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第38話:風猫捕獲作戦


『…どれ、あれを試してみるか…』


 エルディオは意味深に笑い、ユウトに語り掛ける。


『いいか、ユウトよ。あの風猫、光り物とひらひらしたものに目がないと言っておったな?』


「うん、ブライトン夫人がそう言ってたね。」


『ならば、それを利用するのじゃ。わしが魔力で光る玉を作ってやろう。それを囮にして、あの猫をおびき寄せるのじゃ!』


 エルディオが言うと、ポーチの奥から淡い光が漏れ、手のひらサイズの水晶玉のようなものが転がり出てきた。


 太陽の光を乱反射して、きらきらと虹色に輝いている。


「うわ、綺麗だ…。これを囮に使うって、どう使えばいいんだろ?」


『その玉は魔力でできておるからな、少々手荒に扱っても壊れはせん。それを屋根の上に転がしておいて、猫の狩猟本能をくすぐってやるのじゃ。この場所で遊んでいたようじゃし、しばらくすれば戻ってくるじゃろう。ただし、決して自分から近づいてはならん。猫は追えば逃げる。興味を引かせ、向こうから近づいてくるのを待つのだ』


「なるほど…」


 ユウトはエルディオの作戦に感心し、光る玉を手に取った。


 作戦はこうだ。


 まず、先ほどティティを見かけた骨董品店の、平たい屋根に戻る。


 そこで、この光る玉を転がしておいて、ティティが戻ってくるのを待つ。


 ティティが光る玉に気づき、遊んでいるところにこっそり近づいて捕獲する。


 ―――非常にシンプルだが、だからこそ出来そうな気がする。


「よし、やってみよう!」


 ユウトは再び骨董品店の屋根に近づくと、懐から光る玉を取り出し、ティティがいた辺りに向かって、ころりと転がした。


 ティティはまだ戻っていないようだ。


 ユウトは隣の家の屋根に移動し、骨董屋の屋根から死角になるように隠れる。


 そのまましばらくの間、風が吹き抜ける屋根の上で、ユウトは息を殺して待ち続けた。


(本当に、こんなもので来るのかな…)


 若干半信半疑になった、その時だった。


『…来たぞ?』


 エルディオの声にそっと顔だけ出して周囲を見回すと、隣の建物の煙突の影から、様子を窺うように覗いている青い瞳に気がついた。


 ―間違いない、ティティだ。


 ユウトは出来るだけ呼吸を少なくし、息をひそめて様子をうかがう。


 ティティは、周囲を警戒しながらも、屋根の上でキラキラ光る玉に興味津々、目が離せないようだ。


 やがて、好奇心が恐怖を上回ったのか、ティティは軽やかに骨董屋の屋根に飛び乗ると、玉の方に近づいていく。


 玉の所まで到着すると、今一度周囲の様子を伺い、そして前足でちょい、と玉に触れた。


 ころころと転がる玉、それを楽しそうに追いかけ始めた。


 あっちへコロコロ…、しゅば!ちょい…


 そっちへコロコロ…、しゅば!ちょいちょい…


 ……完全に遊びに夢中になっていた。


(今だ…!)


 ユウトはそっと音もなく骨董屋の屋根に飛び移り、夢中で玉を追いかけるティティの背後に、静かに回り込む。


 そして、その小さな体にそっと手を伸ばした。


 指が触れる、まさにその瞬間。


 ティティがユウトの方を振り返ると、その全身から、ぶわりと風が巻き起こった。


 目には見えない風の壁が、ユウトの手をぐっと押し返す。


「…っ!?」


 何度か力を入れて押すがが、まるで分厚いゴムのような弾力に阻まれ、指先がティティに届かない。


 これが、先輩冒険者たちを手こずらせた『風の障壁』だった。


(力押しじゃダメだ…!)


