第4話:静かな夜と、確かな違和感
ラルテの村には街灯のようなものはなく、陽が落ちると辺りはすぐに闇に包まれる。
”命の恩人”として感謝されたユウトは、そのままエリナの家に案内され食事を共にすることになった。
囲炉裏のある土間で、エリナとその母親に迎えられる。
出されたのは、素朴な野菜のスープと干し肉の煮込み。それに、少し硬いが香ばしいパン。
香り立つ湯気が鼻をくすぐり、温かい湯気が顔を包み込む。
「お口に合うかわからないけど……」
そう言って差し出された料理は、思った以上にあたたかく、身体に染み渡った。
「うまい……」
思わず漏れたひとことに、エリナがわずかに笑った。
その笑顔を見て、ユウトもつられるように口元をゆるめた。
――笑った。
ついさっきまで、死の恐怖に凍りついたような顔をしていた子が、今、目の前で笑っている。
ほんのわずかでも、この子の中に安堵が戻ったのなら、それだけで来た意味があったのかもしれない。
(……いや、そもそも自分がどうやってここに来たのかも分かってないんだけどな)
心の中ではそんな自嘲も浮かぶが、湯気と共にゆっくりと緩んでいく感情があった。
この世界のことも、自分の状況も分からない。
けれど、助けられて喜んでくれる子がいる。
その笑顔が、自分の存在を肯定してくれたように思えた。
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食事のあと、ユウトは離れに案内された。
「……まさか、泊めてもらえるなんてな」
小さな物置小屋の古びた木造の部屋には、藁の寝床と小さな棚がひとつあるだけ。
けれど、壁と屋根があるというだけで十分だった。
この世界に目覚めてから怒涛の様な半日がようやく終わり、解放された。
窓らしき隙間から見えるのは、満天の星空。静かな風が木々を揺らし、虫の音がかすかに響く。
この世界の夜は、驚くほど暗くて、驚くほど静かだった。
……異世界……
本やアニメなどで知識としてはあったが、現代日本からは程遠い状況に、自分はまったく知らない世界に足を踏み入れてしまったのだと、改めて認識した。
なぜそんなことになってしまったのか?本当にあの時死んでしまったのか?夢でも見ているのではないか?
自問自答をしても当然答えは返ってこない。
そんな現実感のない状況のなかで、唯一ほっとできたのは、あのとき差し伸べた手に応えてくれた、小さな命が隣にいるという事実だった。
ふと、右手のひらに視線を落とす。
昼間の戦いの感触が、まだ抜けない。
(あのときの“熱”……あれはいったい)
意識して動かそうとしても、何も起こらない。
それでも、確かに何かが“流れた”感覚はあった。
魔力? 魔法? そんなものがある世界なのか?
それとも自分の錯覚だったのか。
目を閉じて、もう一度何かを確かめるように手のひらに意識を集中する。
……………………
……何も、起きない。
ただ、自分の鼓動だけが、確かにそこにあった。
思考がまとまらないまま、布にくるまった。
横になったことで、疲労が一気に押し寄せ、瞼が落ちかける…
(……けど、助けられたのは、事実だ)
あの少女の顔が、浮かぶ。
怖がりながらも、自分を見て「ありがとう」と言ってくれたあの顔。
今までも、困っている人を助けることは当たり前のことだと思い、行ってきた。
感謝の言葉をもらったことも沢山ある。
それでも、今日のあの顔と言葉は、今までにないモノだった。
まるで、自分が誰かの“ヒーロー”みたいだった。
(……そんな大層なもんじゃ、ないけどな……)
そう心の中でつぶやいて、ユウトは目を閉じた。
――その夜、夢を見た。
燃えるような光景。倒れた誰か。駆け出す自分。
(……また誰かを、助けようとして)
目が覚めたとき、ユウトは汗に濡れていた。
「……夢、か」
朝日が、木の隙間から差し込んでいた。
遠くからは、鶏の鳴き声。村が目覚める気配。
ユウトはそっと、右手を握った。
その中にある“何か”は、まだ掴めていなかった。
それでも、ここでなら昨日の様に誰かの役に立てるかもしれない。
(もう少し、この世界にいてみよう)
そんな思いが、静かに、胸に灯っていた。