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第31話:騒然のギルド登録


「ちょ、リディアさん!もう少しゆっくり…!」


「何を言っている。ぐずぐずしていると日が暮れるぞ!」


 人通りの多い大通りを、ユウトはリディアに文字通り腕を引かれて歩いていた。


 ”引きずられてる”とも言えなくもないその様子は、まるで姉に手を引かれる弟のようにも見え、すれ違う人々が微笑ましそうな視線を向けてくる。


 しかし、ユウトの内心はそれどころではなかった。


 やがてリディアが足を止めたのは、ひときわ大きな木造の建物の前だった。


 入口に掲げられた「剣と天秤」をあしらった看板が、なにやらそれらしい雰囲気の建物であることを示している。


 リディアはためらうことなく、重厚な木の扉を開いた。


「うわ…」


 中に足を踏み入れたユウトは、思わず声を漏らす。


 そこは、彼の想像を遥かに超える熱気に満ちていた。


 酒と汗、そして鉄の匂いが混じり合った空気。


 屈強な鎧姿の剣士、軽装の斥候、ローブをまとった魔術師たちが、あちこちでジョッキを片手に談笑したり、依頼書クエストボードの前で真剣な顔で議論を交わしたりしている。


 活気と喧騒、そしてどこか漂う緊張感。


 まさに転生前に物語で見た”冒険者の酒場”そのものだった。


「圧倒されている場合か。行くぞ!」


 リディアはそんな喧騒など意にも介さず、まっすぐに受付カウンターへと向かう。


 ユウトも慌ててその後に続いた。


「新規の冒険者登録を頼む。」


 リディアがそう言うと、カウンターの向こうにいた栗毛色の髪をポニーテールにした快活そうな女性職員が、にこやかに顔を上げた。


「はい、いらっしゃいませ!新規登録ですね。では、こちらの用紙に必要事項を…って、あれ?リディア様じゃありませんか!お久しぶりです!」


 受付嬢はリディアの顔を見るなり、ぱっと表情を輝かせた。


 どうやら二人は顔見知りのようだ。


「ああ、ミリアか。世話になる。それで、登録したいのはこいつだ」


 リディアが背後にいたユウトをぐいと前に押し出す。


 ミリアと呼ばれた受付嬢は、不思議そうにユウトとリディアを交互に見た。


「この子が…ですか? えっ、もしかしてリディア様が推薦人に?」


「そうだが、何か問題でも?」


「も、問題だなんて、とんでもない! すぐに手続きします!」


 ミリアは慌てて奥から真新しい登録用紙を取り出すと、何かを思い出したように声を潜めた。


「でも、あのリディア様が推薦人なんて…。一体どういう方なんですか、この子…」


 その会話は、決して大きな声ではなかった。


 だが、酒場の喧騒の中にあって、その言葉は奇妙なほど周囲の耳に届いたらしい。


 ざわ…


 先ほどまで騒がしかったギルドの中が、水を打ったように静まり返っていく。


「おい、今…リディアって言ったか?」


「“閃光”のリディアが、こんな所に? しかも、ガキの推薦人だと?」


「まじかよ…あの人が認めた新人ってことか…?」


 好奇、嫉妬、畏怖。様々な感情の入り混じった視線が、一斉にユウトへと突き刺さる。


 ユウトは、自分がとんでもない注目を浴びていることに気づき、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


 ミリアはごくりと喉を鳴らし、プロ意識でなんとか表情を取り繕うと、ユウトに向き直った。


「え、えーっと、では、こちらの用紙にご記入をお願いできますか?お名前と年齢、もし職業などが決まっていましたらこちらに、なければ空欄で結構です。あとこちらにはご出身地をお願いします。」


 順番に手で指しながら丁寧に説明をするミリア。


 ユウトは、ふと、文字がそのまま読めることに気が付いた。


 書かれているのはどう見ても日本語ではないのに、不思議と読める。


(そういえば会話も問題なくできているし、どういうことなんだろう…転生者のお約束みたいなものかな?)


