第5話:朝の村と、初めての手伝い
昨夜見た不思議な夢と右手の違和感…
その感触を思い返しながら、ユウトは静かに朝を迎えた。
夢の内容をぼんやりと思い返しながら、少しずつこの世界を知っていこうと心に決める。
小屋の壁の隙間から射し込む柔らかな光が、藁の寝床を淡く照らす。
ユウトはゆっくりと体を起こし、大きく伸びをした。
(……昨日より、少しだけこの場所に馴染めた気がする)
右手をそっと見下ろす。
そこにはもう、熱も力も感じられない。
けれど、何かが確かに残っている気がした。
藁の寝床を抜け出し、小屋の扉を開けると、朝露をまとった空気が肌を撫でた。
土の匂いと草の香り。そして村のあちこちから聞こえる、鍬の音や動物の鳴き声。
ラルテの村がゆっくりと目覚めていく。
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冷たい空気を体に取り込むように、目をつぶって深呼吸をしていると、不意に近くから声を掛けられる。
「おはようございます、ユウトさん」
目を開けてそちらを向くと、そこにはエリナがいた。
昨日よりも少し明るい顔。
どこかまだ恥ずかしそうな、それでもちゃんと目を見て笑っている。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん……その……ありがとう……ございます」
照れたように頬を染めながら、エリナが言う。
言葉にしなくても伝わるものが、そこにはあった。
あのとき差し伸べた手。
それが、彼女の中で確かに“救い”になったのだと思えた。
「朝ごはん、できてるって」
エリナに案内されて向かったのは、昨日と同じ囲炉裏のある土間だった。
出されたのは、温かいスープに焼きたてのパン。そして、甘く煮た果実のジャム。
どれも素朴だが、丁寧に作られているのが分かる味だった。
ユウトはスープをひと口啜ると、自然と顔がほころんだ。
「……うまいな、これ」
「ほんと? よかった……!」
エリナがぱっと表情を明るくする。
その様子に、ユウトは思わず笑ってしまった。
昨日の出来事が、どこか遠くのことのように思える。
けれど、その結果として目の前にある温かい空気だけは、確かに今ここにあった。
食事をしながら、ユウトはぽつりと尋ねた。
「そういえば……昨日は村の人達がだいぶにぎやかだった気がするけど?」
「うん。『ラルテの恩人が来てくれた』ってお母さんが嬉しそうに言ってたから」
「そ、そんな大げさな……」
ユウトは苦笑しつつ、スプーンを休めた。
目の前の少女を助けようとして、ただ必死になり体が動いただけ。
でも、あのときの行動が誰かの希望になったのだとしたら。
(……そう思えるなら、たぶん、間違ってない)
そんなことを思いながら、食事を続けるのだった。
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食後、ユウトは庭の薪を見て、ふと思い立った。
「なにか、手伝えることってありますか?」
「え?」
エリナの母親が、少し驚いたように目を見開く。
ユウトは笑って肩をすくめた。
「昨日はお世話になりっぱなしで、何かお返しが出来ればと。今はまだ、何ができるのかも分からないけど、それでも誰かの役に立てるなら、って。それに、体を動かしている方が落ち着くっていうか…」
その言葉に、エリナの母は微笑んだ。
「じゃあ、薪割りを、お願いしてもいいですか?」
「はい、任せてください」
庭先の木陰で斧を手にする。
斧なんて初めて持つはずなのに、どこか懐かしく感じた。
(……そういえば、木刀を握ってた感覚とちょっと似てる)
子供の頃に少しだけ習った剣道。
ぼんやりとした記憶の中にある基本の動作を思い出しながら、構えて、振り下ろす。
カンッ、と乾いた音。
気持ちよく割れた薪に、思わず「おお」と声が漏れる。
「すごい! 一発で割れた!」
「あんなに簡単に薪を割っちゃうなんて!」
いつの間にか近くに来ていた子どもたちが、目を輝かせていた。
すごい人が村に来た! 親たちがそんな話をしているのを聞き、見に来ていたのだ。
「え? ああ……うん、コツみたいなもんだよ」
突然の来訪者に少し驚きつつも、そう言って笑うユウト。
その背には、遠くから村の人々の目も集まっていた。
無意識のうちに、その姿は“頼れる存在”として映り始めていた。
もちろんユウトは、まだそのことに気づいていない。
ただ目の前の薪を気持ちよく割っていくだけ。
けれど確かに、彼の行動と存在は、少しずつ村に染み込み始めていた。