02話 覚醒-01
コントローラーをいじる音が、モニターの明かりだけが頼りな部屋に響く。
「おK、二枚ダウン、一枚引いてるからこれ詰めよう。」
注釈しておくと、別にボイスチャットを繋いでいる訳では無い。マイクはオフ。オンにしてる人とマッチをしても僕は常にミュート。
他人と話すとか普通に無理――あくまで独り言だ。
「は?別チ(別チーム)?やば、一旦引こう。クソッ。落とされた。大丈夫。追ってきてないしバレ(索敵され)て無いから起こして。いや違うって、詰めんなよ起こせって。追ってきてないから」
案の定、部隊は壊滅。
「はー、今のは起こせよ雑魚…… センス無さすぎ。まじクソゲーだわ……」
うっ……またか……
(ハッ、自分の失態を棚上げして偉そうに見下しやがって)
頭痛はこんな感じで当たり前のように話す。
内容は僕や、僕が見たものに対しての、蔑みの言葉がほとんどだ。
「うるさい」
僕は声に出し頭痛にそう答える。
声に出さなくても頭の中で言いたい言葉を浮かべれば、頭痛とは会話ができるけど――咄嗟だと声に出てしまう。
正直この頭痛が問題で、学校では色々と問題になった。
具体的に言えば、授業中に静まり返った教室の中、僕の頭の中だけで聴こえる声が急に『ギャハハ!』と笑う。
当然、僕は声を上げて驚く。するとどうなるだろうか?
周りのクラスメイトや教師には、僕が急に大声を出す問題児にしか見えないだろう。
この様な事が何度も何度も繰り返し起きると当然、浮いた存在の出来上がりというわけだ。
だから僕は必然的に、晴れて不登校となっているという訳だ。別に勉強が出来ないわけじゃない。人と関わるのが嫌なだけ。
はぁ……と、ため息を着きながら乱暴にコントローラーとヘッドホンを投げ捨て、自室を出てリビングへ向かう。
リビングの扉を開け、服やゴミを避けながら部屋を進むと、リビングテーブル上の違和感に気がづいた。
リビングテーブルには置き手紙と金が置いてある。
いつも通り『今月分の金、適当に食べな。』と書かれていた。金はズボンのポケットへ入れ、手紙は丸めてゴミ箱へ捨てた。
事故後、僕は叔母さんに引き取ってもらった。
祖父母に当たる人達は僕が産まれる前に亡くなったらしい。身寄りのない僕の唯一の血縁で、家庭を持っていない母の妹。僕から見たら叔母さんに当たる人物が身元引受け人になってくれた。
僕も住まわせてもらっているここは、叔母さんの固定資産である新宿に建つマンション。という事はそれなりに稼いでいるのか、はたまた誰かに買ってもらったのか、永遠の謎だ。叔母さんは夜の仕事をしているらしいけれど……実際どんな仕事か内容は知らない。
というか顔すらあまり合わせない。毎月お金は置いてくれるけど、もう数ヶ月も会話をしていない。
『お互いの生活は各々で好きにしろ、互いに干渉はしない。』が、我が家の唯一の暗黙のルールなんだ。
(あの色ボケババァまた男のところにでも転がり込んでんだろ。いい歳こいてよくやるよな)
愉快そうに不愉快な台詞が頭の中に響いた。それを無視して僕は――
「……飯でも買いに行くか。」
と、独り言をこぼしながら、ロングパーカーを羽織りフードを深く被る。他人に顔を見られたくないし。あの感染症が大流行する前からマスクをつけていた僕にとって、マスクを付ける事が当たり前になってくれた事だけは良かったかな。見たくもない他人の顔も半分隠れるし。
――午前二時。天候曇り。
新宿の街はこの時間でも無駄に人が多い。嫌でも他人の会話の内容が耳に入ってくる。
「この後どこ行く?」
「えー、どっか行きたいところあるの?」
「あるよ?でもお互い様でしょ?」
「も〜!」
進行方向で、馬鹿そうな男と貞操観念の緩い女が胃もたれを起こす様な会話をしている。
(道端でいちゃつくなよ……家でやれよ。)
と、僕は心の中で呟く。それに続いて頭痛が話し始めた。
(家畜の方が人間より幾分マシだな。性を無駄にせず子をなすだけな。まぁ、それすらする相手も居ない。ましてや、友人と呼べる者すら居ない童貞のお前よりはあいつらの方が上だがな)
