五右衛門風呂とメイドロイド
「ぬるい……」
俺は湯船に座ると、広げた股にタオルを置いて怒鳴りつけた。
「おい、ちづる! 。今すぐここへ来い!」
ややあって、板張りの廊下をきしませながらどたどたと駆けてくる足音が聞こえた。
俺はこのところ苛だっていた。
飯を炊かせれば生米交じり、刺身にはソースがかかり、ビールはぐつぐつお煮え立っていた。あいつは最近やることなすことおかしい。
「これじゃあまるっきり”不良品”じゃないか。冗談じゃない。あいつを手に入れるのにどれだけかかったと思ってるんだ」
つい先月、ちづるのローンを払い終わったばかりだった。やっと晴れて俺の所有物になったのだ。そのとたんにこの有様だ。
あらためて湯船に手を入れた。ほとんど水に近い。
廊下を駆けてくる足音が聞こえなくなっていた。
俺はイライラと膝を揺すった。いつまで経ってもやって来ない。あいつめ、何をもたもたしてるんだ……。
俺は風呂場の扉を引き開け、脱衣所兼洗濯場をずかずかと通り抜けると廊下をのぞき見た。
台所の入り口から、エプロンを巻いたちづるの腰が見え隠れしていた。
「何をやっている!。呼んだらすぐに来いよ! 」
「はいー」
ちづるの白い顔がひょこっと現れると、にこっと歯を見せて微笑んだ。えくぼがよく目立つ。ついで、手につまみ持った黒い何かをぶらぶらさせた。
「だーんなさま。でっかい油虫が駆けてったんでえよぉ。こりゃいけんと思って追いかけたら、冷蔵庫の下に潜り込んででてきねえんで、まあ、さえ箸でつっついてつっついてようやくまあ、ほれほれ」
千鳥はそう言いながらこちらへ駆けてくる。俺は首を引っ込めて戸をぴしゃりと閉めた。
「だーんな、だーんなぁ。ほれ見てくんなし、このでっかさときたらもう、カブトムシとええ勝負だぁ。ほれほれ」
「ばかやろう! 。そんな汚いもん近づけるな!」
「おら、頑張ったろ。張り切ったろ。みーんな旦那様のためだよぉ」
「わかったわかった!。だからさっさとそれを捨ててこい」
「はいなもし。てててんてーん。ふふふ、褒めてもらった褒めてもらった。だーんなさまに、褒めてもらったあ」
どったんばったんと不ぞろいな足音が小さくなっていく。また不格好なスキップを踏んでいるのだろう。
まったくあいつはおかしい。俺は頭を抱えた。はっと気がついて、戸を開くと怒鳴りつけた。
「お前、そのさえ箸はちゃんと洗って……。いや、捨てろ、捨てるんだぞその箸は!」
「……」
「聞こえたのか!、ちづる!」
「 ぁーぃ」
小さく返事が聞こえた。
ちづるの奴め、やる事も変だが話す事も変だ。だいたいあの妙な方言は一体どこで覚えてきたんだ。
身体が冷えて震えてきた。
ちづるに風呂を沸かし直させるのを待っていたら風邪を引いてしまう。しょうがない、自分でやるか。
我が家の風呂は五右衛門式で、大きな鉄鍋を直火で湧かす方式だ。その為、釜へ薪をくべるには外に出る必要がある。
腰にタオルを巻いたままの格好で庭に出た。
どこかで、ほーほーとフクロウが鳴いている。
釜をみると、煙が出てくすぶってはいたが、明らかに燃え方が足りなかった。
家の主である俺が尻を半分夜気にさらしながら、釜の前でしゃがみ込んでマッチを擦っているーー。
端から見ればこんな間抜けな姿はあるまい。
おれは憤慨していた。
くそ高い出費で手に入れた高性能なメイドロイドが、家事の一切を間違いなくやってくれるはずだった。
ちづると名付けた彼女、京柴社製〈SXー246Extra〉は、60回払いでローンを組んでまで欲しくなる機能を有していた。
実際それはとても美しく、素晴らしい”機能”を持っていた。
18才程の容姿に作られたちづるが、白いワンピースにエプロン姿でおさんどんに来たその日から俺は、他の大多数の”容姿に不自由な成人男性”と同様の感想と人生観を持つに至った。いわく「人間の嫁なんかもういらねえ」と言う奴だ。
それが今ではこのざまだ。
マッチはしけっていた。濡れた手でマッチ箱を握りしめたのがまずかったのだろう。どうにか乾いたマッチを取り出し点火した。薪に火をつけようとかがみ込む。
薪と一緒に、なにやら丸めた紙束が詰め込まれているのに気付いた。
