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ヒヤシンス

 河原の石を一つ取って川に投げ入れると、分厚い音に混じって耳に触れるものがある。一粒の水滴をつまみ取ってみる。細い隙間を作った指に触れると、ふいにするっと滑り落ちる。手に取ったものは一片の白い羽毛であった。


くずさないで、


崩さないで。


 手を前に差し出しては、風の(したた)かなのを利用して、そっとはなしてやった。


 遠ざかる断片に対して後ろから忍び寄る声に気が付く。

—―逆にすれば、よかったのに。


ほう、逆にとは、これ如何に。


――ほら、あそこにイシガメがあるだろう。あののんびり屋は丁度良い足場がないといって三年あのままだ。


三年とは、非現実な。


――これが非現実ではないのだ。三年というのは伊達じゃない。見たまえ、あんなにもイシガメは年老いている。


君は年老いたイシガメを三年間飽きもせず眺めていたのか、せめて同情の飯でもくれてやったらどうだ。窮を富まし、飢を飽かす気はないのか薄情者。


――そこで君の出番というわけだ。君がもう一度石をもって投げてみるがよい。今度は見るものだ。見てこれを前に押す。簡単だ。


こんな外連味に満ちた会話があってよいのだろうか。自分は夢見心地で何を話しているか、天地左右もさっぱりである。


――石というのが重要だ。岩は大きくて不可(いけ)ない。砂では流れてしまう。花や草では話にならない。


ほう、石交の仲というわけか、そりゃ傑作だ。


――わかったならやってみたまえ、きっとうまくゆくとも。


 立っていた大きな石板を小さく蹴って砂利の上に足を沈めると、足元にあった手ごろな平らな石で勢い任せに風を切ってみる。二、三と跳ねた石がさっきのところにぼちゃんと落ちる。しぶきも上げずに、声も上げずに、静かにぼちゃんと落ちていく。足元に少し軽い感じがした。と思えばちょうど間の悪いところに大きな石が当たる感触を取り戻す。


――それ、後ろを見たまえ。


 声のする方に振り向いた。ぞくっとする、鼠色の風と、ぐわっと広がる、淡紫のサラダ。


ほう、これは見たことがない。


――そうだろうとも、わざわざ出てきてやっているのだから。


君らだな、てんでバラバラにあれこれと言ってきたのは。


――一人がケタケタ笑う。つられて隣がケタケタ笑う。カラカラ、カラカラ音がする。


そんなに大勢、頭揃えば、カメ一匹を養えそうな気がするが。


急に声がぴたりと止んだ。


――そうではない、カメにも自生が必要だ。ほら、前を見たまえ。元気になったではないか。


 声に従ってすっと体でそよ風を受ける。カメに自生とは不釣り合いな。かのカメは尻を向けて遅々として進んでいた。


 これに一つ(つぶや)いてやる。――ははあ、君は遠くに行けないやつなんだな。


 途端に後ろの声は消えた。ぷっつりと消えた。


 まあ仕方がない。彼らの居場所に戻ったということなのだろ、気にすることはない。


くしゃり。


 鼻をかすめるひとひらのかけら。


 そうか、もう春が来たのだな。


くしゃっ。


 顔面を(さら)うような当たりの強い風になびかれる。




 間違えた、夏が来たのだった。

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