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カルーナ

 母屋に埋もれた一角に、掛け軸、壺、種々の物。縷々と書かれた絵巻物。どれも素人無知の趣味どまり。


 唯一、祥瑞(しょうたん)の二文字が目にとまる。


 この書は随分達筆で、筆の運びに迷いがない。筆者の名はどこにも見当たらないが、書の端にわずかに朱の印が押されている。微かにかすれたその印を目で追いながら、隅の枯れ葉に気が散った。


 古びた机を引っ張り上げてその上に。再びじっと見据えて思う。


 いつからここに、だれが、なんのために。


 書の端をそっと持ち上げると、長年の埃がふわりと舞う。紙の繊維は手にざらつき、湿気を帯びた古い匂いが鼻をかすめる。


 かすめた匂いは、まるで呼吸するかのように、ゆらゆらと胸の奥をめぐった。墨の香がどこか懐かしい。


 掛け軸の下にあった、小さな小さな桐の箱をそっと取り出す。


 埃を払って蓋を開ける。中からさらに紙一枚。


 折り目が深く刻まれ、かつては何度も開かれた形跡か。ただし今、紙は静かに沈黙する。


 そっと広げて、その拙い筆跡に、胸の奥で小さな落胆が広がった。


 ── 花は風に問え


 折角の言葉も、字の(まず)さで半減する。風なら何度も訪ねてきた。彼らは墨しか運ばない。


 ── 花よ、お前は風に問いかけるのか。


 私の問いは、墨の匂いで(もっ)て返答される。カルーナを見よ、カルーナを。


 カルーナ ── ヒースともいったか、その花は。


 風に呼ばれたその花は、呪わしい不毛な荒野に咲く。寂寞の中、細やかな薄紫の灯火をともすという。


 そんなものは、母屋の先に植わっている。寒さの残るこの時期に、(いぶか)れた緑が目に映る。


「お前ら、お前ら。」


 呼ばれたものは返事をする。ほうぼう好き勝手向いている。


「お前らは、いつ綺麗になるのだ。」


 一人の茎が元気に答えた。僕は夏。一人がいさめる。いや秋の方が美しい、冬の緑は貴重だぞ、てんでにごちゃごちゃ言っている。場を治めるのにしばらくかかった。


「でも仲がいいのだな。君たちはいつも手を握っている。」


 急にやつらは静かになった。仕方がないから自由にさせた。彼らはやっぱり好き勝手、方々(ほうぼう)様々散っていく。遠くの方でひとまとまりに。やはり彼らは仲がいい。


 祥瑞の目の前に帰ってくる。いまだに墨の匂いがする。私は再び風に問うた。あれが呪いの上に咲くのかと。


 ── 呪ったのは人の方、あれは呪いの類でない。


 なるほどそうかと合点した。再び彼らの元へ行く。ボールを二つ与えてやった。


「あすこの芝生が開いている。好きなだけ、遊んで来い」


 彼らは元気に駆けだした。書は(へや)に持ち込んだ。桐の箱はしまっておいた。静かに静かに蓋をする。静かに静かに布を掛け、一目散に部屋の中。


 ── 喧しくてもよろしくて。


 お前は子供と遊んで来い。私だけだ、静かにするのは。


 傾く橙日(とうか)にしばしの別れを告げ、静かに静かに布団へもぐりこむ。


 静かに、静かに──

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