 ユウトは一度距離を取ると、目を閉じて意識を集中させる。


 合気道の師範に教わった、相手の力の「流れ」を読む技術。


 目に見えない風の障壁にも、必ず力の中心と、流れの淀みが存在するはずだ。


 意識を研ぎ澄ますと、ユウトの周りの時間の流れが、まるでゆっくりになったかのように感じられた。


 風の障壁を構成する大気の流れが、ユウトの目にはっきりと見え始める。


 そして、ティティの体の周りを渦巻く風の中に、一瞬だけ、ぽっかりと力の空白地帯が生まれるのを見抜いた。


(そこだ!)


 ティティが新たな抵抗を見せるよりも速く、ユウトは動いた。


 見抜いた渦の中心、その一点に向かって、合気道の流れるような動きで腕を滑り込ませる。


 あれほど強力だった風の抵抗が嘘のように、ユウトの腕はそれに逆らうことなく、吸い込まれるようにして障壁を通り抜けた。


「にゃっ!?」


 抵抗する間もなく、その柔らかな体をふわりと抱きかかえられる。


 驚きの声を上げたティティだったが、ユウトの腕の中では、観念したかのように大人しくなった。


「やった…!やったよ、エルディオ!」


『ほう、風の流れを読み、一瞬の隙を突くとはな。見事な技じゃ。』


 エルディオも満足げに頷いた。


 こうして、風猫ティティは、ユウトの活躍によって無事に保護されたのだった。



―――



「まあ!ティティ!本当に戻ってきてくれたのね!」


 ブライトン夫人の屋敷に戻ると、夫人は涙を流してティティを抱きしめた。


 腕の中からするりと抜け出したティティも、ゴロゴロと喉を鳴らしながら夫人の足に体をすり寄せている。

 本当に大切にされているのが伝わってきた。


「この度は、本当にありがとうございました、ユウト様。本当に、なんとお礼を言ったらよいか…」


「いえ、無事にお届けできてよかったです」


 夫人は深々と頭を下げると、約束の報酬である銀貨10枚が入った袋と、もう一つ、小さな包みをユウトに差し出した。


「こちらは、約束の報酬です。そして…、これは、私からの心ばかりのお礼です」


 包みを開けると、中には青い鳥の羽をかたどった、美しい銀細工の髪飾りが入っていた。


「これは…?」


「『風切りの羽』という魔道具です。身に着けていると、少しだけ体の動きが軽くなる効果があります。亡くなった主人が、冒険者だった頃に使っていたもので…ティティを見つけてくださった、あなた様のような方に、ぜひお持ちいただきたくて」


 それは、ただの感謝の品以上の価値を持つものだった。


 ユウトは恐縮しながらも、夫人の強い想いに押され、ありがたく受け取ることにした。


 屋敷を後にしたユウトは、その足でギルドへと向かった。


「えええっ!?もう捕まえちゃったんですか!?」


 受付で報告すると、ミリアがカウンターから身を乗り出すほどの勢いで驚きの声を上げた。


「はい、なんとか。こちらが証拠です」


 ユウトがブライトン夫人から受け取ったサイン済みの依頼書を見せると、ミリアは信じられないといった顔でそれを受け取り、まじまじと眺めている。


「すごい、すごすぎますよユウトさん…。ベテランの方々が何組もチャレンジしてもダメだったのに…」


「ははは、運が良かっただけですよ」


「またまたご謙遜を。これでユウトさんの実力は本物だって、ギルドでも噂になりますよ、きっと!」


 ミリアは興奮した様子でそう言うと、にっこりと笑った。


 ギルドからの報酬を受け取り、外に出ると、すでに空は夕焼けに染まっていた。


(なんだか、すごい一日だったな…)


 新しい魔道具を手に入れ、ギルドでの評判も上がった。


 なにより、ブライトン夫人の心からの笑顔を見ることができたのが、ユウトにとっては一番の報酬だったかもしれない。


「さて、フィンが待ってる。早く帰ろう」


 ユウトは今日の出来事を胸に、温かい夕食が待つ宿への帰路を急ぐのだった。



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