05話 目的-01
「続いてのニュースです。本日未明、東京都新宿区でビルの倒壊がありました。」
「なんかー、遠くから見てたんですけどー?
急におっきい音がしてー、ドーンって聞こえたんですよー? そしたらこのビルが倒れ始めてー?」
「この事故により怪我人は3名、幸い死亡者は今のところ確認できていないようで……」
自室のベットの上で毛布に包まりながら聞いていた。
正直に言って怖かった。
怖くて震えていた。
夜中の出来事はビルの倒壊はニュースで事故として報道されている。
――現実は違う。
夛湖と僕が戦い、その結果ビルが倒れ――
そして夛湖を僕が殺した。
夛湖の声が脳裏に蘇る。
『はははははは……これでお前も俺と一緒だ…! この……人殺しがァァァ!』
数時間前に起きた出来事なだけあって、鮮明に思い出した。そして僕は、人が死んでいく様、夛湖の最期の言葉、人の焼ける匂い、それらを思い浮かべただけで――
「うっ……!」
僕は毛布を投げ捨て、部屋を飛び出しトイレへ駆けみ嘔吐した。
(やれやれ……高々人間一人殺したぐらいで震え上がりやがって……
安心しろよ餓鬼、昔見た映画で言ってたじゃねぇか。
『ボディを透明になっちまったらなんにも分からない』って、死体をバラして燃やしてたろ?
奴を灰にして殺したのはそのためじゃねぇのかァ?)
違う……そんな事は考えてなかった。
単純に……殺そうとした。それだけだ。
殺人がバレるかバレないかは正直どうでもいい。
ただ、僕がこの手で夛湖を殺したという事実に対して恐怖しているんだ。
「おぇぇぇぇ…!」
それからしばらく――トイレから出る事が出来なかった。
(おい……いくつか質問があるから答えろ)
僕は落ち着いてから自室に戻ってゲーミングチェアに座り、頭の中で頭痛へ問いかけると、間の抜けた声で頭痛は応答した。
(あぁ? お前とは長い付き合いだが、こうしてお前から話しかけられたのは初めてだなぁ)
当然だ、こいつが頭の中で喋る度に、僕は声と同時に頭痛にも苦しまされるのだから。
(そんな事はどうでもいい。
僕が聞きたいのは夛湖の事……悪魔の事だ。アレは一体なんなんだ)
(知ってるじゃねぇか、お前が言っているように悪魔だ、あれは)
(ふざけるな、悪魔って一体なんなんだ)
(あの忌々しい本に書いてある通りだろォ?
まぁ厳密に言えば地獄の住人だ。地獄に居るものは皆総じて悪魔になる)
忌々しい本って聖書の事か? いや、今はそんなことよりも……
(その悪魔がどうして夛湖に取り憑いていたんだ?)
(そりゃ人間界で悪事を働く為だろう? 悪魔は言わば精神体の様なものだ。
人間と悪魔が契約する事で、人間は悪魔の力が使えるようになる。
お前がボコされてる時も教えてやったが、悪魔と契約した人間は悪魔憑きと呼ばれる)
(力……か……)
あの夛湖の姿は悪魔の力を使ったという事か。
そして、おそらく僕もだろう。
(あぁ、そうだ。悪魔憑きの《大量の血液と感情》を代償に人間に力を与える)
(感情…?どういうことだ?)
(あー、面倒だな…感情は感情だ。人間の思う気持ち、思考を指す。悪魔の力の行使にはそれが必要だ。
悪魔によって要求する感情は異なる上に、場合によっては他のものを要求する事もあるがなァ)
僕が質問を繰り返す度に頭痛の態度は悪くなる。僕だってお前が喋る度に頭が痛むんだ。大人しく応えろ。
なんて言うと、より頭痛の態度が悪くなる事は、火を見るより明らかだったし、まだ分からないことは沢山あるからここは慎重に……
(……もっと詳しく……教えてくれ。)
(飲み込みの悪い餓鬼だなァ……だからあの『ダゴン』と契約していた奴で例えると、必要なのは《痛み》だ。
ダゴンは痛みと血液を引き換えに、あの餓鬼に力を与えていたんだよ)
そういえば、夛湖は確か痛みがどうとか言っていた様な……
(お前が石を投げた事によって《痛み》と《血液》の2つの条件を達したんだ)
なるほど。
あの時僕が石を投げつけなければ、夛湖はあの姿にならなかったかもしれないって事なのか。
最も、自分でやろうと思えばあの姿になっていたかもしれないけど。
それこそ夛湖の場合は条件が簡単だ。痛いという気持ちと、夛湖自身の血液があればいいのだから。
あの時僕が石を投げつけなくても、夛湖自身が持っていたカッターナイフで自傷行為を行えば、それだけであの姿になれる、という訳か。
(悪魔の力を行使した後、人間は契約に使う感情を無にされる。ダゴンの餓鬼の場合、《痛み》という感情がリセットされる。と、言ったところだ。
最も、痛みというものは感情ではなく感覚だがな。
詳しく言えば痛みから来る感情がトリガーって事だ)
なにかの本で読んだことがあるが、痛みも感情として考えられていた時代もあったらしい。そんな事は今はどうでもいいか。
(じゃあ、どうしてその感情はリセットされるんだ?)
