第5話:殴り込み
あれから、私とムウはすっかり打ち解けた。ムウが「メス」であると知ってから、妙な気負いがなくなったせいかもしれない。私たちは今や、この過酷な山脈で肩を並べて生きる、奇妙なパートナーのような関係だ。
ある日の夕暮れ。焚き火を囲みながら、私はそれまでの鬱憤をムウにぶちまけていた。
「いい、ムウ。わたくしはね、何もしていないのよ。あの女……マリアが、自分で自分の髪を切って、わたくしのせいにしたの。それを王子様も民衆も、みんな信じきっちゃって。わたくし、公爵令嬢だったのに。……信じられる?冤罪よ、冤罪!」
ムウは私の話を、大きな膝を抱えながら黙って聞いていた。冤罪という概念を理解できているかは怪しいが、私がひどい目にあったことは分かったようで、時折、鼻から「フンッ」と荒い息を吐き、黄色の瞳に静かな怒りの火を灯している。
「……マリア、ワルイヤツ」
「そうなのよ!マリアは本当に悪いの!あんな女が聖女なんて、この国はもう末期だわ」
私が悔し涙を滲ませながら叫ぶと、ムウがのそりと立ち上がった。そして、腰の鞘からあの大切な長剣を抜き放ち、焚き火の光を浴びて鋭く光る刃を突き出した。
「ワルイヤツ、ナグル?テツダウ!」
ムウの声は低く、しかしこれまでにないほど力強かった。
「……えっ?」
ムウの言葉に思わず想像してしまった。二メートルを超える巨体と岩石のような筋力を持つムウ。そんな彼女が、王宮の華やかなお茶会にいきなり殴り込みをかける光景を。
豪華なドレスを着て、銀髪をなびかせながら偽りの慈悲を振りまくマリア。それを突如現れたムウが一撃で――阿鼻叫喚の地獄絵図となる王宮。逃げ惑うエドワード王子を、ムウが片手でひょいと持ち上げて川に投げ捨てる――。
「……フ、フフ。アハハハ!」
想像があまりにも痛快すぎて、私は腹を抱えて笑い転げた。
「いいわね!ムウが一緒に殴り込みに行ってくれたら、あいつら泡吹いて倒れるわよ!」
涙が出るほど笑った。久しぶりに、心の底からスッとした。ムウも私の笑い声につられたのか、口角を上げて満足げに頷いている。
だが、笑いすぎて少し落ち着いてくると、冷静な理性が頭をもたげてきた。
(……いや、ダメだわ。実際に行ったら、ムウもわたくしも衛兵に囲まれて、袋叩きにされて終わりだわ)
アステリア王国の近衛騎士団は、腐っても国内最強の精鋭だ。ましてや追放された「重罪人」が、怪物を引き連れて現れたとなれば、問答無用で殺処分されるだろう。私はともかく、せっかく仲良くなったムウを死なせるわけにはいかない。
「……ムウ。ありがとう。でも、今はやめておくわ」
「ナグル、ナイ?」
「ええ。殴り込みに行かなくても、今はここであなたと肉を焼いてるだけで十分な気がするの」
私はそう言って、ムウの巨大な指先をそっと握った。復讐したい気持ちは、まだ消えていない。けれど、あんな連中と無理心中するために、この奇妙で穏やかな時間を捨てるのは、今の私にはあまりに惜しいと思えた。
「……リサ、トモダチ。オデ、イツモ、テツダウ」
「ふふ、頼もしいわね。その時が来たらお願いするわ」
私たちは、夜の帳が下りた静かな山脈で、香ばしく焼けた肉を分け合った。王宮の豪華な晩餐よりも、ずっと温かかった。




