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食事を終えた後はお互いに大浴場で温泉に入ったり、外を散歩したり、のんびりと過ごした。
唯一恥ずかしいといえば、浴衣を着ていることかな。
着替えがないから仕方ないけれど、絶対丹前は手放しません!
ていうか促されるままここにきてご飯食べて浴衣着て……、うん、流されてるよね。
絶対流されてるよね。
ていうか、圭介さんってば……
そんなことを考えながら部屋のドアをくぐって板襖を開けた私。
「……」
目の前の光景を見たら、冷静な自分が戻ってきた。
散歩から戻ってきた私達の目の前には、仲良く並んだ二つのお布団。
そりゃそうだ。どー考えてもそうだ。
うん、仲居さん。あなたのお仕事、正しいと思うよ!
そりゃ年頃? の男女が宿泊すればこうなるよね?
いや、年頃じゃなくても、同じ部屋に泊まる時点で友人だろうが恋人だろうが家族だろうが、布団の並びはこうだよね?!
部屋に入ってすぐ立ち止まって固まっている私の後ろから、するりと圭介さんが部屋に入る。
「やっぱりこういうところの布団は、ふかふかだ」
と、なんでもない世間話的言葉を口にしながら。
ねぇ、恥ずかしくないの?
恥ずかしくないんですか?
布団を触っていた圭介さんが、いまだ立ち尽くしている私をちょいちょいと手を振って傍に呼ぶ。
けれどさすがにお鈍な私といえど、目の前のこの状況に、わ~いとか声を上げて傍によるとかできなかった。
ていうか、できるかいっ!
圭介さんはそんな私を見上げて笑うと、よいしょと声を掛けて立ち上がった。
「……っ」
うぉっ、意識し始めるとかなり恥ずかしいよ!
いや、この状況になる前に意識しようよって自分突込みをしてみたけれど、かなり後の祭りだし。
ばくばくと早まる鼓動にくらくらしながら耐えていたら、目の前に立った圭介さんの胸元が視界に入った。
「……」
浴衣の袷から覗く鎖骨が、色っぽいんだってば!!
何あほなこと考えてるんだろうって慌てて意識を変えるように、頭を振る。
そんな事をしていたら、ぱたりと後ろで板襖が閉まった。
いつの間にか圭介さんの腕が後ろに回って、板襖が閉まったと同時に身体を絡めとられる。
「けっ、圭介さ……っ」
「可愛いなぁ、由比さん」
ぽんぽん、と宥められるように背中を撫でられて、それでも全く宥まらない心情にぎゅっと両手で拳を握った。
なんで圭介さんはこんなに普通なんだっ。
焦ってるのが自分だけの状態に、なんだか面白くない気持ちが膨れ上がる。
そうだよね、そーなんだよね。
「なんか、扱い、慣れてる」
ぼそりと、さっきから考えていた事が口をついた。
「え?」
よく聞えなかったのか圭介さんが少し身体を離して、顔を覗きこんでくる。
けれどちゃんと目を合わせられなくて、顔を伏せた。
「女の人の扱い、慣れてて。……なんか、嫌」
「由比さん……」
そして全く焦っていない圭介さんの態度が、なんか面白くない。
ドキドキしているのは、お子様な私だけですか。そーですか。
無意識に口を尖らせていたらしい。
くすりと笑う声に、もっと面白くなくなってそっぽを向いた。
そりゃ二十八歳の男の方ですから、こーいう経験あるんでしょうしね!
二十三歳で経験なくて、すみませんねっ。
「由比さん」
不貞腐れ気味の私の頭を片手で包みながら、圭介さんは自分の胸に頭を押し付ける。
「慣れてる、かな?」
「?」
耳からダイレクトに伝わってくる声と共に、どくりどくりと聞えてくる音。
圭介さんは私の頭を撫でながら、背中にまわした腕に力をこめた。
「私だって、緊張しているよ。慣れているわけじゃない」
通常よりも早いだろうその鼓動は、圭介さんの言葉を真実として伝えてくる。
「怖がらせたくないけれど、二人になりたかったから。今日はだいぶ頑張ったけどね」
「頑張ってって……」
頭の上から聞える、軽く笑う声。
「由比さんに警戒心を抱かせないように、ここに誘導」
「ゆっ……!」
やっぱり、誘導されてた!!
思わず顔を上げたのが、まずかった。
吐く息が絡むほど、傍に。
目の中に映る自分が見えるほど、傍に。
圭介さんが、いた。