 そんなことを考えながら、必要事項を記入していく。


 「職業と…、出身地?」


 名前と年齢を記入したところでペンが止まる。


『職業は空欄で良いじゃろう。出身地は、ラルテ村にしておいてはどうじゃ?守り人認定されておるし、問題ないじゃろう。』


「なるほど。」


 職業欄を空欄にし、出身地には”ラルテ村”と記入して、ミリアに用紙を返す。


「えーと、ユウト様ですね?」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


「こちらこそ、これからよろしくお願いいたします。それでは、ユウト様。続いてこちらの水晶に手を触れていただけますか? あなたの基本的な能力を測定させていただきます。」


 ミリアが示したのは、カウンターの隅に設置された、台座に乗った黒曜石のような水晶玉だった。


 不意に気配を感じると、リディアが一歩近づいていた。


 周囲の冒険者たちも、固唾を飲んでその様子を見守っている。


 “閃光”のリディアが連れてきた新人が、一体どれほどの能力を秘めているのか、興味津々といったところだろう。


「は、はい…」


 プレッシャーで少し震える手で、ユウトはおそるおそる水晶に触れる。


 その瞬間、水晶は淡い光を放ち、その表面にいくつかの文字と数値が浮かび上がった。


 ミリアは慣れた手つきで、その結果を登録用紙に書き写していく。


 だが、そのペン先が途中でぴたりと止まった。


「あれ…?」


 ミリアは目をこすり、もう一度水晶を覗き込む。


 何度見ても、そこに表示されている結果は変わらない。


「ど、どうしましたか?」


 ユウトが不安になって尋ねると、ミリアはぎこちない動きで顔を上げた。


 その表情からは、先ほどまでの快活な笑顔は消え、混乱と当惑の色だけが浮かんでいる。


「あの、リディア様…。これ、どう解釈すれば…?」


 ミリアが差し出した登録用紙を、リディアも覗き込む。


 そこには、信じがたい内容が記されていた。


【冒険者登録申請:ユウト】

・筋力:D

・魔力:測定不能(ERROR)

・魔法適性:無し


「測定不能…だと?」


 リディアが眉をひそめる。


 ミリアは震える声で補足した。


「は、はい…。筋力の方は、冒険者としてはごく平均的ですが…問題は魔力の方です。魔力ゼロの人間はたまにいますが、その場合は『無し』と表示されます。エラー表示は、水晶の許容量を超えるほどの膨大な魔力を持つか、あるいは全く未知のエネルギーである場合にしか…。ですが、これほどの魔力量が予測されるなら、何らかの魔法適性が表示されるはずなのに、それも『無し』。こんな数値、見たことがありません!」


 ミリアの言葉に、周囲の冒険者たちもざわめき立つ。


「魔力エラーで魔法適性なし?どういうことだ?」


「なんかのトリックか? それとも本当にやべえ奴なのか??」


 喧騒の中、リディアだけが冷静に腕を組んでいた。


(なるほどな…。やはりこいつの力は、通常の魔術体系では測れん代物か)


 彼女は、昨日ユウトが放った光の障壁を思い出し、一人納得する。


 本来魔力適性は、その者が使用できる魔術の属性に応じて表示される。


 しかし、昨日の打ち合いでリディアの剣を防いだ不思議な力はどの魔法とも違うと、リディアは直感的に理解していた。


 だが、そんな事情を知らないミリアは、前代未聞のステータスを前に、完全に固まってしまっていた。


「す、すみません、リディア様…。この数値は、私の一存では判断いたしかねます。ギルドマスターに指示を仰いできますので、少々お待ちいただけますか?」


 ミリアはそう言って、慌ててカウンターの奥へと姿を消した。


 残されたユウトは、ギルド中の視線に晒されながら、ただリディアの隣で待つことしかできなかった。


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