第6話:村の声と、少年のまなざし
薪割りを終えたユウトは、流れる汗を拭って腰を伸ばした。
陽は高く、すでに村は完全に活動を始めていた。
大きな村ではないが、土の香り、風に乗る家畜の鳴き声、遠くで鍬を打つ音。
そのすべてが、昨日まで自分のいた世界とはまるで違う。
だが、不思議と落ち着く場所だった。
「ユウトさーん!」
呼ばれて顔を上げると、朝の少年――ロッタという名の少年が、手を振って駆けてきた。
「朝の薪割り、すごかった!お父さんに話したらびっくりしてたよ!本当にただの旅人なのか?って。」
「うん、一応…… 自分でもよくわかってないけどね」
苦笑しながら答えると、ロッタは少し首をかしげたあと、まっすぐな目を向けてきた。
「でも、かっこよかった。あんな簡単に薪割る人、見たことない」
「ありがとう。でも、たまたまうまくいっただけだよ」
そう言ったユウトの言葉に、少年はしばらく黙って、それからふと、ぽつりとこぼした。
「……オレも、強くなりたいな」
その声に、ユウトの手が自然と止まる。
「何か、あったのか?」
少年は口ごもったが、小さく頷いた。
「友達が昔、森で、魔物に襲われたんだ。 幸い無事だったけど……オレ、何もできなかった」
その言葉に、ユウトの胸が少しだけ痛んだ。
(誰かを助けたい、と思って動ける気持ち。それは、きっとあのときの自分と同じだ)
「ロッタ。強くなるって、力だけじゃないよ」
そう言って、ユウトは少年の頭に手を置いた。
「力が強いっていうのは確かにすごく見えるかもしれない。でも、正しいことをしようとする“心の強さ”も大事なんだ。こうしようと思うこと、実際に行動すること。そして、誰かのことを思って動けるなら、それだけで十分に“強い”と思う。オレは……そう思ってる」
その言葉を聞き、ロッタの目が、見開かれた。
そしてすぐに、うつむいて小さく頷いた。
「……うん」
ユウトにとっては自分の考えを伝えただけ。
ただ、このやり取りによって、また一つ、ユウトの言葉が誰かの心に染み込み、その後の人生を変えるきっかけとなるのだった。
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数日がたち、噂は、静かに、しかし確実に広がっていた。
“外から来た若者が、森で魔物を倒した” “ただの旅人ではない” “しかも気さくで、礼儀正しい”
村の子どもたちは目を輝かせ、大人たちも関心を隠さなくなっていた。
「あの…ユウトさん、ちょっとよろしいでしょうか?」
庭でエリナと遊んでいると、若い女性が声をかけてくる。
「実は、うちの井戸の底が詰まってしまっていて……大変申し訳ないんですが、重い石をどけるのを、手伝ってもらえますか?」
「はい。もちろんいいですよ!」
女性がほっとしたように頭を下げたその直後、今度は年配の男性が後ろから声をかけてきた。
「おう、ユウトくんか。悪いが、畑の柵が壊れちまってな。直すのに人手が足りなくて……もし手が空いてたら、少しだけ手伝ってくれないか?」
「わかりました、お手伝いします!」
笑顔で返すユウトに、周囲の人たちから温かな視線が送られる。
するとさらに、別の若者が顔を出し、気まずそうに帽子を脱いだ。
「あ、あの……ユウトさん、実は……薪を運ぶのを手伝ってもらえませんか? 明日の準備でいっぱい運ばないといけなくて……」
「いいですよ。どこまで運べばいい?」
「えっ……本当に? ありがとうございます!」
頼まれたことすべてに、ためらうことなく応じるその姿。
それぞれが何気ない依頼であっても、その快い返答が人々の胸を打つ。
“この人がいてくれる”
そんな安心感が、ラルテの村に、確かに芽吹いていた。
そしてユウトの中にも、まだ名も形もない“何か”が、静かに育ち始めていた。