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第29話:仮初めの監督者


「場所を変えるぞ。ついてこい」


 リディアの後に続き、ユウトは初めて魔術学院の敷地へと足を踏み入れた。


 門の前での騒動を見ていたのであろう、すれ違う生徒や職員たちが皆、驚いたような、あるいは好奇の視線を二人に向けてくる。


 特に、普段は他者とあまり馴れ合うことのないリディアが、見慣れない少年を連れているのだ、無理もないことだった。


 彼女はそんな周囲の視線を一切意に介すことなく、まっすぐに目的の場所へと向かっていく。


 やがてたどり着いたのは、来客用であろう、簡素だが落ち着いた雰囲気の応接室だった。


「座れ」


 促されるままにソファに腰を下ろすと、リディアは手際よくお茶の準備を始めた。


 やがて、ユウトの前に温かい湯気の立つカップが置かれる。


 先ほどまでの殺気が嘘のような、静かな時間が流れていた。


 リディアはユウトの正面に腰を下ろすと、じっと彼の目を見つめた。


「さて……何から聞くべきか。まず…、お前は何者だ? そして、なぜ師の――エルディオ殿の名と、あの合言葉を知っている?」


 ユウトはエルディオに内心で相談しつつ、意を決して正直に話すことにした。


「俺はユウトと言います。とある村で、偶然エルディオさんと出会って、彼が遺した封印を守る事になりまして…。」


「エルディオ殿と、会った? 封印…? 師が辺境で何かをしていたとは聞いていたが…、亡くなったのは10年も前のことだぞ?」


「はい。ちょうど俺がお世話になっていた村の近くで会って、封印のことについて話を聞くことができたんです。その村の近くに封印があったのですが、その封印の力が弱まって、世界全体が危ないと知って…。他の封印も防ぐためにこの街で色々と学べとエルディオに言われて…。あ、えっと、エルディオ、さんは既に亡くなられているんですが、その魂が、このポーチに宿って俺を導いてくれているんです。」


 ユウトは矢継ぎ早にそこまで言って、腰のポーチをテーブルの上に置いた。


 一方のリディアは眉をひそめ、その革製の小袋を睨みつける。


「魂が、ポーチに…? 馬鹿げたことを。そんな話、信じられるとでも思ったか?」


「いや、でも、本当なんです! さっきの合言葉も、エルディオから直接聞いて。」


『まあ、無理もないじゃろうな。普通は信じられん』


 エルディオがのんびりと言うが、その声はユウトにしか届かない。


 ユウトはそこから必死だった。


 エルディオとの出会い、弱まり始めた封印、活性化する魔物、そして世界が危機にある可能性―――


 リディアの不信感を少しでも解こうと、言葉に詰まりながらも、身振り手振りを交えて一生懸命に伝えた。


 ユウトの真摯な瞳と言葉に、リディアは腕を組み、深く考え込むように目を伏せた。


(…話の筋は通っている。師が辺境で封印を守っていたというのも、辻褄が合う。それに、この小僧の必死な様子…嘘を言っているようには見えん。だとしたら…?)


「…確かに、あの合言葉は本物だ。そして、お前のあの奇妙な力…。純粋な興味が湧いた」


 彼女の興味は、エルディオの魂の有無よりも、ユウト自身が持つ未知の力へと向いているようだった。


 やがて、彼女は顔を上げ、一つの結論を告げる。


「分かった。エルディオ殿の話は、にわかには信じられん。だが、お前自身と、その力に興味がある。私がしばらくお前の面倒を見て、その正体を見極めてやる。」


「え…?」


「勘違いするな。これは師の名を騙る不届き者かもしれんお前への『監視』だ。決して、お前を信じたわけではない。」


 ぶっきらぼうにそう言うリディアだったが、その口調は先ほどまでと比べて明らかに柔らかい。


 ユウトは、監視という名目であれ、この街での足がかりができたことに、ほっと胸をなでおろした。


「ありがとうございます!」


「礼を言うのはまだ早い。…ともかくだ、今日は私もこの後用事がある。明日、改めてここへ来い。今後の身の振り方について話してやる」


 リディアはそう言うと、話は終わりだ、とばかりに立ち上がった。


 ユウトも慌てて立ち上がり、深く頭を下げてから応接室を後にする。


―――


 気づかぬうちにだいぶ話し込んでいたようだ。


 外へ出ると街には既に夕日が差し込んでいた。


 宿への帰り道、ユウトはポーチに向かって小声で話しかけた。


「なあ、エルディオ。ひとまず、うまくいったのかな?」


『うむ。あの子は口ではああ言っておるが、お主の力に興味津々じゃ。悪いようにはならんじゃろう…おそらくな。それより、今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休むことじゃな』


 エルディオの穏やかな声に頷き、ユウトは少しだけ軽くなった足取りで、フィンの待つ宿へと帰っていくのだった。


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