第24話:ルメニアへ
お待たせいたしました!
3章のスタートです♪(*´▽`*)
---ゴトゴト、ガタンッ
馬車の車輪が土を掻くたび、体は左右にゆらゆらと揺れる。
手すり代わりの木の板をぎゅっと握りしめていると、その振動がじわりと手のひらに伝わった。
外に広がる景色はまだ村の延長線上にあるが、風の匂いにどこか違うものが混ざっているのを感じた。
(新たな旅立ちだな…)
そう思うと、胸の内に小さなきしみが走った。
村の朝の雑踏、子どもたちの笑い声、台所から漂ってきた焦げた匂い――
今までのあたりまえの日常。いつも通りの、温かい景色。
だが、あの景色を見送った。それは自分で選んだ一歩だ。
選んだ先に何があるかは分からない。期待と、不安と、少しの罪悪感が混ざる。
『なんじゃ、妙に静かではないか?』
ふいに、声が響く。
エルディオだ。だが、周りを見渡しても姿は見えない。
ポーチの中に入れた魔石を通して、その声は頭の中に直接響いてるようだ。
もちろん、周りの人たちには聞こえていない。
魔石から数メートル程度なら今までと同じように姿も表せるようだが、今はただポーチの中で落ち着いた呼吸をしているような感覚だった。
「…少し、村を懐かしんでました」
周りの人に聞こえないように、ユウトは小声で答えた。
エルディオの声がやわらかく続ける。
『ふむ、旅立ってまだ数刻じゃがな…。まぁ、確かに、旅はしばしば心を揺らすものじゃ。』
「そうなんですね…旅立ち、というのが、初めてなので…」
『初めて?お主、あの村までどうやって来たのじゃ?』
エルディオの声に疑問の音が乗る
「いや、えっと…」
気づいたらこの世界にいた…なんてことを話すべきか、少し悩んで言いよどむ。
普通なら信じてもらえないだろう… 今までも誰にも言わないで黙っていた…
…ただ、エルディオなら大丈夫なんじゃないか?
どこか安心できる、そんな気がしていた。
「……実は…」
『魔物じゃな!』
「…えっ!?」
唐突に遮られ、一瞬理解が遅れる。
慌てて周囲を見渡すと、後方の木の影から一匹の獣が姿を現した。
狼の様な格好をしているが、黒い瘴気の様なものがゆらりと体から立ち上っているのが見える。
「魔物だぁっ!!」
「くっ、スピードを上げろ!」
同乗していた者たちも魔物に気づき、一斉に慌てだす。
商人風の男が立ち上がり、御者へ指示を出すと、馬車のスピードがあがるが、魔物はこちらに向けて勢いよくかけてくる。
『獣型か…あの様子だと、本を狙って来たというより、たまたまじゃろう…ふむ、どうじゃ、いけそうか?』
「えっ……?」
その尋ね方に、ユウトは一瞬戸惑った。
エルディオは命じるのではなく確かめてくる。
ユウトの胸の中の不安に、まず寄り添い、決断は自分にさせる――そんな口ぶりだ。
(いけるって、どういう意味だよ)
内心で軽く突っ込みつつも、思考は別のところに向かっていた。
この馬車に乗っているのはユウトを含めて6人。
商人風の男が2人と連れられた子供が1人、魔法使いのような格好の老婆が1人、御者が1人、そしてユウトである。
こちらの世界に来て、何度か魔物と戦ったが、戦闘に自信があるわけではない。
合気道の型は身体に染みついているが、あれはあくまで人相手のものであり、魔物相手にそれで十分かどうか、いつだって不安がつきまとう。
ましてや、今回は4つ足の獣の様な魔物だ。恐らく今までとは勝手が違う。
…だが、馬車の中の人々の横顔を見たとき、違う感情が湧き上がった。
手綱を持つ御者の手が震えている。
荷台の少年は唇を噛みしめて白い顔をしている。
隣の老婆は眼を大きく見開き、肩をすくめてかばんにしがみついている。
それぞれの恐怖は伝わってくる。
恐怖の前では、ためらいは自己満足になってしまう――「保身」だ。
(……俺が守らなきゃ。)
そう思うと、胸の底に力が湧いた。
目の前にいる人たちの命を守りたい、ただそれだけで自分が戦う理由が出来た。
「……わかった、行くよ」
ユウトは小さく息を吐くと、荷台の縁に足をかけ、飛び降りた。
風が裾を持っていき、地面の振動が直接足の裏に伝わる。
顔を上げると、魔物は目の前まで来ていた。
狼の様な4足歩行で、毛はぼさぼさに逆立ち、口からはよだれの様なものが垂れている。
エルディオの声が、また頭に届く。
今度は問いかけではなく短い助言だ。
『ふむ…お主ならば負けぬ相手じゃろう。しっかりと相手の動きを見るのじゃ。気負うでないぞ。』
ふぅっと深呼吸をし、相手の動きに集中する。
魔物はそのままの勢いでよく突進してくるが、その動きはゆっくりに感じる。
ユウトの腹の辺りに噛みつこうとしている様子を見ながら、左足を一歩引き…
瞬間、合気道で鍛えた感覚が働き、相手の突進を避けるように体をひねると同時に右手を魔物の腹の辺りに添えて、相手の突進の勢いをそのまま相手の腹に流す。
魔物の体は一度地面に弾んだ後、勢いよく木に激突して地面に転がった。
魔物はよろよろとしながらもすぐに起き上がったが、こちらを見て微かな動揺を見せる。
…やがて、低い唸りを一度上げてから、森の影へと去っていった。
ユウトはその場でしばらく待ち、動きがないことを確認すると、ようやく構えを解き、そして、ふぅと大きな息を吐いたのだった。




