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蛍月と妖ノ音  作者: ぽすけ
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呼び覚まされる妖の音

16回目の夏を迎え、祖父母の家へと歩みを進める。

夏の空は青いというよりも蒼いと書きたくなる。 その蒼さの中に紛れ込むように、無数の白い雲が漂い、山の輪郭を縁取る。どこか湿った土と緑の香りが鼻をくすぐるこの場所は、都会の喧騒とは異なる、時間の流れがゆるやかな世界だった。

少女は一人、湯沢の古びた駅のホームに立っていた。背中に下げたリュックは見た目以上に軽く、中に詰められたものと同じくらい、彼女の決意もどこか曖昧だった。


「11年ぶり、か……」


淡梁(あやね)は独りごちる。口にした言葉は、無意識に自分を安心させるための呪文のようだった。電車に揺られながら思い出すのは祖父と最後に話した記憶。3歳の頃に亡くなった祖母の写真を見ながら、村一の美人で有名だったという話を聞いた。あの夏の日から11年が経った。5歳の頃、ほんの短い間だけ過ごした祖父母の家で起きた、説明のつかない出来事。記憶が欠け、空白を埋めようとする心に残された不快な違和感。それが今、彼女をここへと引き戻した。

木造の古い駅舎を抜け、足を踏み出すと、郷愁と共に祖父の家への道が彼女の脳裏に浮かび上がる。川のせせらぎ、木々のざわめき、蝉の声が耳に染み込むように響き、まるでこの土地全体が少女を迎え入れ、同時にその中へと飲み込もうとしているかのようだ。


淡梁の祖父母の家は、山の麓にひっそりと佇んでいる。ふと見上げると、窓辺にかけられた薄い暖簾が風に揺れているのが見えた。それは静かに彼女を招いているようで、彼女の足は自然と家の方へ向かった。

だが、その玄関の戸を開けた瞬間、彼女は感じた。何か得体の知れないものが、微かな気配としてこの家全体に潜んでいることを。


「久しぶりだな、淡梁」


祖父の声は穏やかで、変わらない笑顔がそこにあった。だが、その瞳の奥には、一瞬だけ何かがよぎった。それが何なのかはわからない。ただ、彼女は幼い頃と同じように、言葉にならない重さをその家全体から感じ取っていた。


夜が来る。夏の夜は蒸し暑いが、湯沢の山中では風が肌寒い。深い静寂が村を包み込む頃、淡梁は何かに誘われるように目を覚ました。

どこか懐かしい、けれど全く記憶にない感覚。彼女を引き寄せるその気配に逆らうことなく、彼女はふらりと布団を抜け出し、家の外へ出た。

月明かりに照らされた庭の向こう、木立の影が揺らめいている。その奥にあるのは、薄闇の中でひっそりと佇む、見知らぬ人物の姿だった。


「やっと来たか、あやね。ずっと、待っていたのだ、勿論酒の肴(積もる話)の一つや二つは持っているだろうな?」


その声は懐かしさと未知の感情が入り混じったような響きで、少女の胸の奥を切り裂くように深く刺さった。その瞬間、過去の記憶の扉がわずかにきしみを立てる。けれど、それはまだ完全には開かない。

夜風が木々を揺らし、薄闇の向こうに立つ影は微笑んだ。


物語はここから始まる。何かを知りたいと願った少女が、知らなければならない運命に足を踏み入れた瞬間だった。

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