第9話:村を覆う影と最初の一撃
その夜、村は初めて“夜警”を組むことになった。
火の灯る松明を持ち、交代で見回る大人たち。
昼間から張り詰めた空気が広がっていたのか、子どもたちは家に閉じこもり、誰も笑わなくなった。
村全体が、静かに、しかし確実に“何か”に追い詰められていた。
ユウトは、広場の中心に立っていた。
手には、森で拾った木の棒を握り、体が自然と構えを取っている。
(もし、来るなら……きっと今夜だ!)
根拠としては薄い……けれど、妙に確かな予感があった。
そのとき、遠くから悲鳴が上がった。
「きゃああああああああ!!」
村人の叫び、混乱の音。
ユウトは枝をしっかりと握りしめて、叫び声の聞こえた方へ走り出した。
広場の北側、鶏小屋の近くで何人かの村人が後ずさっていた。
そこには異形のものがいた。
「魔物だ……!」
誰かが叫ぶ。
「……こいつが……」
月明かりの下、巨大な黒い影。
蹄のような脚に、爪の生えた足。
背中からは骨のような突起がいくつも伸び、濁った赤い眼がぎらりと光っていた。
魔物は周囲をゆっくり見渡していたが、ユウトに気づくと牙を剥き、低く唸りながら、じりじりと威嚇している。
それはまるで、ユウトだけを”天敵”として警戒しているように。
ユウトは震えそうな足を踏みしめ、枝を前に構えて一歩前に出る。
相手の動きを探るように、目を離さない。
魔物は唸り声を強めていたが、急に咆哮を上げ、一気に飛びかかってきた――!
「っっ!!」
ユウトは足に力を入れ、魔物の初撃を躱す!
轟音と共にユウトの顔の横を前脚が通り過ぎる。
続けて、逆の脚が別の角度から振り下ろされるが、それも上体をそらして躱す。
(動きが、みえる…? 集中しているせいかな?)
ユウトは少しだけ疑問に思うが、すぐに意識を戦いに戻す。
魔物は少し苛立ったように、左右の脚を振り回すように攻撃を続けてくるが、ユウトはそれらを躱しながら、反撃の機会を伺う。
魔物がひと際おおきく前脚を振り下ろすタイミングで、一歩踏み込み、前脚と交差するように、枝が叩きつけられる!
バキィン!!
木が裂けるような音。 一撃で枝はへし折れたが、その衝撃で魔物の甲殻にひびが入った。
「くっ……硬いな……!」
魔物は低い唸り声をあげながら、またユウトの様子をうかがう。
ユウトは魔物から目を離さずにゆっくり距離をとる。
「ユウトさん、これを!」
その時、背後からカイルの声が飛んだ。振り返ると鍬が投げ渡された。
ユウトはとっさに受け取り、構える。
木刀の様に鍬を構えて魔物と対峙する、その姿は一見滑稽だが、周囲の村人の目には伝説の英雄の様に映っていた。
「グワオオッ!」
その時、魔物が再び咆哮を上げながら跳躍してくる。
ユウトは咄嗟に回避しながら、魔物の甲殻にひびが入った部分を狙って、鍬を思いきり振り下ろす。
「これなら、どうだ!!」
――ギャォォォォォ!!!
激しい叫び声とともに、魔物の硬い殻が砕け、片脚が吹き飛んだ!




