第43話:事後報告と共有される危機
一夜が明け、ユウトは宿屋の自室で、昨夜の出来事を振り返っていた。
『ふむ、まさかこの街で直接狙ってくる者がおるとはな…』
姿を出し語り掛けてくるエルディオの声には、普段の軽さはなく、緊張の色が滲んでいる。
「うん……。それに、人から命を狙われるのは初めてだよ……。さすがに、気持ちが辛いね……」
ユウトは、窓から差し込む朝の光に目を細めながら、静かに頷いた。
『『白き本』を狙ってると言っていたが…、やはり、奴の封印を解こうとする輩がおるようじゃな。個人か組織かはわからんが、お主が本を持っているという情報も掴んでおる…それが一番の脅威じゃ。 暗殺者をけしかけるという事は、恐らくまだ疑念段階じゃろう…じゃが、今回撃退したことでさらに狙われるかもしれんのう…』
「うーん、そんな怖いことを言われてもなぁ… ただなんにしても、このまま放ってはおけないね。」
フィンや、宿の皆の顔が脳裏をよぎる。
この温かい日常が、脅かされるかもしれない。
そう思うと、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
『ふむ、そうじゃな…。まぁまずは、リディアに伝えておいた方がよいじゃろうな。何か情報を持っておるかもしれんし、きっと周囲のフォローなど力になってくれるじゃろう。』
「うん、そうだね。 …よし、今日は冒険者ギルドの依頼もないし、これから会いに行ってみるよ!」
ユウトは頷くと、着替えを済ませ、リディアのいる魔術学院へと向かうのだった。
―――
「――という訳なんです。」
学院の応接室で、ユウトは昨夜の出来事を、ありのままリディアに報告した。
たまたま予定が空いていたのだろうか、守衛にリディアへ会いたいことを伝えると、すぐに応接室へ通された。
一瞬悩んだが、相手の目的が『白き本』であることから、それがエルディオの遺した封印の書であること、そして、その存在自体がエルディオの力で隠されていることも、彼は包み隠さず話した。
黙って話を聞いていたリディアは、ユウトが語り終えると、ふぅ、と一つため息をついた。
「…なるほどな。街中で暗殺未遂、か。とんでもない話だが…、まあ、お前が無事で何よりだ」
その声には、安堵と、それ以上の厄介事を持ち込まれたことへの呆れが混じっていた。
「それで? その暗殺者が狙っていたという『白き本』とやらは、どれだ?」
リディアの鋭い視線が、ユウトを射抜く。
促されるまま、ユウトは服の下から『白き本』を取り出し、机の上に置いた。
「……ん? ……どこだ? そこにあるのか?」
リディアは目を凝らすが、見えていないようだ。
眉間にぐっとシワが寄る。
「…見えませんか?」
「ああ、全く見えん。非常に遺憾だが、お前の説明通りだな。だが…何か奇妙な魔力の揺らぎだけは感じる。チッ、どうにも納得いかんがな…」
リディアは忌々しげに舌打ちすると、試しにテーブルの上を探るように手を伸ばす。
しかし、その指は、するりと本を通り抜けてしまった。
「…やはり触れんか。お前にしか認識できん代物とは、ますます厄介だな」
リディアは少し苛立ったように自分の手と空間を交互に見つめている。
その時、ユウトは意を決して、最後の事実を告げた。
「あの…リディアさん? 実は、エルディオの魂が、その、すぐ近くにいて、俺を導いてくれているんです…」
「…なんだと?」
リディアの目が、さらに鋭くなる。
「師の魂が近くにいる、だと? 導くとはどういうことだ?」
「えっと、そのままの意味で、今も、その、こちらに…」
ユウトはエルディオの方を手で指す。
リディアは驚いたように目を開くと、そちらに視線をむけ、少し見回すように視線を動かし、そして再びユウトを鋭い目で睨む。
「………見えぬが?」
「あー、あはは…、ですよね…」
リディアは無言で剣の柄に手をかける。
「あぁ!待って、待ってください!本当なんですって!!」
『まぁ、それが普通の反応じゃな…』
「ちょ!エルディオも呑気にそんなこと言ってないで、何かいい案ないの??」
「!? 何だ、姿だけでなく、声が聞こえるとでもいうのか?」
「あ!はい、そうなんです!!実際に今も喋ってまして!」
「ほう…? 私には何も聞こえないが…。それで、師は何と?」
「いや、その、リディアさんの反応が普通の反応だ…と…」
ユウトがそう言うと、リディアの表情から温度が消えた。
しばしの沈黙が、応接室の空気を重くする。
リディアはゆっくりと立ち上がると、窓の外に視線を移し、やがてぽつりと言った。
「…師の魂がお前を導き、お前にしか見えない本を敵が狙っている、か。荒唐無稽にもほどがあるな」
「……。」
「だが」と、リディアはこちらに振り返った。
その瞳には、疑いや呆れとは違う、覚悟を決めた強い光が宿っていた。
「お前が師との合言葉を知っていたのも事実だ。昨夜の暗殺者の話も事実だろう。そして、あまりにも突拍子もない話だが…、お前が嘘を言っているようには見えん」
リディアはユウトの前に戻り、その肩に力強く手を置いた。
「いいだろう。その話を信用してやろう。」
彼女は一度言葉を切り、宣言するように言った。
「それに、師もそこにいらっしゃる、のだろう? お前経由であれば会話が出来るという事ではないのか?」
そういって、今日初めての笑顔を見せるのだった。




