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第34話:驚異の達成速度


 時刻は昼過ぎ。


 活気ある街並みを抜け、西門へ向かう大通りを歩いていると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


 見れば、露店で肉の串焼きが売られている。


 ふぃにお腹がくぅとなった。


 初クエストに向けて、腹ごしらえをしておいた方がよいだろう。


「すみません、これ一本下さい!」


 銅貨を一枚払い、熱々の串焼きを受け取る。


 歩きながら頬張る肉は、少し硬かったが、スパイスが効いていて美味しかった。


 腹ごしらえを終え、ユウトは改めて西門をくぐり、眼前に広がる平原へと進んでいった。


 街道をしばらく進むと、やがて道は緩やかな下り坂になり、前方に鬱蒼とした森が見えてくる。


 地図を見直すが、あれが「静寂の森」で間違いないだろう。


 その名の通り、森の入口に近づくにつれて、街の喧騒が嘘のように遠のき、鳥の声と風の音だけが聞こえてくる。


「ここか…。本当に静かなんだな」


『うむ。周囲に魔物の気配は薄い。油断は禁物じゃが、比較的安全な森じゃろう』


 エルディオの言葉に頷き、ユウトは一歩、森の中へと足を踏み入れた。


 ひんやりとした空気が肌を撫でる。


 木漏れ日が地面にまだら模様を描き、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「さて、月光草、月光草…。葉っぱの裏に、銀色の斑点、だっけ」


 ユウトはキョロキョロと周囲を見回しながら、森の奥へと進んでいく。


(…あれかな?)


 数メートル先の、シダ植物の影。


 普通なら見過ごしてしまいそうな場所に、ユウトは何かを感じ取った。


 まるで、そこだけが彼を呼んでいるかのように、意識が自然と引き寄せられる。


 彼は藪をかき分け、その場所へ近づくと、一枚の葉をそっと裏返した。


「あ、あった!本当に銀色の斑点がある」


 そこには、エルディオが言った通りの特徴を持つ月光草が自生していた。


 ユウトは根を傷つけないよう、慎重にそれを引き抜くと、貸してもらった採集バッグに収める。



 …余談だが、月光草の採取は普通の人間には、十分に骨が折れる作業だ。


 周囲が暗い夜ならばぼんやり発光することで探しやすいが、それでも背の高いシダ植物がうっそうと茂っている藪の中へ入り、刈り取るのは十分大変だ。


 また、暗い森での採取はどうしても昼間に比べて危険が伴う。


 一方昼間であれば、他の野草と見分けがつかず、無数にある下草の中から目当ての薬草を見つけ出すのは非常に困難だ。


 熟練の目でもなければ、見ただけではほぼ見分けがつかず、一枚一枚葉を裏返して探すしかない。


 故に、難易度は難しくないが時間や手間のかかるDランク向けの依頼となっているのだった。



 …しかし、何故かユウトにとっては、それは造作もないことだった。


『ほう…、見つけるのが早いのう。月光草は微弱な魔力を放つと言われておるが、普通の魔術師でもそこまで的確に感じ取るのは難しいはずじゃがな…。お主、もしかして魔力が見えておるのか?』


