5
いきなり下げられた頭に動揺して、しどろもどろのままなんとか顔を上げてもらう。
その顔は……
「あれ、赤い?」
ほんのりと赤かった。
私の言葉に、圭介さんは気まずそうに片手で口元を押さえる。
でも、赤い目元は隠せていない。
さっきとは逆の状態に困惑して、私は首を傾げつつ圭介さんを見上げた。
「どうかしたの? なんで謝るの?」
赤いし、謝られるし。
まったく意味が分からない……
圭介さんは一度目を瞑って息を吐き出すと、口元を覆っていた手を外した。
「触り魔」
その言葉で、あぁっ、と納得する。
圭介さんは困ったように赤い頬を指先で撫ぜながら、
それでも聞えるようにもう一度謝りの言葉を口にした。
「その、ごめん、ね?」
というか、その一言を気に病まれるとは思わなかった。
慌てて繋いだままの手を、ぎゅっと握り締める。
「怒ってるとか、嫌がってるとかじゃないんだよ? ただ、その。普段そーいうことしない人だから、恥ずかしいって言うか……慣れないというか……、意外と言うか」
なんかほら圭介さん冷静な人だからさ、と言葉を続けるとなぜか目を細めた。
あれ?
なんとなく、纏う空気が変わった……?
圭介さんは私を見つめたまま、繋いでいる手を持ち上げる。
「……冷静な人、だから?」
ぽつりと呟いた声は、いつもより低くて。
ただ手を持ち上げられているだけだというのに、なんで私の心臓は全力疾走中なのだろう。
「触れないでも、平気、だと?」
切れ切れのその言葉は、ゆっくりと脳内を侵食していく。
手を持ち上げて行くのと同時に、圭介さんが上体を前に傾けていって……
「由比」
そう名前を呟くと、視線は私に固定したままその唇を手の甲に落とした。
手に触れる、柔らかくて温かい感触。
見上げてくる、射すくめるような強い視線。
背筋に、ぞくりと何かが走る。
痺れみたいな、不可解な感覚。
「……っ!」
思わずびくりと体が震えた。
圭介さんは私に震えに気付いているはずなのに、手の甲に触れたままその唇を動かす。
「……由比、君と想いが通じた時から……いや、正直に言う。その前からずっと、触れたくて仕方がなかった」
手の甲に触れていた唇が、ゆっくりと指先に移っていく。
辿った場所に、熱が生まれて……
「その指に……」
持ち上げられた指先に、ちゅ、とリップ音を小さく響かせて吸い付く。
いつの間にか、左手が私の頬を撫でていて。
その指先が撫でた場所を、唇が追うようにして辿って行く。
寄せられた唇が、頬から額、そして反対側の耳へと降りる。
「頬、額、……耳」
耳朶を唇に食まれて、ふるりと肩が震えた。
微かに、耳元で笑みを零す声が聞える。
けれど、私はその場所に縫い止められた様に動く事ができなかった。
「首筋」
「……ひゃっ」
くすぐったくて、身を捩る。
いつの間にか腰に回っていた腕が、私の動きを拘束した。
大げさなくらいびくつく身体を抱きしめて、圭介さんはしばらくして小さく息をついた。
ぽんぽん、と、小さな子供を宥めるように私の背中を軽く叩いて。
「なかなか二人きりになれる機会がなくて、……ごめん。今日、ちょっと箍が外れてたかもしれない」
怖がらせてごめんねと、体を離しながら圭介さんがやっぱり困ったように微笑んだ。
「一応、俺も男だから。
好きな人が傍にいれば触れたいし、抱きしめたい。それに……」
視線を上げれば、眼鏡の奧、熱を孕んだ目がじっと私を見つめていて。
恥ずかしさに、思わず目を伏せた。
確かに手を繋いだり、肩を抱かれたり。そんな事はあったと思う。
けれど、明確な意思を持った触れ方……その奧にある熱情……を感じさせられる事は、なかった。
自分に大人の魅力が足りないからと、思っていたけれど……
きっと私の為に理性で覆い隠してくれていたんだと、今、気付いた。
圭介さんは私の態度をどう解釈したのか、右手でゆっくりと頭を撫でると表情を戻しながらもう一度ごめんねと苦笑した。
「年上なのに、申し訳ない」
さ、行こう? と立ち尽くしたままの私を促すように、背中に触れた手に力が入った。
それに逆らわず二・三歩足を進めてから、きゅっ、と唇を引き結ぶ。
ばくばくと、まるで心臓が耳元にでもあるように鼓動が聞える。
恥ずかしい、本当に恥ずかしいけど……
あぁ、でも。
でも――
私だって……!