あいつ、又なんかおかしな事をやらかしたんじゃ?……。
あるいは大事な書類かもしれない。
メイドロイドとして使われる家政婦用アンドロイドなら、何を捨てて何を取っておくべきかといった判断は極めて高度に構築された思考プログラムによってなされていて、大事な領収書等が捨てられたりする心配はまず無い。無いはずなのだが、最近のちづるの様子では、見えない所で何をやらかしてるか判ったもんじゃなかった。
俺はマッチを落として踏み消すと、薪と薪の隙間に押し込められたそれを取り出した。
カタログの束だった。
突っ込まれた先端が焦げていた。昔の書籍ならきっと燃え尽きていただろうが、今時の紙製品はすべて難燃性の素材で作られているから燃えずに残ったのだ。これは、紙は廃棄せずにリサイクルに出すべきとの価値観を植え付ける目的で施行された法令の影響による物だった。
それはともかく、この素材は周囲の空気を不活性にしてしまう性質があるので、薪と一緒にくべたら、燃料になるどころか火勢を弱めてしまう。
ーーなるほど。風呂がぬるかったのはこれが原因か……。
ぱっと見た所では、商品カタログやパンフレットの類だった。という事は、そう大事な代物じゃない。俺は手に入れた物はいちいちきちんと取っておく主義なので、こういう物が家のあちこちに紛れ込んでいるのだ。
何枚かめくっていくうちに、それが何か思い出した。
メイドロイドのパンフレットだった。それも、テズマティック社の〈G-3127Alice〉だった。
「なんでこれがここに……」
月明かりの下でも、グラビアを飾るG-3127Aliceの息をのむ様な美貌は手に取る様に判った。
「やっぱり、いいよなあ」
俺はごくりとつばを飲むとページをめくった。ミニスカートや水着姿であられもないポーズを取るG-3127Aliceの肢体は、男なら誰しも興奮する事まちがいなしの妖艶さだった。
月が雲に隠れたのだろう。辺りがすうっと暗くなり、パンフレットも読めなくなった。
フクロウは鳴くのをやめていた。どこかに飛び去ったのかもしれない。
俺はパンフレットを抱えると振り返った。
誰かが庭に立っていた。
俺はぎょっとした。それがちづるだと判ると、ほっとした。
「なんだ、お前か……。黙ったままでそこに居るから驚いたじゃないか」
さっと月明かりが射した。ちづるの眼差しが、ひどく真剣な事に気がついた。
「なんだ、どうかしたのか? 。そんな所につったってたって何の役にも立たないぞ。って言うか、さっきのゴキブリはもう捨てて来たんだろうな」
ちづるは何も言わない。
俺はふと、これまで何度も調べて確認しておいた事柄を思い返していた。
ーーここ10年は、メイドロイドによる人身事故は発生していないーー。
それは、ある人気商品となったメイドロイドが起こした事件が切っ掛けで業界に根付いた、徹底した安全対策のたまものだった。
故に、その種類の心配は無用でいる事が出来た。とは言え、ちづるの態度はどこか腑に落ちなかった。
「どうかしたのか?。何か、俺に言いたい事でもあるのか」
「旦那様……」
「ああ。なんだ」
「旦那様は、その人を愛してるのですか?」
「なんだって?」
一瞬、意味がわからなかった。そして、手に持ってるカタログを思い出して、苦笑した。
「お前まさか、この……なんだっけ。GなんとかかんとかAliceってメイドロイドに焼き餅を妬いてるんじゃないだろうな」
ちづるは俺の疑問には答えず、もう一度同じ質問をした。
「旦那様は、その人を愛してるのですか?」
やっぱりこいつ、おかしい……。
メイドロイドが、他機種ーー特に他社の製品に焼き餅を妬くのは、”一つの機能”としてあらかじめ組み込まれてるのが普通だ。
大抵の場合、その焼き餅を妬くしぐさは可愛らしいくなる様に仕組まれていて、ユーザーの男どもがその反応をいちいち楽しむのが、メイドロイドと付き合う一つの醍醐味でもあった。
しかし、今ちづるが見せている反応はちょっと変だ。これではマジで妬いてるように見える。
それは規約違反だ。他社製品の買い換えを妨害する言動や行為は、いかなる製品に組み込まれたAI(人工知能)であっても禁止されているのだ。