「え? 魔力? うーん、よく分からないけど…」


 ユウトは首を傾げる。彼には魔力というものが何なのか、まだよく分かっていなかった。


 ただ、意識を澄ますと、森のざわめきの中に、そこだけ違う音色を奏でるような、微かな感覚があった。


 まるで、たくさんの糸が絡まる中から、一本だけ違う色の糸を手繰り寄せるように。


 その感覚を辿っていくと、不思議と月光草の場所にたどり着けるのだ。


「なんとなく、こっちにあるかなって分かるんだ。」


 それは、彼自身にもまだ理解できていない、新しい感覚だった。


「あ、あっちにもある。こっちにも!」


 一度コツを掴んでしまえば、あとは簡単だった。


 ユウトはまるで宝探しを楽しむ子供のように、次々と月光草を見つけ出していく。


 時には、普通なら登れないような急斜面を軽々と駆け上がったり、動物のように身軽に木々の間を飛び移ったりしながら、採取を続けた。


 そして、森に入ってからわずか30分ほどで、採集バッグの中は10本の月光草で満たされていた。


「よし、目標達成!思ったより簡単だったな」


『ふむ…、簡単、か。まあ、お主にとってはそうかもしれんのう…』


 エルディオは少し呆れたような、それでいて感心したような声で呟く。


「さて、と。それじゃあ、街に戻ろうか」


 ユウトは採集バッグの口を縛り、満足げに立ち上がった。


 思ったよりも時間がかからなかったため、まだ日は傾き始めたばかりだ。


『うむ。まぁここでやることもないし長居は無用じゃな。帰り道も油断するでないぞ』


「分かってるよ」


 エルディオの言葉に頷き、ユウトは来た道を引き返し始めた。


 森を出て、街道を歩き、再び活気の戻ってきた街へと入る。


 西門をくぐったのは、昼過ぎにギルドを出てから2時間と少し経った頃だろうか。


 夕方にはまだ早い時間だ。


 ユウトはそのまま冒険者ギルドへと直行した。


 ギルドの中は、達成報告と夕方の依頼ラッシュに向けてか、朝よりもさらに多くの冒険者たちで賑わっている。


ユウトは人波をかき分け、受付カウンターにいるミリアの元へ向かった。


「ミリアさん、こんにちは。すみません、さっきの依頼、終わりました。」


 そう言って、ユウトはカウンターの上に採集バッグを置く。


「あら、ユウトさん、お帰りなさい。…って、え?」


 にこやかに出迎えたミリアは、ユウトの言葉に目を丸くした。


「お、終わったって…もうですか? ギルドを出てから、まだ2時間かそこらしか経っていませんよ? 静寂の森まで、行って帰ってくるだけでも、普通はそれくらい…」


「え、そうですか? 途中で串焼き食べたりもしたんですけど、道も分かりやすかったですし、薬草もすぐに見つかりましたから」


 ユウトがきょとんとして言うと、ミリアは半信半疑といった顔でバッグの中を改め始めた。


 中から現れた、瑞々しい10本の月光草。


 葉の裏の銀色の斑点も、間違いなく本物だ。


「ほ、本当だ…。しかも、どれも状態がいいものばかり…。信じられない…」


 ミリアは言葉を失った。


 食事までしていたというのに、この異常な速さ。


 ベテランの冒険者でも恐らく不可能ではないだろうか?


 ましてや、土地勘のない新人が、初めての依頼で成し遂げたとなると…。


「(なんて早さなの!? まるで、事前に準備してあったみたい…。もしかして持ち合わせ品?いや、でもこの鮮度は採ったばかりの感じもするし…本当に採ってきたとしたら…)」


 ミリアはごくりと喉を鳴らし、なんとか平静を装って事務処理を進める。


「…はい、確かに。依頼達成です。こちらが報酬の銀貨5枚になります。お疲れ様でした」


 震える手で報酬を手渡しながら、ミリアは目の前の少年を改めて観察する。


 Aランク冒険者の推薦、測定不能の魔力、そして、このありえないほどの依頼達成速度。


 彼女の脳裏に、ギルドマスターのダグラスが言った「面白い逸材」という言葉が蘇る。


(この子、もしかしたら…とんでもない新人なのかもしれない…!)


 その頃、カウンターのやり取りを遠巻きに見ていた他の冒険者たちが、ひそひそと噂を始めていることには、まだ誰も気づいていなかった。


「おい、今の見たか? あの新人、昼頃出てったのにもう依頼から帰ってきたぞ?」


「あぁ!しかも依頼を達成してきたって話だったぞ?」


「いや、さすがに嘘だろ! 確か薬草採取だったよな?採りに行くだけでもそれくらいかかるわ!」


「でもよ、達成報酬受け取ってるぜ? だとしたら、信じられねぇ早さだぞ?」


「“閃光”のお眼鏡に適うだけあるってことか…?」


 こうして、ユウトの冒険者としての一日目は、本人の知らぬところで、新たな伝説の1ページを静かに刻み込むことから始まったのであった。


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