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3 聖女は軟禁されました

「――娘、貴様が本物の聖女だというのなら今すぐ治してみせろ」


 アレックスは真っ青になったユーフェに向かって冷ややかに言い放つ。


 上官も顔が強張っていた。斬られていたのは彼だったかもしれないのだ。


 騎士はひぃひぃと床にかじりつくように突っ伏し、震えていた。斜めに切られた傷口からは血が溢れ、床やユーフェのドレスを汚していく。


「はあ、はあっ……、たすけ、助けてくれぇ」


「……っ、すぐ、治します」


 ユーフェは傷に手を当て、治癒魔法を使った。

 みるみるうちに騎士の傷は塞がり、荒い呼吸も落ち着きを取り戻していく。


 すっかり傷の治った騎士は痛みと涙でぐちゃぐちゃになった顔をユーフェとアレックスから隠すように伏せた。皇子の御前でみっともない姿を晒したのを恥じたらしい。


 アレックスは偉そうに頷いた。


「ふん、聖女としての能力はどうやら本物のようだな」


 どうやら、ユーフェの能力は彼のお眼鏡にかなったらしいが、いきなり味方を斬りつけるなんてなんてやつなんだろう。


「いいだろう、この俺様の側に置いてやる」

「は、はい。光栄でございます……」


 かくしてユーフェには鉄格子と南京錠の付いた豪華な部屋が与えられ、部屋の外に出ることは禁じられてしまった。なんでやねん。






 これまでのことを思い返しながら、ユーフェは鉄格子の嵌った窓から外を眺める。


(だめだわ……、このままじゃ軟禁されて人生が終わっちゃう)


 アレックスは「気が向いたら相手をしてやる」的なことを言っていたが冗談じゃない。誰がお前みたいな傲慢野郎に。ああ、いや、でも、にゃんにゃん媚びてお側に(はべ)った方が良い情報が掴めるかもしれない……?


「ユーフェ様、お食事をお持ちしました」


 ドアの向こうから声がかかり、ユーフェは背筋を伸ばした。


 兵士ががちゃがちゃと音を立てて鍵を外す音。


 先に兵士が中に入り、その後ろからカートを押した女中が入室した。


 ユーフェは黙ってテーブルに着く。女中はてきぱきと料理の皿を並べると壁際に控えた。兵士はドア側に立つ。


「どうぞ、お召し上がりください」


 そう言われても食べづらいことこの上ない。

 軟禁生活が始まって三日たったが、食事中は兵たちの監視下に置かれる。ユーフェが衝動的に皿を割り、その破片を使って自害――なんて可能性も考えられるからだろう。「良かったら一緒に食べませんか」「見られていると恥ずかしいので」等々言っては見たが、聞き入れられる様子はない。


(まあ、いいか。もう慣れたし)


 パン、スープ、サラダ、冷製肉の盛り合わせ、と朝食のフルコースを食べたユーフェはフルーツの皿を指さした。


「あの、すみません。もうお腹がいっぱいで……、この果物のお皿だけ後で食べたいんですが、いいですか?」


「申し訳ありません。ユーフェ様のお部屋に食器を置いておくことは禁じられておりますので」


「そうなんですか、あ、じゃあ、食器はお返ししますので」


 ナフキンを折りたたんだユーフェは、食べやすくカットされたオレンジや葡萄を指でつまんで乗せた。


「これならいいですか?」


 行儀の悪い娘の仕草に女中と兵士は目を見交わしたが、それくらいなら良いだろうと判断されたのか許された。食器を片付けて下がっていく二人の足音が完全に遠ざかったのを確認したのち、ユーフェはナフキンで包んだ果物を手に取った。


(ノクトからだわ)


 切り込みを入れたオレンジの皮と実の間に、小さく折りたたんだ薄茶の紙が挟んである。食事中に気が付いたのだ。


 特殊な油紙で作られたそれは、広げると普通の便箋サイズになる。どうやらノクトは「聖女」以外は要らないと城から追い出されたらしいが、うまくどこかに潜伏しているらしい。


