第36話:師の独白と遠方への手紙
ユウトが熱烈な指導を受けた、その夜。
魔術学院の一室、リディアは自室のベッドに深く身を沈めていた。
日が暮れるまで続いたユウトとの「訓練」で、身体は心地よい疲労に包まれている。
だが、それ以上に、彼女の心は満ち足りた興奮と知的好奇心で燃えていた。
「ふふ…、はははっ」
思わず、笑い声が漏れる。
脳裏に浮かぶのは、今日のユウトの動き。
こちらの力をいなし、柳のように受け流す、あの奇妙で美しい体術。
常識では考えられない、素手でAランク冒険者の剣を捌くという離れ業。
「全く、面白いやつだ!あいつは…」
呟きながら、リディアは自分の掌を見つめる。
ユウトに教わり、その動きを真似てみたが、どうしても再現できない。
力の流れ、体捌き、剣戟に通ずるものがあり、理屈は一部理解できるのだが、特に戦闘中の相手の力の流れをコントロールするという技は全く再現できなかった。
「あの体術に、門前で見せた奇妙な防御術…。それに、ギルドでの測定不能の魔力値。…考えれば考えるほど、面白い」
リディアはベッドから起き上がると、机に向かった。
このまま一人で考えていても、答えは出ないだろう。
ユウトの力は、彼女一人の知識で解明できるものではない。
ふと、脳裏に今は亡き師の言葉が蘇る。
『リディアは実践、フェルナは探求。お前たち二人が力を合わせれば、どんな困難な謎も解き明かせよう』
懐かしい声に、リディアは自嘲気味に微笑んだ。
「…まさか、こんな形でその言葉を思い出すことになるとはな」
ペンをインクに浸しながら、彼女は遠い地にいる、もう一人の弟子の顔を思い浮かべていた。
自分とは違う形で師の教えを受け継ぎ、魔術や古代遺物の研究にその生涯を捧げている、優秀な研究者。
リディアは、流れるような筆致で手紙を書き始めた。
『親愛なるフェルナへ
息災か?
こちらで、我らの師であるエルディオ殿の名を口にする、奇妙な少年と出会った。
彼の名はユウト。
師の魂をポーチに宿しているなどと、およそ信じがたい事を口にしているが、それ以上に、あいつの持つ力が常軌を逸している。
お前の好きそうな研究対象だぞ。
何せ、魔力測定ではエラーを吐き出し、魔法適性は『無し』と出た。
だというのに、私の剣を素手で捌き、門前では魔法とは異なる原理で発動すると思われる、奇妙な防御術まで使って見せた。
常識がまるで通用しない。
至急、こちらへ来て、彼の力の解明に協力しろ。
お前の知識と、その目で見たものを以てすれば、あるいは彼の謎の一端を掴めるかもしれん。
詳しい話は、着いてからだ。
待っている。
お前の姉弟子、リディア・アークライトより』
手紙を書き終えたリディアは、それを蝋で封をすると、窓辺に置かれた鳥かごのようなオブジェに近づいた。
彼女が指で軽く触れると、オブジェは淡い光を放ち、中から光の粒子でできた鳥が現れる。
「頼んだぞ」
リディアが手紙を差し出すと、光の鳥はそれを受け取り、窓をすり抜けて夜の闇へと溶けるように消えていった。
「さて、これでどうなるか…」
窓の外に浮かぶ月を見上げながら、彼女は楽しそうに微笑む。
ユウトという規格外の存在が、退屈だった日常に、大きな波乱と楽しみを運んできてくれたことを、彼女は心から感謝していた。




