柊没回供養
異動してきて一週間。
柊は、仕事ができる。
無駄がない。
報告も的確。
上司受けもいい。
だから余計に、扱いにくい。
距離が、近い。
物理的にも、会話も。
「橘さん」
背後から自然に声が落ちる。
振り向くと、もう半歩分近い。
「はい」
「今日、飲み会ですよね」
「はい」
「奥さん、迎え来たりします?」
「来ません」
「へえ」
「迎えに来てもらうタイプかと思いました」
「違います」
柊は少しだけ笑う。
「新婚なのに、意外とドライなんですね」
何も返さない。
紙の資料をまとめる。
「仲良しアピールしないタイプ?」
「仕事中なんで」
やんわり線を引く。
柊は気にした様子もなく肩を竦める。
「失礼」
でも目は、楽しんでいる。
その日の昼休み。
遥花とのトーク画面。
少しだけ迷って、打つ。
『今日、会社の近く来ないでください』
『え?行かないけど』
『絶対です』
『なにそれ笑』
『理由は後で話します』
『なんかあった?』
指が止まる。
嘘はつきたくない。
でも、余計な心配もさせたくない。
『ちょっと面倒な人がいます』
『なにそれ』
『大丈夫です』
既読がつくまでの数秒が長い。
『わかった。でも無理しないでね』
短い返事。
それだけで少し落ち着く。
飲み会は、いつもの居酒屋。
柊は自然に既婚女性社員の隣に座っている。
距離が近い。
笑わせるのが上手い。
触れない。でも近い。
店を出ると、外は少し湿った夜風。
「橘さん」
また隣に立たれる。
「送りますよ」
「結構です」
「奥さん心配しますよ」
「連絡してます」
「ふーん」
駅へ向かう途中。
「湊?」
聞き慣れた声。
心臓が一瞬跳ねる。
遥花。
手にコンビニ袋。
私服。
完全に偶然の顔。
「なんでここに」
「え、近くで友達とご飯」
嫌な予感が背中を撫でる。
柊が隣にいる。
視線が、ゆっくり遥花に移る。
「……奥さん?」
にこっと笑う。
「はじめまして。柊です」
勝手に名乗る。
遥花が一瞬戸惑う。
「え、あ、どうも」
湊は一歩前に出る。
自然に、遥花を背に隠す形。
「偶然ですね」
柊の声は柔らかい。
でも目は鋭い。
「噂通り、綺麗な方だ」
空気が一瞬冷える。
「やめてください」
声が低くなる。
「何がですか?」
「そういう言い方」
柊は少しだけ笑う。
「褒めただけですよ」
信号が青になる。
周囲が動く。
「橘さん」
柊が小さく言う。
「守れるといいですね」
またその言葉。
湊の指先が、ほんの少しだけ強く握られる。
遥花の手を取る。
自然に。当たり前みたいに。
「お疲れ様です」
柊はそれ以上追わない。
ただ、見ている。
背中に視線を感じながら、駅へ向かう。
遥花が小さく言う。
「……あの人?」
「会社の人です」
「なんか、変な感じだった」
少しだけ、息を吐く。
「だから言ったんです、迎え来ないでって」
遥花がこちらを見る。
「心配性だね」
「違います」
足を止め向き合う。
「偶然で、これです」
ほんの少しだけ、本音が滲む。
「俺がいないところで、ああいうのに絡まれたらどうするんですか」
遥花は一瞬黙る。
冗談のつもりじゃないと、分かった顔。
夜風が冷たい。
湊は視線を落とす。
疑ってはいない。
でも。
さっき、確かに思った。
“隙”
「……とにかく」
声を落ち着かせる。
「一人で夜遅く歩くの、気をつけてください」
遥花は小さく頷いた。
遠くで、信号の音が鳴る。
9月の夜。
静かな不穏は、まだ終わっていない。
七瀬「…………」
悠「……」
朱里「……」
遥花「……」
作者「え、なんか言って??」
七瀬「いやいやいやいや!!
“今日会社の近く来ないでください”って何!?怖!!」
悠「俺でも言わねえぞそれは」
湊「危険そうだったので」
遥花「湊、それ“危険そう”じゃなくて“排除しようとしてる人”の思考だよ」
湊「……否定はできませんね」
七瀬「怖い怖い怖い!!素直に認めないで!!」
朱里(小声)
「でも……少し、分かります」
七瀬「えっ朱里さんまで!?」
朱里「守りたい人に向けられる視線って、分かるんです。
言葉より先に、空気で」
作者「でも没にしたんだよ!」
悠「正解」
即答。
作者「早くない!?」
悠「これ本編に入ったら境界線シリーズ終わる」
七瀬「わかる!!急にR15サスペンスになる!!」
朱里「“信頼”じゃなくて“警戒”の物語になりますね…」
湊「……そんなにですか」
遥花「うん。
これ、成長後の湊だもん」
七瀬「ていうか柊さん!!」
柊(いつの間にかいる)「はい?」
七瀬「なんでそんな自然に怖いんですか!?」
柊「褒め言葉ですか?」
悠「違う」
作者「でもさ、この回書けたってことはさ」
全員「?」
作者「湊が壊れる可能性まで見えたってことじゃん?」
(少し静かになる)
湊「……壊れませんよ」
遥花「うん、知ってる」
湊「壊れる前に止まります」
遥花「うん、それも知ってる」
七瀬「なにこの安心感!?さっきまでホラーだったのに!!」
悠「結論な」
作者「なに」
悠「没じゃない」
七瀬「え?」
悠「未来の回」
作者「……」
朱里「いつか必要になるんですね」
湊「できれば来ない未来がいいですが」
遥花「でも来ても、大丈夫でしょ」
(自然に隣に立つ)
七瀬「……あの」
全員「?」
七瀬「これ読者読んだら絶対こう言いますよ」
作者「なに」
七瀬「『境界線シリーズ、思ってたより深淵だった』」
作者「やめて!!ラブストーリーです!!」
悠「もう無理だろ」




