第4話:妄想と現実
洞窟に住み始めて数日が経過し、ムウとの生活にも慣れてきた。最初はムウの豪快な手捌きを横で見学し、見よう見まねで始めた獲物の解体も、今では細かい作業は私の方が得意なくらいだ。
私は焚き火で炙った猪肉を食べながら、隣で静かに剣を磨くムウを観察していた。
(……ねえ、ちょっと待って。これ、よくあるパターンじゃない?)
ふとした瞬間に、前世で読み耽っていた『悪役令嬢もの』や『異世界ファンタジー』の設定が脳内を駆け巡る。異形の怪物、高い知性、人間用の剣、そして孤独な老騎士との絆。
(これって……実はムウは呪われた他国の王子様で、真実の愛とか何とかで呪いが解けたら、超絶イケメンが現れるフラグなんじゃ……!?)
一度そう思ってしまうと、止まらない。ムウの筋骨隆々の身体は、実は気高き王族の騎士の成れの果て。黄色の瞳の奥に潜む知性は、国を追われた王子の苦悩。もしそうなら、私を救ったのも運命。丸刈りにされた私と、呪われた姿の彼。どん底同士の恋の予感――。
「……リサ。ニク、コゲル」
「はっ!?……あ、本当だわ、危ない」
ムウの低い声に引き戻され、私は慌てて串を回した。頬が熱い。妄想が過ぎたわ。でも、確かめてみる価値はある。もし王子様なら、今後の戦略も大きく変わるもの。
「ねえ、ムウ。ちょっと聞いていいかしら」
作業の手を止めずにいたムウが、不器用にのそりとこちらを振り返った。
「ムウは……本当は人間なんじゃないの?何か悪い魔法使いに呪いをかけられて、今の姿になった……他国の王子様、だったりしない?」
期待を込めて顔を覗き込む。ムウは動きを止め、磨いていた長剣を膝に置いた。しばらくの間、沈黙が洞窟を支配する。私の心臓がドキドキと音を立てる。
「……プ。フ、フフ……」
不意に、ムウの大きな肩が揺れた。
「ア、ハハハハハハ!」
地響きのような、豪快な笑い声。ムウは腹を抱えて笑い出した。トロールの顔が、見たこともないほど愉快そうに歪んでいる。
「オデ、ニンゲン、ナイ。オウジ、ナイ」
「ちょ、ちょっと、そんなに笑わなくてもいいじゃないの!」
私は急激に恥ずかしくなった。妄想じみたベタな設定を真面目にぶつけてしまった自分が、穴があったら入りたいほどに情けない。
「もう!わたくしは真剣に……!恥ずかしいじゃないの!」
「アハハ!オウジ、ナイ!」
なおも笑い続けるムウに耐えきれず、私は立ち上がり、彼の丸太のような腕をポカポカと叩いた。当然、私の細い腕ではトロールの強靭な肉体にダメージを与えられるはずもない。むしろ、マッサージにすらなっていないだろう。
「笑いすぎよ、この変なトロール!」
ようやく笑い声を収めたムウは、涙を拭うような仕草をして私を見た。その瞳は、やはりどこまでも純粋で、呪われた王子の影など微塵もなかった。
「アト……」
ムウがふと思い出したように付け加えた。
「オデ、メス」
「………………え?」
振り上げた拳が、空中で止まる。
「……今、なんて?」
「オデ、メス。オンナ、トロール」
ムウは事もなげにそう言って、また剣を磨き始めた。
(……メス?つまり、女の子……なの?)
呆然と立ち尽くす私の前で、ムウの逞しい背中が焚き火に照らされている。呪われた王子様どころか、相手は「トロールの女の子」だった。