また、ほーほーとフクロウが鳴き始めた。
俺は、言いにくい事を言うべき日がついに来てしまった…‥と思った。ちづるとはもう長い付き合いだ。確かにこの所調子がおかしかったが、次回の定期メンテナンスで修正してもらえるだろうと思っていた。
しかし俺の心はもう、冷めていた。それは裸のまま夜気にあたったせいなどではない。
それがどれほど、ちづるのように可愛らしく従順な美少女の姿をもっていたとしても、いや、それだからこそ、”AIが狂っている”との疑念を持ってしまったら、もうユーザーはそのアンドロイドに気を許す事が出来なくなってしまう。
いくら専門のサービスマンが入念に検査して絶対に大丈夫と太鼓判を押しても、だめだ。
なにしろメイドロイドは、主人の食べるものに何を入れる事も、熟睡してる時にどんな事だって出来るのだ。絶対的な信頼が置けないと、安心して生活を共に出来ない。
ほんの小さな不安の芽は、一度芽生えてしまったら取り返しがつかないのだ。
ユーザーに”命の危険を感じさせる事は絶対に許されない”。それは、全てのメイドロイドの定めであり運命なのだった。
メイドロイドはありとあらゆる個人情報を蓄積している。その為、不要になったメイドロイドに残された道は、スクラップーーつまり、プログラム・データーの”物理的な消去”しかない。
だからこそ、それを知っているからこそ、メイドロイドのユーザーになる男達は、商品の吟味に徹底的に時間をかけるのだ。
俺もそうだった。
いくら料理に使う箸でゴキブリを捕らえようと、風呂を生沸かしにされようと、これだけは言いたくなかった……。
しかし、それももうこれまでだ。
「ちづる…‥。今からメーカーに回収に来てもらう。もう、君は限界だ。寿命なんだよ」
ちづるは、はっと息をのんだ。(メイドロイドに興味のない堅物達の為に説明しておくが、アンドロイド達は発声をする必要性から呼吸もするのだ)
ちづるの保証期間はもう過ぎている。そして、メンテナンスで機能回復する可能性がある以上、不良品として返品・交換する事は出来なかった。
しかし、新しいメイドロイドを買う金はすでに貯まっていたし、何なら、人間のお手伝いを頼む事も可能な経済状態にもなっていた。
もちろん人間のお手伝いに夜のお勤めは頼めないが、そっち方面の欲求は夜の街へ行けばいくらでも発散する手段があった。
俺はちづるの側へ行くと、肩を叩いた。
「いままで……長い間お疲れさん。本当にこれまでよくやってくれた。感謝してるし、出来る事ならいつまでも家にいてもらいたかった。でも、人間を不安にさせる様な事を言ったのはまずかったな。それは重大なルール違反だと、君たちは生まれた時に厳しく教えられていたはずだ」
ちづるの華奢な身体が、微かに震えているのを感じた。
正直言って胸が痛んだ。しかし、ユーザーの求める機能を維持出来なかったちづるがーーメイドロイド タイプSXー246Extraが悪いのだ。
肩から手を離すと、ちづるから離れた。
裏口の取っ手をひき開けた時、ちづるが言った。
「あたし達を……、不安にさせるのは構わないのですか?」
俺はぎょっとした。ひどくなまめかしいというか、人間くさい質問だった。適当な言葉が思い浮かばなかったので、ごく一般論を答えた。
「AIに人権はないから……」
ちづるはさっと振り向いて、叫んだ。
「あたし、人権なんかいりません!。あたしは、ただーー」
月明かりで青白くなったちづるの頬を、ぽろぽろところがる涙がきらめいた。
「あなたに……、あなたに、あたしだけを愛してもらいたかったのです!」
俺はぽかんと口を開けた。
「……ああ」
惚けた様な言葉が半開きの口からもれた。
そうか。そう言う事だったのか……。
俺はぼりぼりと頭をかくと、半分焦げたパンフレットを掲げた。
「ひょっとして”それ”が、このパンフレットを釜にほうり込んで燃やそうとした理由か?」
ちづるは、こくりとうなずいた。
俺は溜息をつくと、パンフレットをぱららっとめくった。
「なあちづる。これが、ずいぶん昔のパンフレットだって、知っていたか?」
「……え?」
ちづるは、眼をぱちくりさせた。
やっぱりそうか。
