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第38話:達人の証明


 先日の特殊依頼達成から数日後、ユウトはいつものように依頼を終え、報告のためにギルドを訪れていた。


 時刻は既に夕方から夜に切り替わる頃。


 ギルドに併設された酒場は、仕事を終えた冒険者たちの熱気と、エールや肉料理の匂いで満ちている。


「おい、聞いたか? あのD+の新人、またやったらしいぜ」


 酒場の隅のテーブル席。Cランクの若手冒険者グループのリーダー格であるダインが、腕を組みながら仲間たちの会話に耳を傾けていた。


「ああ、ブライトン夫人の猫探しだろ? ベテランが三人がかりでも姿すら見つけられなかったっていう、あの『風猫』を半日で捕獲、だとよ。」


「そういえば、その前に話題になっていた、あの崖から依頼品を回収したって話も信じがたい。普通は落下する前に気づきもしない。気づいたとしても、無傷で回収なんて曲芸師の真似事だぜ?」


「分かる。あいつ、いつも何を考えてるか分からん無表情だし、どうも掴みどころがないんだよな…」


 口々にユウトの功績と、その謎めいた人物像を語る冒険者たち。


 ダインはジョッキに残ったエールを呷り、懐疑的な目を細める。


「だがな、どれも戦闘とは関係ない依頼ばかりだ。本当に強いのか? 魔獣討伐だって、結局は森の中での話だ。対人戦で、俺たちの背中を任せられる男なのか、俺はこの目で見るまで信じない」


 そんな熱い議論が交わされているとは露知らず、ユウトは受付のミリアに報告を済ませ、今日の夕食の事を考えながら酒場の前を通りかかっていた。


 ―その時だった。


「おぉ? おいおい、てめえが噂の新人かぁ? ずいぶん調子に乗ってるらしいなぁ?」


 呂律の回らない声と共に、酒臭い巨漢がユウトの前に立ちはだかった。


 Bランク冒険者、「剛腕のガント」。


 この冒険者ギルドで、良くも悪くもそれなりに知名度のある冒険者のひとりだ。


 この時間で既に十分出来上がっている彼には、酒の肴に聞こえて来た期待の新人の噂話が気に食わなかったのだろう。


 その不機嫌さを隠そうともせずに、濁った目でユウトを睨みつけている。


 ―と、次の瞬間、ガントは自慢の巨体を活かし、ユウトの肩にドン、と強く体当たりを仕掛けてきた。


(うわっ、危ない…!)


 普通なら壁まで吹っ飛ぶほどの衝撃が来るはず…なのだが。


 ユウトはぶつかる直前に、相手の力の流れを無意識に読み、最小限の動きでスッと半身になる。


 ガントの巨体は、殴りつけるはずの壁が突如として消えたかのように、ユウトの脇を虚しくすり抜け、前のめりによろめいた。


 近くのテーブルにいた冒険者が「おわっ?」と間の抜けた声を上げる。


「なっ…!?」


 ガントは数歩よろめきつつも、なんとか倒れずに体勢を立て直すと、屈辱に顔を真っ赤に染め、今度はユウトの胸ぐらを掴もうと太い腕を伸ばしてきた。


(うわ、この人、すごくお酒臭い…! それに、なんか別の匂いまで混ざって… 悪いけど早く離れたいな…)


 ユウトは面倒事を避けたい一心で、その腕が自身の服に触れる寸前、相手の手首のあたりを、まるで邪魔な虫でも払うかのように、掌で軽く触れ、力を受け流す。


 ただ、それだけ。


 しかしガントは、力が受け流されただけでなく予期せぬ方向への力が加わったことで、またもやいとも簡単にバランスを崩す。


 今度は自分の足がもつれ、床板をミシミシと軋ませながら、派手に尻餅をついた。


 ドッッッシン!!


 凄まじい音と共に、酒場が一瞬で静まり返る。


 噂話をしていたダインたちは、目の前で起こった出来事が信じられず、完全に思考を停止させていた。

 仲間の一人は、口に含んだエールを吹き出しそうになって必死に堪えている。


「……おい、見たか…、今…?」


「ああ…。ガントさんが、赤子のように…」


「ユウトとかいう新人、一歩も、いや、片手くらいしか動いてないぞ…!?」


 彼らの目には、Bランクの実力者であるガントの攻撃を、新人のユウトが微動だにせず、片手だけで完璧にあしらっているように見えたのだ。


(今の動き…達人の間で伝わる『流水』の型か…!?)


(いや、違う! あれは古武術の『捌き』に近い! 相手の力を利用して、最小の力で制する究極の技だ!)


 勝手な分析と解説が、ダインたちの脳内で繰り広げられる。


 一方で、当のユウトは、予想以上に盛大に尻餅をついたガントを本気で心配し、


「だ、大丈夫ですか? どこか打ちましたか?」


 と手を差し伸べている。


 その屈託のない優しさすら、今のダインたちには「絶対強者の余裕」と「弱者への慈悲」にしか見えなかった。


 ガントは、少しの間あっけにとられたような表情をしていたが、その手を屈辱の象徴と見たのか、荒々しく振り払うと、「お、覚えてやがれ!」と震える声で捨て台詞を吐き、逃げるように酒場から去っていった。


 静寂の中、誰かがゴクリと唾を飲む音がやけに大きく響く。


 やがて、ダインが震える声で呟いた。


「”本物だ…あいつは、俺たちが思っているようなレベルの人間じゃねえ…”」


 その隣で、仲間が青ざめた顔で付け加える。


「俺たち…とんでもない奴に喧嘩を売ろうとしてたのか…? 下手したら、死んでたぞ…」


 ユウト本人は、また新たな、そしてあまりにも決定的すぎる勘違いを生んでしまったことに全く気づかない。


(なんか変な人に絡まれちゃったなぁ。あの人、だいぶ足元がふらついてたけど大丈夫だったかな?やっぱりどの世界でも、飲み過ぎは良くないね…)


 などと、最後まで的外れな心配をしながら、


 「どうも、お騒がせしました。」


 と一言いい、ギルドを後にした。


 こうして、今日もまた一つ、ユウトの伝説は積み上げられていくのだった。



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