(習作)悪魔の呪いと少女の笑顔(オリジナル短編)
「さあ、こんな所は早く出よう」
「うん!」
男戦士の呼び掛けに、まだ少女の面影を残す女盗賊は笑顔で答えた。
その女盗賊の持つ袋には、宝物がどっさりと詰まっている。
ここはとある邪教のアジト。
男戦士は冒険者ギルドの依頼を受けて調査にやって来たのだが、そこで捕まっている女盗賊を目撃してしまった。
信者達は女盗賊の心臓に刃を突き立て、その血を悪魔に捧げようとしている。
そして女盗賊は助けを求める悲鳴を上げる。
間一髪、男戦士の活躍で女盗賊の命は救われた。
女盗賊は教団の財宝を狙ってアジトへと忍び込んだところを信者に見つかってしまったらしい。
信者達が血を流して息絶えると、女盗賊は心の底から安心した様子で男戦士に抱きついた。
手を取り合って邪教のアジトを出ようとした2人だが、女盗賊は先ほどの返答とは違い、その場を動こうとしなかった。
「……どうした?」
「我が信徒を殺したお前達をこのまま行かせるわけにはいかぬ……」
驚いた男戦士が声を掛けると、女盗賊はそう答えた。
男戦士が床を見ると、倒れた信者達が床に流した血が描かれた魔法陣を濡らしている。
悪魔召喚の儀式は果たされてしまったのだ。
「お前は……悪魔か?」
「いかにも、この娘の体は私が奪った」
そう言って女盗賊は男戦士に向かって短剣を振りかざして来た。
男戦士は攻撃を交わしながら女盗賊に向かって何度も呼び掛けるが、悪魔に操られた女盗賊は正気に戻る気配が無い。
「こうなったら、力づくで止めるしかないな」
男戦士は両手を広げて、ゆっくりと女盗賊に近づいた。
女盗賊の突き出した短剣が男戦士の体を切り刻むが、男戦士は立ち向かった。
そしてついに女盗賊が握っていた短剣を突き飛ばした。
しかし武器を失っても女盗賊は暴れ、抵抗を続ける。
男戦士は反撃を試みたが、
「よいのか……傷つくのはこの娘の体だぞ……」
と悪魔の声が聞こえ、攻撃の手を止めた。
手出しが出来なくなった男戦士に、女盗賊を操った悪魔は落ちた短剣を拾い、拍車が掛かったように攻撃を再開した。
しかし、突然女盗賊の身体の動きが止まる。
「お願い、あたしを殺して……このままじゃ、あなたを……」
どうやら女盗賊の精神は完全に失われたわけでは無く、悪魔と戦っているようだ。
「負けるな、帰って来い!」
男戦士は必死に呼びかけるが、女盗賊は泣きながら男戦士へと斬りかかった。
やはり悪魔の手から彼女を解放するのは無理なのか……?
と、男戦士が絶望に包まれ掛けたその時、男戦士の視界に床に描かれた魔法陣が目に入った。
「そうか!」
男戦士は残る力を振り絞って、持っていた剣で魔法陣を削り取った。
「してやられたわ……だがお前達への恨み、いつか必ず果たす!」
そう言い残して、女盗賊から悪魔の気配は消えた……。
安心と疲れからか、どっと床に腰を下ろす男戦士。
目に涙を浮かべた女盗賊が傷ついた男戦士へと駆け寄る。
「あ……あたし……何て事をしてしまったの……」
「だ、大丈夫だこれぐらい。俺はタフなのが取り柄だからな」
「あたしのせいでこんな事になっちゃって……ごめんなさい……」
「お前が居なかったら、俺が悪魔にとりつかれていたかもしれない、そんなに気にするな」
そう言って男戦士は女盗賊の頭を撫でた。
「うん……」
「お前は何も悪くないんだ」
「あ、あの、あたしの命を二度も助けてくれてありがとう」
顔を真っ赤にして女盗賊はお礼を言った。
「だけど、あたしが悪魔に負けてしまうほど弱くなければこんな事にはならなかった……」
「いや、お前は十分に強い。だって、悪魔に完全に心を壊されてしまわなかったんだからな」
「でも……あたし……あなたに迷惑を……」
自分を責めて落ち込む女盗賊に男戦士は声を掛ける。
「笑ってくれよ」
「えっ……?」
「お前の笑顔が好きになっちまったんだ」
「うん、分かった」
泣いて謝っていた女盗賊に笑顔が戻った。
「その……これからもずっとお前の笑顔を見ていたいんだが……」
「いいよ」
女盗賊はそう答えると、男戦士と肩を組んだ。
「また悪魔が復讐に来ても怖くは無いさ、俺が追い払ってやる」
「ありがとう」
その後街に帰った2人は、冒険者ギルドにパーティとしての登録を申請したのだった。