10
「さてと、そろそろ行こうか」
「うん」
朝までぐっすり寝た私は、置き抜けにキスをされた驚き以外は、いたって穏やかな心中だった。
確かに昨日からこっち、なんだかめまぐるしかった気がするけれど、圭介さんは本当に嫌がる事はしなかった。
あの状態でも、私の気持ちが追いつくのを待ってくれるといって、ただ抱きしめて眠ってくれた。
流されたからといっても、自分の意思でこの状況の中にいるわけだから、何をされても文句は言えないというのに。
やっぱり、圭介さんは優しい。
穏やかで、大人の人で。
「どうしたの? 由比さん」
いつの間にかまた、さん付けに戻っていて寂しいけれど、たまに呼ばれるからこそ特別に思えるという事もあるし。
私はへにゃりと笑うと、なんでもないと頭を振った。
「圭介さんってば、本当に優しいなって思って」
幸せ、と、呟くと、触れるだけのキスが降りてくる。
昨日から幾度か交わしているからか、恥ずかしいよりも嬉しさが勝ってくる。
だから逃げずにちゃんと受け入れると、圭介さんも嬉しそうに微笑んでくれた。
「そう言ってくれると嬉しいけれど、あまり全面的に信頼されても良心の呵責が疼くかな」
「良心の呵責?」
くすりと笑うその目が、ゆっくりと細められた。
眼鏡越しだというのに、その視線が強く自分に注がれているのが分かる。
ん? 何か雰囲気が……?
「由比」
あれ? 名前……?
「早く、俺に慣れた方がいいよ?」
え、何?
いきなり変わった雰囲気にただ目を見開いて圭介さんを見上げていたら、指先で頬を撫でられて背筋に昨日の夜みたいな不可解な痺れが走った。
「待たされた分だけ、大変なのは……由比の方だから」
そう言って笑みを浮かべる圭介さんの視線は、全く優しくありませんでした。
そしてその“大変さ”を知る事になるのは、そんなに遠くないオハナシ。
圭介がずる賢いのか、由比が鈍いのか。
翔太よりも、圭介の方が近くにいたら困る相手に思えてきたのは気のせいだろうか……?
これにて完結、ありがとうございました!