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圭介さんが連れてきてくれた場所は、少し山に入った場所にある湖。
アパートから三時間くらいは車で走ったんじゃないかな。
きらきらと陽の光が散る湖面は、息を呑むほどに綺麗。
アパートの前の川面も綺麗だけれど、スケールが違うというかなんというか。
遠目で見えたその光景に惹かれて、圭介さんの謝罪の言葉も聞き流しながら湖の畔に廻らせてある柵に両手を置いた。
段々暖かくなってきた気候は、三月が終わり春へと移行していくその途中。
時折吹き抜ける風は、微かに肌に冷たい。
カーディガンを着てきたけれど、それでも首筋を撫でる風に結んでいた髪を解いた。
さらりと風に揺れる髪は、首筋を温めてくれる。
「髪、伸びたね」
いつの間にか横に来ていた圭介さんが、指を髪に絡めて梳く。
少しくすぐったくて目を細めると、少しぎこちない表情の圭介さんが視界に入った。
けれど、それだけ。
何も言わずにそのまま視線を戻すと、斜め上の方でこくりと喉がなった。
「由比さん、本当にごめんなさい。許してもらえないかな」
まだ目は合っていないけれど、さっきぶりに見た圭介さんの表情はとても暗くて。
しかも、ごめんなさいって。
二十八才。私よりだいぶ上。
思わず、くすりと笑ってしまった。
それを拾ったのか、髪を触っていたその指が首筋にまで降りて。
「許して、もらえるかな」
するりと辿って肩に行き着いた手は、そのまま。
すぐ傍で聞こえてくる低い声に、さっきまで圭介さんの反応を楽しんでいた私はびくりと肩を震わせた。
ちょっちょっちょっ……、いや落ち着け私! こ、これは、あれだ! ほら!
ばくばくと早まってきた鼓動が、どんどん血を送り出してくれるから全身が熱くなってきた。
いや、あれだから! ほら、あれなんだよ!! ←どれなんだよ!
脳内のりつっこみを盛大にかましながら、落ち着け落ち着けとぎゅっと拳を握る。
ととと、とにかく許さなければ肩に乗ったままの手を外してもらえないだろう事はよく分かったから!
ぎこちない動きでこくりと頷けば、頭の上でほっと息を吐く音が聞こえた。
「よかった。本当に、どうしようかと思った」
いや、私は今どうしたらいいのか分からないんですが!!
頷いたのに! 許したのに! 肩のお手々が外れません!!
「でも、そこまで怒んなくても。由比さん、幸せそうに寝てるから見ていただけなのに」
眠かったんだって! とにかく手をどけようよ!
なんだか温かくてドキドキするんですってば!
「聞いてる?」
「うぁっ、はいっ」
思わず元気よく返事をすれば、少し間を空けて圭介さんが微笑む。
「やっと由比さんと二人になれたのに。ね?」
「いやっ、あのっ……えっと」
確かに、怒りすぎだとは思います!
途中で怒りは冷めてたけどきっかけがつかめなかっただけで、つんつんしてましたから。
そんな罪悪感のまま謝れば、圭介さんは小さく頭を振った。
「私の方が悪かったなって思うから、由比さんの言う事、何でも聞いてあげるよ。それで許して?」
「へ?」
思いがけない言葉に、肩に置かれた手の恥ずかしさよりも驚きの方が上回った。
顔を上げて圭介さんを見上げる。
そこにはほんわかな笑みを浮かべる、いつもの圭介さんのお顔。
「何でもいいよ? そうだなー、例えばネックレスとか指輪とか、服とか。欲しい物があれば……」
「なっ、ないない! いらないし! 大丈夫だし! お互い節約家族だし!」
思わず叫んでから、がばっと両手で口を塞ぐ。
「……」
最後の言葉は、要らなかったよね。
大人の男の人に。
口を塞いだまま顔を伏せると、そうだね、と切なそうな声が聞こえた。
「……甲斐性無しで申し訳ない」