最終話:旅立ち
追放から、約一年の月日が流れた。かつて丸刈りにされた私の頭には、今や肩にかかるほどの長さの髪が戻っていた。かつての「公爵令嬢エリザベラ」が維持していた、手入れの行き届いた豪華な縦ロールではない。山風にさらされ、時には焚き火の煤にまみれ、それでも逞しく伸びた、少しだけ跳ねた毛先のショートボブだ。
けれど、鏡代わりの小川に映る今の自分の顔は、王宮にいた頃のどの瞬間よりも生気に満ちている。
「……ムウ。わたし、明日この山を下りるわ」
夜、いつものように焚き火を囲みながら、私は決意を口にした。隣で干し肉を噛んでいたムウが、動きを止めた。大きな瞳に、寂しげな色が宿るのがわかる。
「……リサ、ココ、デル?」
「ええ。もう十分休んだわ。ガルの遺してくれた本も全部読んだし、あなたからサバイバルの技術も教わった。……何より、自分の力でどこまでできるか、広い世界で試してみたいの」
アステリア王国では、高貴な身分と婚約者の寵愛が私のすべてだった。けれど、この一年でそれらは「どうでもいいこと」に変わった。マリアが今、どんな顔をして聖女を演じているのか。エドワードの隣には誰がいるのか。それらは最早、前世の記憶以上に遠い、色褪せたお伽話のように思える。
あんなに燃え盛っていた復讐心さえ、今はもう残っていない。わざわざ私の人生を、あんな連中のために一秒でも費やすのは、今の私にはあまりに勿体ない時間の使い方だ。
「……リサ、イケ。デモ、マタ、コイ」
ムウは不器用に、私の頭を大きな手で一撫でした。力加減は相変わらず岩にぶつかったようだが、その奥にある温かさが胸に沁みた。
「ありがとう、ムウ。必ずまた会いに来るわ。……その時は、もっと美味しいお酒や食べ物をたくさん持ってくるわね」
翌朝。私はガルの遺した古い旅装に身を包み、洞窟を後にした。ムウが崖の上から、小さくなるまで手を振っているのが見えた。
山脈を下り、見渡す限りの地平線を眺める。これから、どこへ行こうかしら。冒険者になって、未踏の地を探索するのも悪くない。商売を始めて、巨万の富を築くのも面白そう。
私には、知識がある。生きる術がある。そして、一度すべてを捨てたからこそ手に入れた、底知れない自由がある。
「わたしは何でもできるし、何にでもなれるわ」
青く澄み渡った空に向かって、私は新しく伸びた髪を風になびかせ、足取りも軽く歩き出した。
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