こちら転生管理局
今日も天国には長蛇の列が出来ている。
「転生管理局はこちらで~す!」
「最後尾はこちらで~す!」
メガホンや看板を持った天使たちが雲の上で魂をさばく。まだ肉体を持てない転生希望の魂たちは、こうして列に並びながら〝輪廻転生〟を待つのだ。
──原稿用紙の束をその胸に抱きながら。
「あー、ダメだよ。こんな楽園みたいな来世を書いちゃあ……」
転生管理局の飴色のデスクに座るのは、煙草をふかす老人だ。同じような老人老婆が原稿用紙をめくっては、転生希望者にダメ出しの嵐を降らせている。
転生希望者はこの〝転生管理局〟で次の人生をプレゼンし、合格しなければ来世へ転生できないシステムとなっているのだ。
ひとりの不幸そうな青年は、前世では先天性の病により死亡した。老人は彼の提出した原稿に難色を示している。
「恵まれた家庭で生まれ、遊び呆けて若い内に事故で死ぬ?クソみてえなシナリオだな」
「で、でも……前世では長い闘病生活の上死んだから、来世は元気なうちに、車に引かれて死にたいんです!」
老人は煙草の灰を灰皿に落としながら告げた。
「お前……そんな人生設計でいいのか?こんな人生が終わったところで、傷つくのはお前の両親だけじゃないか」
「前世はキツかったんで、来世こそは──」
「ダメだよ、そういうの。あのね、人生の本懐は〝いかに楽を出来たか〟じゃなくて〝いかにたくさんの経験をし、何を学んだか〟だからね?人生には苦難や努力がつきもので、必要なの。山も谷もない人生に転生して、何の意味があるんだよ」
「えっと……だから、前世は苦しかったから来世は」
「はい、ボツ!」
青年の魂はボツを告げられ、がっくり肩を落としながら最後尾へ並び直しに行った。老人は青年の原稿をゴミ箱に投げ入れると、吐き捨てるように言った。
「はい、次~」
今度は中年女性の魂が現れた。
彼女の持つ原稿に、老人は視線を落とす。
「ほー、あんたは戦死者か」
「はい。娘の産んだ赤ん坊を守って死にました」
「これはこれは……激動の時代を」
「赤ん坊が助かったので、私は自分の生き様を誇りに思っています。だから、次も赤ん坊の人生を守りたいと」
「素晴らしいね。ふむふむ、転生したら発展途上国の助産師になりたい……。まあいいと思うけどね。でも、ちょっとスパイスの足らない人生かな」
「はあ……」
女性はぱちくりと目を瞬かせた。
「人生のスパイスとは何ですか?考えたこともありませんでした」
「誰かのために尽くすことだけが、いいこととも限らないんだよ。尽くされた方が息苦しくなることもある」
「なるほど……」
「もうちょい自分の為だけに苦しむことも大事だ。人を救うのに救われてるだけじゃ、あんたの経験にはならないだろう」
「確かに……」
「あんた、他の奴と違ってちゃんといい人生を書こうとしてるね。下心のない良い原稿が書けてる。人生を面白くするにはあと一歩。自分の為だけに苦しむ瞬間を作ってみようか」
「はい!」
呑み込みのいい彼女は、天使に案内され再び転生希望の列へと戻って行った。
老人たちが話し合う。
「今の原稿、いい線まで行ってたんじゃないですか?」
「そうだな。最近は文明に甘え切った頭のおかしい奴が多いから、まともな原稿に出会いにくくなってる。来世こそはハッピーになろう!って、そればっかりだ。来世をテーマパークか何かと勘違いしてんじゃないの?」
「地上が豊かになったからこその、弊害ですね」
「豊かになり過ぎると、原稿を書くのは難しくなる。楽しさにかまけて、人生の目標をあっさり見失うからな。少子化もやむなしか……。最近は、前世に途上国出身だった奴らがいい原稿を書いて来る」
「途上国は学びの多い場所ですから」
「それゆえ、生きにくいとも言えるがな……」
老人は、また煙草の灰を灰皿に落とした。
「私もたまに原稿を書きたくなる時があるんです」
と隣の老人は言った。
「でも私たちは〝あがり〟になっちゃったので、もう転生は出来ずにじっとこちらに縛られるだけです」
「そうだな。もう管理職だ」
「刺激的な地上に戻りたいと思うこともあります。肉体って、変化があって最高じゃないですか」
「俺たちはずっとこのままだからな。いくら病変や死がないからって、じじいの姿にも飽きたよ」
天国ではこうして満点の原稿を書けた者だけが、来世への転生を許されるのだった。
「人生って素晴らしいですよね」
「ふっふっふ。そんな甘いことを言っている奴、もう二度と転生出来ねえよ」
そんなことを話していると、げっそりとやつれた男が原稿を持ってやって来た。
「次の原稿はどんなだ?」
「うう……」
男は疲労に声も出せず、震える手で原稿を渡して来た。
老人は目を通し、その原稿に目を見張る。
「こいつ……とんでもない原稿を持って来やがった!」
「ああ……うう……」
それは、波乱万丈な作家のストーリーだった。貧困といじめに喘ぎ、何とか恋を実らせたはずの恋人もギャル男に寝取られ、それでも作家になりたくて小説家になろうのランキング制覇に挑戦するも、ポイントは高くて100pt。書籍化されないどころか感想も貰えず、インターネットの海を漂う暗黒作家となる。まるで宇宙の中のダークマターだ。最後は人目に触れられず、小説を書きながら小さなアパートでひっそりと死んでいく。
「馬鹿、やめろっ。こんな人生を歩んだら死ぬぞ!」
「もう……死んでる……」
「おっ、お前!まさか前世も……!」
作家志望の男は言った。
「作家です」
老人はため息交じりにかぶりを振った。
「そうだ。前世のお前は大正時代、出版社持ち込みでデビューしたものの、ついぞ売れずに死んで行った。こいつに限らず、作家はいっつもそうだ。どんなに売れなくても、ループして作家を続けたがる」
「作家……楽しい」
「まだ飽きないというのか。同じようなテンプレで転生10回目だぞ」
「日本語……うま……」
「このストーリだと、来世はデビューしないのか?」
「デビューしたら……好きなもの書けなくなって……」
「ああ。そういうわけだったのか」
そう。不思議なことに、作家だった人間は来世でも作家になりたがるのだ。作家志望者は自分の人生をかなぐり捨ててでも、自分の作品づくりを優先してしまう。
老人は言い含めた。
「いいか?この草稿のままだと、最後まで辛いだけだぞ。途中離脱は許されない。だからもっと努力でどうにかなる人生を書いてだな……」
「不幸……好き……」
老人は原稿を受け取った。
「どうせ作家志望は言っても聞かないからな。ほら、さっさと転生しろ」
やつれた男はにやりと笑って、転生先の扉へと吸い込まれて行った。隣で見ていた局員が尋ねる。
「あれじゃあ転生先は地獄と変わらないですよ。もっと別の人生を提案した方がよかったのでは?」
老人は言った。
「あいつらはあの地獄が好きなんだよ。谷底へ落ちるのが……好きにさせてやれ」
かくしてまたひとり、作家志望者が現世へと送り出された。
そうして今日も〝小説家になろう〟は、そんな転生者で溢れ返っているのである。