第14話:揺らぐ日常と黒き残影
※8/3 本の描写が一部不足していたので、加筆修正しています
翌朝、なんとなく重い頭を持ち上げて、布団から起きる。
昨夜は早めに布団に入った…のだが、なかなか寝付けず、眠れたのは日を跨いでからだった。
原因ははっきりしている。
ユウトの中では、あの小屋で感じた違和感が、澱のように残っていた。
そして、それを思い返すたびに、背筋を撫でるようなぞわりとした感覚が蘇ってしまう。
気分を変えようと、明るいことを思い返す。
…だが、しばらくするとまた小屋のことを思い出して身震いをする。
そんなことを繰り返していたら眠れなくなってしまったのだ。
「心霊番組の動画を見たときはなんとも思わなかったけど…。 おばけ…とか、この世界にはいてもおかしくないよな」
そう呟きつつ、広場で顔を洗っていると後ろから声が飛ぶ。
「ユウト様! おはようございます! 今日も朝から、その…凄いですね!」
振り返ると、若者がユウトを見ながら少しひきつったような表情を浮かべている。
「おはようございます。えっと、凄い…って?」
「あ、はい。井戸から水を汲むのがめちゃくちゃ早くて…しかも、片手だったし! どうやったら、そんなに勢いよく汲めるんですか!? 普通じゃ無理ですよ!」
「え? ああ、なるほど。 うん、そこはちょっとしたコツだよ。」
若者のなんとも平和な質問に、ユウトの顔が少し綻ぶ。
「ロープと桶の力の流れを見るっていうのかな… 桶を持ち上げる力と、桶が落ちようとする力が釣り合ったタイミングで一気に引くんだ。そうすると、重さが0になるっていうのかな。そのタイミングで、腰を落として肘で支点を作ると、簡単に汲めるよ。きっとこちらの力が伝わりやすいんだね。それと、握り方にもコツがあってね。こう、指をローブの結び目に引っかかるように、ちょうど指がロープに食いつくというか一体化する感じでね…」
「はぁぁ…、な、なるほど……! さすがユウト様ですね!」
若者は相変わらず、というより、先ほどよりも更にひきつった、けど、どこか尊敬する人を見るような表情で、会釈をしながら去っていった。
ユウトは苦笑する。自分にとっては何気ない動作だが、村人にはまだ珍しく映っているようだ。
「早く慣れるといいんだけどな…」
そんなことを呟きながら、けれどそんな村人との会話で、悶々とした頭が少しスッキリしたことをユウトは感謝するのだった。
ちなみに村人にとって、”桶が軽くなる”というユウトの説明は、全く理解できなかった。
(重さが0になるってどういうことだろ?)と、至極当たり前な疑問も浮かんでいた。
…だが、今の村人達にとって、ユウトはもはや英雄視されていた。
彼もユウトが目の前で魔物を倒すのを目撃した一人である。
そんな彼にとってユウトの言葉はもはや英雄の言葉である。
話を聞きながら、彼なりに考えてみる。
(重さが釣り合った瞬間を見定めて力を入れるって、そんなことを意識しながら水汲みしていたのか…。しかも片手で。つまり、何気ない水汲みですら、鍛錬に変えてるってことだよな。しかもあの感じだとほぼ無意識で… やっぱすごいな、守り人さまは!)
妙に納得し、話が終わる頃には羨望のまなざしで聞いていたのだった。
今日も少しずつ、ユウトの知らないところで、村人の信仰心は順調に上がっていくのだった。
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その日のルーチンを終え、陽が傾き始めた頃、ユウトは再び小屋を訪れた。
ごくりとつばを飲み込んで、すこし緊張しながら扉を開けて中に入る。
小屋の中は昨日と同じように重苦しい空気が漂っていた。
ユウトは一歩踏み出し、部屋の中心に立った。
気温が急に下がったかのように、背筋に冷たいものを感じた。
ぞわりとする感覚が思い返される。
それは危険を知らせる直感の様なものだった。
何かがここに残っている――そう感じずにはいられなかった。
「……ただの空き家じゃ、ないな」
そう呟くと、再び周囲を用心深く見渡し、そして、意を決して奥の方へ進んでいった。
光の届かない小屋の奥、先日と同じように小さな魔石の明りを頼りに探っていく。
耳を澄ますが、昨日の音は聞こえない。
ふと、足元に違和感を覚え、視線を落とす。
暗くて遠目には気づかなかったが、床板の一部がわずかに盛り上がっていた。
ほかの板よりも新しそうで、土埃が積もっていない。
ユウトは慎重にかがみ込み、力を込めて板を持ち上げる。
ギィ…と鈍い音を立てて板が外れ、暗い穴が口を開けていた。
その先には、土で固められた粗末な斜路が続いている。
整った階段ではなく、まるで手作業で掘られたような土のトンネルだ。
(……隠し通路か?)
鼻腔をつくのは、こもった空気と鉄のような匂い。
そして奥から漂う湿った冷気に、背筋が凍る。
(・・・・ふぅ)
ユウトは深呼吸をし、魔石をかざして中へ足を踏み入れる。
狭く歪なトンネルを、腰をかがめながら慎重に進んでいく。
壁面には爪で削ったような痕があり、ところどころに古びた魔法陣のような紋様が描かれていた。
やがて、通路の先に小さな広間が広がる。
そこには、円形の石の裁断台のようなものがあり、周囲の床には複雑な魔法陣が刻まれている。
その中央には、黒く乾いた液体の跡、そして、1冊の白い本がおかれていた。
異様な光景に、ユウトは思わず息を呑んだ。
その様子はさながら、何かの儀式が行われた、そんな痕跡のようだったからだ。
(……ここで…何が行われていた? この感じは…定番だと何かの召喚? だとすると、あの本は……)
ユウトは慎重に近づき、恐る恐るその表紙に指を触れた。
パチッ!
一瞬だけ何かに拒否されたような感じがして、その後、皮膚を通して何かが脈打つような感覚が伝わってくる。
(これ、ただの本じゃない……何か不思議な感じがする……)
まるで、本そのものがこの世界から切り離されているかのようだった。
カタタッ!
…その時、背後で小さな土の粒が落ちる音が響く。
彼は反射的に振り返る――が、そこには何もいなかった。
じとっとした蒸し暑いはずの地下で、冷たい汗が背中を伝う。
「……これは、いよいよ放っておけないな」
明らかに誰かがここで何かを行っていた痕跡だった。
(村長なら何か知っているかもしれない。聞いてみよう!)
そう思い、村へ引き返そうとした、その時!
『まさか、ここへくる者がおるとはな…』
突然背後から、渋い声が聞こえた。




