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小さく聞えるリップ音が、鼓膜から頭の中を刺激する。
任務完了したよねぇ?! なんていう叫び声も、触れる唇に阻まれたまま。
幾度か唇を合わせた後、少しだけ離れた圭介さんがじっと私を見下ろした。
「嫌なら、言って?」
「え、と」
「俺とキスするの、嫌?」
少し寂しさを滲ませた声に、慌てて首を振る。
「嫌じゃないっ。そうじゃなくて、恥ずかしいっていうか……っ」
熱っぽい視線に、恥ずかしさから早口でまくしたてる。
「そう。なら、よかった」
……なら、よかった?
思わず脳内リピートかました私の唇に、再び柔らかいものが押し当てられた。
どアップ圭介さんに耐えられなくなって目を瞑れば、唇の合わせ目をぬるりと生暖かいもので辿られてびくりと体が跳ねる。
それを押さえ込むように、いつの間にか腰に回っていた腕に力をこめられた。
恥ずかしいけれど。
圭介さんに触れられて、嬉しいと感じている自分もいて。
確かに流された気もしないでもないけど、でも――
すると、ふっと唇から温もりが離れた。
「嫌?」
「あ、え?」
他の事、考えてる。
そう言われて、なんて答えたらいいのか分からなくて。
ただ、じっと圭介さんを見つめていた。
「由比」
呼ばれる名前に、問い返すような視線を向けたら。
「嫌?」
ぽつり、と問いを向けられて。
「いや、じゃ、な……っ」
そう答えたら、再び口を塞がれていた。
当然しゃべり途中の口は開いたままで、何の躊躇もなく、圭介さんの舌が入り込んでくる。
「んっ?」
驚いて声を上げても、全て口の中で消えて。
喉の奧で呻くような、そんな音しか漏れてこない。
歯列をなぞり舌を絡め取られて、口を閉じる事すらできない。
口の端から飲みきれなかった唾液が、肌を伝って行く感覚さえ体から力を奪っていく。
微かに息がし易くなった事に気付いて目を開ければ、私を見つめる圭介さんと目があった。
「は、……けいすけさ……」
名前を呼ぼうとしたけれど、最後まで言い切る事ができず再び唇を重ねる。
角度を変える度に深くなる行為に、頭も呼吸も感情も追いつかない。
ただ、ただ――
そこまで求められる事が、嬉しいと、漠然と感じた。
しばらく。
どのくらいの時間、そうしていたのか分からない。
ゆっくりと身体を離した圭介さんに促されるまま、ぺたりと座り込んだ。
ふかふかの掛け布団がめくられた、敷布団の、上。
力が抜けきった体は、動かす事さえ億劫で。
布団の上にいつの間にかいたことに少し驚いたけど、それは霞んだ意識の向こうで、だった。
ぼーっとする私の横に、圭介さんが腰を下ろす。
「ねよっか」
にこりと笑う表情は、いつものほんわか圭介さん。
さっきまでが、別人かと言いたくなるほど。
「ふぇ?」
言われた意味が分からずに間抜けな声で聞き返せば、肩に回った腕に押されて敷布団に転がった。
そのまま布団を掛けられて、ぎゅっと抱きしめられる。
目の前には、浴衣。
圭介さんの胸に、顔が押し付けられた。
「今日は、ここまで」
「ここま、で?」
いくらなんでも、鈍いといわれようが子供といわれようが、「大人の恋人」が何をするか位は分かってる。
この状態で終わりって、さすがに圭介さん辛いんじゃ……
考えていた事が伝わったのか、お見通しくらい雰囲気で駄々漏れなのか、後頭部に回った掌がゆっくりと頭を撫でた。
「由比さんが、もう少し俺に慣れてくれるまで待つから」
「圭介さん……」
「ね? 恥ずかしがり屋の由比さんが、今日は頑張ってくれたんだと思うと素直に嬉しい。だから、待つよ」
そっと顔を上げれば、穏やかに笑う圭介さんと目が合って。
やっぱり、大人だなぁって。優しいなぁって。
そんな事を思いながら、大好きと一つ零してその胸に擦り寄った。
「……もう少しだけね」
寝た後に言われた言葉なんて、全く知らないけど。