ちづるは、認識機能か思考回路にごく単純なエラーを生じてるのだろう。少なくとも、パンフレットに記載された年月日の表示に目が届かなかったのだ。
「親切な俺が間抜けなお前におしえてやろう。これはお前が察するとおり、俺が欲しくて欲しくてしょうがなかったメイドロイドだ。でもな、これはお前を買い換える為に手に入れようとしたんじゃない!」
手でパンフレットをぴしゃりと叩いた。
ちづるは、眼をぱちくりさせた。
「逆だよ。これに載っている機種を買うのをやめて、”お前”を選んだんだ」
ちづるはあっけにとられていた。
「だんな……さま。そのう、あのう。それは、そのう……、本当の事ですか?」
俺はパンフレットに書いてある型番〈G-3127Alice〉を指さして、言った。
「嘘だと思うなら、この型番のメイドロイドがどういう代物だったのか自分で調べてみろ。このメーカーに電話してもいい。きっとこう教えてくれるはずだよ。『その製品は重大な欠陥が見つかった為に生産中止となり、市場に出回った製品もすべて回収されました』ってね」
ちづるは両手で口を押さえた。
「まあ……。まあ……、まあ、なんてことでしょう。あたしったら、とんでもない勘違いをしていたんだわ」
「そのようだな」
「ああどうしましょう。あの、だんなさま。あたし、そうと知ってれば、けっして旦那様を困らせたりはしなかったわ」
「そうだろうともさ。お前とも長いつきあいだからね。それくらい判るよ」
ちづるは地面にへたり込んだ。
「……どうしよう、あたし、あたし、取り返しのつかない事しちゃった。ーーお払い箱になっちゃった。頭を機械で潰されて真っ白になっちゃうんだ……。う、う、うわあああん!」
ちづるは大声で泣き出した。
俺はあわてて飛んで行きたしなめた。
「おいよせよ! 。こんな時間に、近所に迷惑だろうが」
「あああん、あああん。やだよう、頭の中消されたくないよおおお!。死ぬのはいやだあああ!」
ちづるは泣き止むどころか、犬の遠吠えの様におんおんと泣き声を張り上げた。寝静まったかに見えたお向かいの家の窓に明かりがぱっとともった。
えいしょうがない。俺はちづるの首筋へ手を伸ばした。
緊急停止ボタンを収めたくぼみは、ぴったりと閉じた人工皮膚の裏側にある。それを剥がすのに手間取った。ちづるは叫んだ。
「だんなさまのこと……、忘れたくないよおおーーっ!」
俺の手が止まった。しばしためらい、手を引っ込めた。ぎゅっと握りしめた拳をじっと見た。目を閉じると、深く息を吐いた。
「……判った、判ったよ。メーカーに引き取ってもらうのはやめる」
ちづるはぴたりと泣き止んだ。
「……それ、本当ですか」
「嘘だと言ったら、また泣くんだろうが」
「はいっ、それはもう豪快に!」
「まったくもう……。もういい。お前の情けない姿を見ていたら、スクラップにする気がなくなっちまったよ」
ちづるはがばっと跳ね起きると、俺に飛びついてぎゅうむっと抱きしめた。
「旦那さまっ! 旦那さまっ! だんなさまーっ! 。ありがとうございます!!」
「く、くるしいっ、離せ……」
「やっぱり……、やっぱり旦那様は旦那様だわ、大好き!」
キッスの嵐を振らせるちづるをどうにか引き離すと、圧迫されて萎んだ肺に空気を取り戻した。
「ぜえぜえ、まったくもう……。でもな、あちこち様子が変なのは確かだから、メンテナンスだけには来てもらうぞ」
「はいっ。だんなさまの事を覚えていられるのなら、オーバーホールだって何だって受けちゃいます!」
「現金な奴だなぁ。……へ、へ、へーっくしょい!」
ずっと裸で外に居たから風邪を引いてしまったようだ。
「とにかく家に戻るぞ。っていうか、さっさと風呂を湧かし直してくれ。もう、頭のもやもやが吹き飛んだろうから、風呂焚きぐらいまともに出来るよな?」
「はい!。あたし、めーいっぱいどっかんどっかん釜焚きしちゃいます」
「俺を煮殺す気か! 。ごく普通に湧かせばええがな。ぶるる、おお寒い」
ちづるは鼻歌を歌いながら、軽やかにスキップを踏んで釜へ向かった。
それを見てーー。ふと気付いた。
二足歩行は極めて繊細な制御によって成されているから、AIの不調は歩き方の変化に現れるらしいーー。だいぶ前に、会社の同僚からそう言われた事がある。
