみたことを話すと、拳骨を三回ぐらいしてから話してくれました。滅茶苦茶痛かったです。


「あそこにはな、可哀想な子どもの幽霊がおる。昔からずっと、あの林の中で待っておるのだ」


 そう祖父は語り出しました。

 そのまま話した内容も書いていいのですが、流石に長いので要約して、私がまとめたものを乗せますね。以下その内容です。


 林通りには、男か女かは不明ですが小さな子どもの幽霊が住み着いていました。それも祖父母が子どもの頃には噂になっていたほど古い幽霊です(そりゃあ力持っているわけですよ)。そして、その幽霊のは特徴は、林通りを通る人の名前を尋ねること。どうして名前を尋ねるのかは、彼あるいは彼女が名前を持っていなかったからだそうです。


 幽霊は生前忌み子で、昔あの林に囲まれた場所に建てられた小屋に閉じ込められていました。それで、近くを通るたびに、拙い言葉で「名前教えて」と繰り返していました。そして死んでからもそれを繰り返し、名前を教えてもらって気に入ると、その名前を「奪う」のです。名前を奪われた人は、はっきりとは語られていませんが、まとめると「存在が希薄になり記憶もおぼろげになって忘れられていく」らしいです。


 祖父母の時代辺りから、その幽霊を『名前貰い』と呼んで恐れたそうです。詳しくは話してはくれませんでしたが、祖父母の子ども時代に人間が消えたそうです。消えたことを思い出したのは何年も経ってからで、探したそうですが結局見つからなかったようです。


 だから、私は祖父母にとても運が良かったと言われました。

 幽霊は気に入った名前を得たばかりだから、それを名乗るのが楽しくてしょうがなく、名乗ってくれた私に明るく名乗り返す、それだけで満足してくれた、という訳です。


 いやあ、今回ばかりは流石に私も怖かったです。二度と林通りには近づきません。

 祖父母の眼も厳しくなってしまったので、しばらくはどこにも出かけられそうにありませんので、恐怖レポートはお休みです。

 では、皆さん最後まで読んでくださり、ありがとうございました!』



 絢はブログの内容に出てきた幽霊の名乗る名前に戦慄した。


「お兄ちゃんの……名前」


 恐怖に駆られる。それでも、兄を探し出すヒントを探すために、もう一つ開かれていたメールウィンドウを確認する。新しい送信メールは、先程受け取ったメールだ。受信メールに新着は無かった。ただ下書きのフォルダに一つだけ新規のものが入っている。

 それを開くと、絢は息を呑んだ。


『僕の名前を呼んで』


 絢は力の限り兄の名を叫んだ。

 騒ぎ立てる蝉達に負けないぐらいに大きく、何度も叫び続けた。

<解説>

 とりあえず時系列です。

 ・主人公が林通りに行ったのは8/31の23時ぐらい

 ・ブログの主が林通りに行ったのは9/1の主人公の後で2時ぐらい

 ・ブログの記事の投稿日は9/1


 つまり、最初のシーンでは、既に主人公の時間感覚や記憶狂い始めていたわけです。妹にも見えてません。母親に限っては息子の存在を忘れしまっていた訳ですね。妹が覚えていた訳? それはもちろん愛ですよ。言わせないでください、恥ずかしい。……ごめんなさい。


 主人公は何かしらで『名前貰い』の存在を知って実際に行ってみたわけです。本編中ではブログで存在を知ったように見えますが、それは主人公が狂った後の話で、実際は狂う前があった訳ですね。だから、森へ二度訪れているようになっていますが、実際には一度しか行っていません。ただの記憶の錯綜です。


 そして、最後のシーンで、叫ぶ続ける妹ですが、果たして呼ぶのは兄なのか……それとも?

 ハッピーエンドに繋がるように終わりにした筈が、気付けば最悪なバッドエンドではないかと思いました。


<あとがき>

 この物語は私の地元で実際に起こった事件や伝承を元に…………作成していません。すべてオリジナルの即興ネタです。このタイミングで投稿するなら、夏のホラー2012に参加しろよ、ボケェって思われますよね。いやはや、その時はネタが浮かばなかったのです。今日浮かんだので即行で書き上げましたが……ホラーっていうよりブログ主が強過ぎてギャグ臭くなってしまいました。思わずブログ主のキャラを気に入ってシリーズ化しそうになりましたが、なんだか色々危険だと思って、自分にストップを掛けました。


 さて、こんな拙作ですが、読んでくださり、少しでも「怖い!」とか「ワロスww」とか思って頂ければ幸いです。

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