(余計なお世話。)
そんなやり取りを脳内でしていると……
「おい、何見てんの?なんか文句あんの?」
男はこちらを見て因縁を付けてきたから僕は咄嗟に……
「いえ、別に……すいません……」
「いいからいこ ? 」
「はぁ。うん、行こか ? 」
女になだめられ、二人は歩き出す。
「まだ若そうだったったねぇ、可愛い ! 」
「フードなんかかぶってほぼ不審者だろ。なに ? あんなのが好みなの ? 」
「どーだろー ? 」
「そんなこと言えないようにしてやっから」
「えー ? なにされちゃうんだろ〜 ? 」
ある意味でお似合いな二人は下品な会話劇をしながら去っていった。
(って……何謝ってんだよ、僕。)
嬉しそうな声色で頭痛が鳴り響く。
(弱者ゆえの発言だなぁ)
「ちっ……」
舌打ちは思わず音にしていた。
最寄りのコンビニに着くと、俗に言うヤンキーと呼ばれる人種が三人で屯っていた。
「でさぁ、夛湖くんさぁ、あいつとあの後マジでヤったの?」
開口一番、金魚の糞の様な不良は下品な内容で会話を始めた。それに対して夛湖と呼ばれていた小山の大将は得意げに答えた。
「あー、やったやった!ヒィヒィ言ってた!」
「マジかよ!胸どうだった??」
胸元を持ち上げるような動きをしつつ、小山の大将は続ける。
「バインバイン」
「おーーー!」
「今度貸してあげるよ」
「マジで?! 上がるわ〜!」
(邪魔だなぁ。死ねよ)
僕は心の中で社会のゴミ共へ苦言を呈すると、また頭痛が話し始める。
(人間は群れを成し、自分達のコミュニティの中で互いを認め、各々が自己肯定を満たす哀れな姿だ。もっとも、その群れにも入れないぼっちの負け犬はお前だがなァ)
(……他人と僕とでいちいち比較するな。僕はあくまで好きで一人で居るんだ)
僕の人生において、生涯かかわり合いになる事のないその猿共を横目に、僕はコンビニへ入った。
いつも通りカゴを取り、
・エナジードリンク
・ピザ味のポテトチップス
・バーガー系の食品
を、カゴへ入れる。今日はチーズバーガーの気分だ。手馴れた動きのまま僕はレジへと向かいカゴを置く。
「しゃっせー。袋は?」
「あ、お、お願いします…」
なんで僕が敬語使ってんだ?
初めて見るこの店員は僕が答えてから一瞬間を開けてから、レジ下の引き出しを開け袋を取り出し乱暴に袋を広げ、無言のままバーコードに商品を通し適当に袋へ入れる。
(雑すぎでしょ…何こいつ。使えねぇな。)
心の中で僕は店員に向かって文句を言う。すると頭痛の声が頭に鳴り響く。
(対価に見合わない労働。他人への配慮の欠ける道徳)
こればかりは心から同意。
「 798円っす。」
語尾がほぼ聞こえない大きさで合計金額だけ言っているように聞こえる。
「あ、はい。」
レジへ金を投入しタッチパネルを操作して会計を済ませ、レジ上の袋を手に取り出入口へ向かう。
「ざしたー。」
「ゴミが。」
入店音にかき消されるほどの小さな声で僕はボヤく。
(あそこまでの態度を取っているあの店員にすら、面と向かって悪態のひとつすらまともに付けない文字通り負け犬の遠吠えってやつだ)
頭痛へ反応するのも疲れたから無視をした。
コンビニの外へ出るとゴミ共がまだ屯って居た。
内容は聞こえないがこちらを見ながら、くすくすと話しているようだ。
(ちっ、まだいたのかよ。猿共が)
心の中でそう思いながら、何も見なかったかのように帰路に付く。
「ねー君ー。ちょっと遊ぼうよ?」
小山の大将は僕の肩に手を組んで引っ張る形で歩いた。
突然の事で理解が出来ない。
「あ、え、なんですか?」
「いいからちょっといこうか?」
「え、僕この後予定が…」
勿論無い。
小山の大将は笑みを浮かべながら続ける。
「大丈夫大丈夫、君次第だけどすぐ終わるから」
「ちょっ、あの…」
小山の大将に肩を組まれ、反対側には金魚の糞が二人、囲まれる形で僕はどこかへと連れていかれる。
頭痛は嬉しそうな声を響かせる。
(ギャハ、イベント発生ってやつだなァ)