(代償にした感情を使い切らなければ、力の使用後は人間の身体は元の身体へ戻る。
力を使い過ぎて感情の残量が少なければ、負った怪我は中途半端に回復される。
身体を回復させて余った分は悪魔の餌になるって事だ)
僕は頭痛に文字通り悩まされながら、スマホのメモ機能に打ち込む。さながら事情聴取だ。
(悪魔は何故人間界で悪事を働くんだ?)
(そりゃあ、悪魔だからだろう?)
(真面目に答えろ)
(偉そうにしやがって。ダゴンの餓鬼も言っていただろう? 《地獄の玉座》だ)
そういえば夛湖はそんな事を言っていたな。
(その、《地獄の玉座》って……一体なんなんだ?)
(想像力のない餓鬼だ…字の並びの通りだ。地獄の王の椅子だ。そいつに座れる悪魔は玉座に認められた悪魔だ。
他の悪魔達を力でねじ伏せるか、人間界で悪行を行う事でその存在を認めさせる事が出来る。
そうした結果として、玉座に座るって事だ。
玉座に認められていない悪魔が玉座に座ろうとすると、その悪魔は消滅する)
玉座には意思があるようだ。じゃあ――
(地獄の玉座に座った悪魔は何を得られるだ?
悪魔憑きにはなんのメリットがあるんだ?)
(いっぺんに質問攻めしやがって、面倒だなぁ。
玉座に座った悪魔は悪魔の頂点に立ち、全ての悪魔を絶対服従させる。
その悪魔と契約している悪魔憑きは、人間界の理を変えることが出来る)
悪魔の方のメリットは何となく想像していた通りだったけど、悪魔憑き、つまりは悪魔と契約した人間は人間界の理を変えるとは、スケールのデカい話だな。
夛湖はあの時こう言っていた……
『俺は地獄の玉座を手にし、人間に嘘を付けなくする!
そうすれば騙す事が出来なくなるからねェ!』
……夛湖の目的は『人類が嘘をつけなくする事』だったってことか。
あいつはあいつなりに、何かに葛藤し、その方がいいと思ったのだろう。
そんな事になれば人類は数日も経たずに破滅するだろけれど。それでも、夛湖なりに考えた結果だったのだろう。
僕は自分の中で整理をつけた後、再び頭痛に問いかける。
(悪魔の事はだいたいわかった。
じゃあ……お前もあのダゴンとか言うやつと同じ悪魔なのか?)
(おい……俺様をあんな人間以下の屑共と並べるな。
次に俺を悪魔と言ったら……殺すぞ。餓鬼が)
頭痛は今までで1番恐ろしい声で僕に囁いた。
(……だけど、同じように悪魔の力を使えるんだろ?)
(……俗称としては《悪魔》になるが、奴らと並べられる事が気に食わない。
それに俺様は特別な存在なんだよ。
俺様は悪魔が嫌いだ、覚えておけ)
要はこいつも悪魔だけど、他の悪魔と並べて考えられる事が嫌だ。って訳か。悪魔のくせに。めんどくさ。
(わかったよ。ただ、分からない事がまだある。
僕はお前と契約した覚えがない。
悪魔の存在だってさっき知ったばかりだ。
何故、僕も悪魔の力が使えるんだ?)
(だから俺は特別な存在って言っただろう?
お前の同意など要らない。お前に憑いてるのは間違えないがなァ)
……理不尽すぎる……
(じゃあ、お前の場合《血液》と、何を代償にして僕はあの力を使ったんだ?失った物が分からないのは気分が悪い。
それにまた悪魔憑きに襲われた時、トリガーが分からないと力を使う事だって出来ないだろ?)
(それもあの時言ったはずだ。俺とお前の場合、《他人を見下す心》だ)
なるほど。全て理解した。
僕はあの時――
『こんな…社会のゴミにごときに……!』
夛湖の事を蔑んで見下していた。
そして力を使った今、僕は夛湖を見下していない。
対等、もしくは人間として自分より上だとすら感じている。まぁそれでも、あいつがクズな事に変わりないけれど。
それでも夛湖なりに目的を果たそうとしていたんだ、と落ち着いて考えられる。これが悪魔の力を使った後の感情のリセット、という事か。
(んで?お前は何のために玉座を狙いに行くんだ?)
(え?)
(当然だろォ? 人間を思うがままにできるんだぜ?
お前は何を望むんだ?)
僕は……