今のちづるのスキップは、人間の若い娘がするように自然な動作だった。
「……とんだ夜だったな」
俺は頭を振ると家に入った。
ようやく風呂につかって暖まる事が出来たが、本格的に風邪を引いてしまったらしい。俺は薬を飲むと早々に寝床へ潜り込んだ。
俺はちづるに体内のヒーターを上げてもらうよう頼み、添い寝をさせた。
のどが痛く頭もぼーっとしてなかなか寝付けない。
背中へぴたりと寄り添っていたちづるが聞いた。
「だんなさま、熱くありませんか」
「いや……、むしろ肌寒いくらいだ」
「すみません旦那様。安全の制約上、これ以上体温をあげられないんです」
「構わんさ」
「あの……。さっきの話しですけど」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「パンフレットにあったメイドロイド、G-3127Aliceって、どこに欠陥があったんですか?」
「ああその事か。うーん……、女の子はなあ、聞かない方がいいと思うよ?」
「教えて下さい。今後の参考に」
「何の参考にならんと思うがね」
俺は寝返りを打ってちづると向き合った。
「あの、G-3127Aliceってのは、ちづるーーつまり〈SXー246Extra〉を手に入れるもっと前の頃、社会人になって最初のボーナスが出た時に買うつもりだったメイドロイドだ。
「G-3127Aliceは当時大人気だった機種で、高性能でありながらそれまでの常識を破る低価格だった。そしてなんと言っても美人だったからね、発売と同時に大ヒット商品となったんだ」
「そうだったんですか……」
と、ちょっぴりすねた様な声のちづる。
「俺も初めて手に入れた大金で心が浮かれててね、当時はかなり本気で買うつもりだった。
しかし、ボーナスを頭金にローンを組む手続きを始めた頃に、G-3127Aliceの重大な欠陥が発覚したんだ。その為に商品はリコールとなり全て回収されたが、調査の結果、基本設計に修復不能の欠陥がある事が判って、生産中止へ追い込まれたんだ」
ちづるは、ごくりと息をのんだ。
「それで、どんな欠陥だったんですか」
「うーん、何というか……、G-3127Aliceは何かいろいろな要因が重なると、その、あれをしちまうんだよ」
「あれって?」
「つまりだな、ユーザーの男どもを、おかまになる気がないのに本気でその道に進む事を考えざるをえない身体にしちまったんだ」
「はあ」
「判った?」
「判った様な判らない様な……。それで、回収されたG-3127Aliceはどうなっちゃんたんですか?」
「ほとんどがスクラップさ。でも一部のG-3127Aliceは置物として中古市場に流れたけどね。美少女のマネキンとして使われてたり、店の看板代わりにされているのを今でも時々地方で見かけるな。まあなんだ、いくら電源が抜かれて動力がないとは言え、あれの口の中に指を突っ込む気には、俺はなれないね」
「はあ」
「もうずいぶん前の話さ。懐かしいな、あれからもう10年は経つかな」
「あーっ!」
「わっ。な、なんだなんだ?」
「意味、判りました。つまり、お○○○○を噛みちぎっちゃんたんですね!」
「……判ってくれたか。お前はくれぐれも真似しない様にな」
「はい。なるべく」
「おい! 。なるべくとかじゃなく、絶対にされたら困るんだよっ」
「冗談ですよ。ふふふっ」
ちづるはぺろりと舌を出した。
「まったくもう……。ま、いつもの調子が戻って良かった」
「……今から、試しますか?」
俺はちづるの頭をこづいた。
Twitterの、三題噺を出す創作支援bot“ことは”に出題してもらった「俗語、濃い、浮心」をお題にして執筆しました。もっとも小説に使えたお題は”浮心”だけですけどね(しかも意味を”浮気”と取り違えてるし;)。寝る前の創作鍛錬にと思って書き始めたのですが、シリアスなオチがうまくまとまらず二転三転、苦しんでいる間に外はしらじらと朝に……(汗)。小説は、軽い気持ちで書くと痛い目に逢うと実感致しました。最終的におとなしいオチに収まりましたが、どうにかケリがついて良かったです。