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第41話:探り合い


 闇を切り裂く、一筋の緑の閃光。


 暗殺者の凶刃が、ユウトの腕めがけて寸分の狂いなく迫る。


 しかし、ユウトは振り返らない。


 刃がその身に触れる刹那、彼はただ、コマのようにその場で半身分、くるりと回転した。


 最小限の動き。


 だが、それだけで暗殺者の渾身の一撃は、まるで幻を斬りつけたかのように虚空を滑る。


 同時に、ユウトの指先が、弧を描いている暗殺者の腕に、吸い付くようにそっと触れた。


 そして次の瞬間、攻撃を行った腕がまるで後押しされるようにスピードが上がり、体勢が大きく崩される。


「なっ…!?」


 暗殺者は驚愕に目を見開く。


 達人であればあるほど、この異常さが理解できる。


 自分の力が、自分の意に反して、相手に利用されている。


 指が触れただけだというのに、それはありえない現象だった。


 暗殺者は体制を崩しながらも即座に距離を取ると、今度は正面から嵐のような連続攻撃を仕掛けた。


 右から、左から、上から、下から。


 毒を含んだダガーの刃が幾筋もの光の尾を引き、ユウトの全身に襲いかかる。


 だが、ユウトはその猛攻の渦の中心で、まるで凪いだ水面のように静かだった。


 迫る刃を、叩き落とすでも、受け止めるでもない。


 ただ、流れるような円の動きで、その軌道を逸らし、受け流し続ける。



 …この攻防にプロの暗殺者としての矜持が、目の前の現実に音を立てて崩れていく。


 ”手応えがない”


 本来暗殺とは、相手に気づかれず、静かにことを済ませるもの。


 それゆえ、一方的な手応えという事はよくあった。


 ただ、一方的であれ、その感触は当然残るのだ。


 手応えが無いなどということは決してない。



 …しかし、目の前の男はまるで違う。


 ユウトへの全ての攻撃が、まるで分厚い綿に吸い込まれるように、その威力を殺がれていく。


(なんだこいつは…!? なぜ反撃してこない…!? 俺を弄んでいるのか…!?)


 焦りと苛立ちが、暗殺者の冷静さを奪っていく。


 そして、その思考はプロとして最も陥ってはならない、自己に都合のいい解釈へと傾いていった。


(…いや、違う。こいつは、反撃できないだけだ。防御一辺倒の、ただの雑魚だ!)


 そう思い込んだ瞬間、暗殺者の心に歪んだ優越感が芽生えた。


 恐怖で動けない小僧を、一方的に嬲り殺す。


 それはいつもの「仕事」と何ら変わりない。


 一度生まれた慢心は、プロの仮面を剥がし、その口を軽くした。


「どうした小僧! 逃げてばかりで、反撃もできんのか!」


 毒の刃を振るいながら、嘲りの言葉を投げかける。


 ユウトは答えない。


 ただ、静かにその攻撃を捌き続ける。


「さっさと『白き本』とやらを渡せば、苦しまずに済むものを!  まあ、もっとも…」


 暗殺者は、そこで意地の悪い笑みを浮かべた。


「依頼主はよほど慎重な方の様でな。口封じ込みで、法外な報酬カネを積んでるんでな! 生かして帰すつもりは、毛頭ないがなァ!」


 高揚した暗殺者は、勝利を確信したかのように、ひときわ大きくダガーを振りかぶった。


 その言葉と動きを、ユウトは静かに見つめていた。


(…この人は、依頼主を知らない。そして、俺を殺すつもりだ)


 得るべき情報は、得た。


 守るべき者のために、すべきことは、一つ。


 今まで、ただ受け流すだけだったユウトの動きが、ぴたり、と止まった。


 そして、振り下ろされる刃を、初めて、自らの意思で迎え撃つ。


「終わりだ、小僧!」


 暗殺者が勝利の雄叫びを上げた、その瞬間。


 ユウトの体が、ふわりと沈み込むように動いたかと思うと、暗殺者の腕に吸い付くように絡みついた。


「なっ――ぐ、ぁ!?」


 次の瞬間、暗殺者の腕に、関節がありえない方向に曲がる激痛が走る。


 小手返し――


 相手の力を利用し、手首の関節を極める合気道の技。


 暗殺者の手からダガーが滑り落ち、カラン、と乾いた音を立てる。


 そして、抵抗する間もなく、その体は地面に叩きつけられていた。


 ドサッ、という鈍い音と共に、暗殺者の意識が飛びかける。


 朦朧とする視界に映ったのは、自分を見下ろす、感情の消えたユウトの瞳だった。


 先ほどまでの、人の良さそうな少年の面影は、どこにもない。


 ユウトは地に伏した暗殺者を一瞥すると、ふと、今までとは違う方向――自身がやってきた路地の入り口の暗闇へと視線を向けた。


 そこには、先ほどまで確かにもう一つの気配が存在していたが、いつの間にか消えている。


「おしゃべりは、このくらいにしておこうか…」


 静まり返った路地裏で、ユウトは視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。


 その冷たい声は、暗殺者の心に、本物の恐怖を刻み付けた。



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