『城内外では三か月後に行われる次期皇帝選定の儀の話題で持ちきりだ。

 第一皇子が選ばれる可能性が高い。

 第二皇子は近々騎士団を引き連れて魔物討伐に行くらしい。

 最後の票集めだと噂されているが、遠征は第一皇子の差し金。』


 第二皇子ヴィクトール。二十三歳。

 派手で目立つアレックスとは違い、控えめで柔和、争いごともあまり好まない性格だというのが事前の情報だ。


 ヨハンは近づくのは皇子のどちらでも良いと言っていたが、アレックスに従うべきか、それともヴィクトール側につくべきか悩む。


(うーん……どうしようかな……。このまま監禁されていても何一つ状況は変わらないのよね……)


 油紙に火をつけて燃やす。


「…………」


 考え込んだユーフェは、《《普通の》》便箋を手に取った。宛先はもちろん、第一皇子アレックスだ。



 ◇



「聖女が俺宛てに手紙?」


「はい。確認致しましたところ、『今の軟禁状態は辛い』『兄と合わせて欲しい』『助けていただいた恩を返したいので聖女として働かせてください』だそうです」


 側近の報告にアレックスはフンと鼻を鳴らした。


「馬鹿馬鹿しい。貴重な聖女に自由を与えるわけないだろ」


「しかし、話によると、世話係の女中や兵士に『痛いところはないか』などと聞いて回っているようです。あかぎれを治してもらったと何人もの女中が」


「あかぎれ!」


 あまりにもしょうもないことに能力を使っているのか。くだらない。


「本人は素直に閉じこもっている気はないらしく、何度も窓を開け、下を歩いているものに声をかけたり……リネンを裂いて作った縄状のものを垂らしたり……、奇行が目立ちます」


「一度立場を思い知らせてやる必要があるな」


 貴重な聖女だからこそ殺さずに保護してやったのだ。

 おまけに、田舎娘が暮らすにはじゅうぶんすぎるほどの物を与えてやったというのにこちらの言うことも聞けないとは。


 執務机に乱雑に積まれた書類に目を通しながらアレックスはふと思いつく。


「……そんなに働きたいなら、ヴィクトールの隊に加えてやればいい」


 つい先日、アレックスは弟皇子に魔物退治の任を与えたばかり。


 通常、皇子自らが討伐任務に出向く必要などないのだが、「ヴィクトールはあまりにも自己主張が少なく、皇族としての自覚がないのではないか」と議会で煽ってやった。


 アレックス派の貴族たちも追従し、その流れで議題にあった討伐任務をヴィクトールが引き受けることになったのだ。


 しかし、これはアレックスの罠。

 ヴィクトールには討伐先で死んでもらう計画になっていた。


(それもこれも皇帝(父上)が次期皇帝選定の儀を行うなどと言うからだ)


 貴族たちの支持は圧倒的にアレックスが集めていると言うのに、父は幼い頃から第二皇子のヴィクトールびいきだ。次期皇帝「任命」の儀ではなく、「選定」……。万が一にも弟皇子に皇帝の座を奪われるなど、アレックスのプライドが許さない。


 よって、ヴィクトールには消えてもらうことにしたのだ。


「聖女を同行させるなど正気ですか? 例の計画が……」


「計画は実行する。『聖女の護衛』という名目があった方が俺の手の者も潜り込ませやすい。もちろん、ヴィクトールを殺すときにはあの娘は引き離しておけよ。致命傷を与えても治療されたら困るからな」


「かしこまりました」


「ふん。聖女が同行したのにもかかわらず第二皇子が死んだ、なんてことになったら、あの娘も大人しく言いなりになるだろう」


 目ざわりなヴィクトールを始末し、貴重な聖女は自分の言いなりにさせる。

 椅子にふんぞり返ったアレックスは一人ほくそ笑んだ。



次でヴィクトール登場です!

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