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24 女子会

 翌日、午前中に押し掛けてきたのはエミリーだった。


「お邪魔するわよ」

「エミリ……ごほん、トンプソン伯爵令嬢! どうなさったのですか。先触れもなくいきなりいらっしゃるなど……」


 エミリーがやってくることはネリも知らなかったらしい。

 ユーフェは、もしや昨日の施術が上手くいっていなかったのかと緊張した。


「どうしたんですか? 昨日の傷が痛むのですか?」

「痛みなんて一晩寝たら治ったわよ。それより、あなた、今日は暇よね?」

「え? ええ……」

「アネッサ。準備してちょうだい」

「かしこまりました」


 アネッサが扉を開けると――ワゴンに乗せられたティーセットや皿がぞくぞくと部屋に運び込まれてきた。


「これは……」

「我が家の菓子職人に準備させたの。トンプソン家の領地は茶葉の栽培で有名で、お菓子の名店も多いの。王城勤めの職人にも引けをとらなくってよ。昨日のお礼だと思ってちょうだい。……あと、これは父からよ」


 ずっしりとした布袋を渡されたユーフェはびっくりした。


「こっ、こんなの、いただけないわ……!」


 中には金貨が入っていたのだ。ざっと見る限り、二十万ゴールドは入っているだろう。ちょこっと切って治したくらいで、騎士や侍女の一か月分の給金以上の報酬なんて貰いすぎだ。


「受け取ってちょうだい。わたくしの傷がなくなって、父も母もとても喜んでくれたの。あなたが要らなかったら寄付するとかしてくれたらいいし、……でもあなた、田舎から出てきたんだからほぼ無一文なんでしょ? 遠慮せずに使ってちょうだい」


 確かにユーフェは無一文だ。

 今のところ身の回りの品はすべて揃っているので何かを買う必要はないが、何か必要なものがあったらヴィクトールにねだらないといけないのか……と思っていたところでもある。


「それに再来週はお誕生日でしょ?」

「誕生日? 誰の?」


 エミリーは目を見開いた。


「あなた、ヴィクトール様の誕生日も知らないのっ⁉」

「えっと、今知りました……」

「しんっじられない! あなたたち、いったいどんな会話をしているの⁉」


 えーだって、「誕生日いつなんですかぁ?」とかそんな話、しなくない?


「――お嬢様、お茶の準備が整いました」


 エミリーがエキサイトしそうなタイミングでアネッサが声を掛ける。


「とにかく……、お茶が冷める前に座ってちょうだい。今日はネリとアネッサもよ」


 エミリーは給仕に回ろうとするネリとアネッサの事も座らせた。四人でテーブルを囲んでのお茶会がしたいらしく、菓子を持ってきた使用人たちの事も下がらせてしまった。


「ユーフェ……さんとお呼びしてもよろしくて?」

「あ、はい。どうぞ」

「あなた、ヴィクトール様のことをどう思っていらっしゃるのっ」

「え、えーと……、いい人だなあと思います……?」


 出自の怪しいユーフェを引き留めて城に住まわせてくれるくらい、優しさと狂気が紙一重な人だと思う。腹黒そう、狡猾そう、隙のない相手、特技は精神攻撃……など、マイナスイメージを上げれば事欠かないが、無難に回答しておく。


「そうよ。ヴィクトール様はとても優しい方なの。第二皇子として一歩下がり、常に兄上を立てていらっしゃったし、外交や政治手腕も実力もあるのにそれをひけらかさない性格の御方で……。そんなあの方がご寵愛なさっているっていうから、あなたもすごい人格者なのかと思っていたわ」

「わー、このお菓子かわいいですね」

「わたくしの話を聞いているの⁉」


 もちろん聞いている。

 だが、「ヴィクトールが選んだ相手として云々」「皇妃になる意志はあるのか」など、結婚話に結び付けられるのが嫌で話を逸らしたいのだ。


「そちらはマカロンというお菓子ですわ、ユーフェ様」

「んんっ、甘い。初めて食べましたが美味しいです、エミリー様」

「それはどうも」

「えっと、それで、ヴィクトール様の誕生日のお話でしたよね? 確かに、お世話になっているので何かお渡しした方がいいような気がしてきました、ですが、皇子様というのはいったい何を贈られたら喜ぶものなのでしょうか?」


 せっかくエミリーから資金をもらったのだから、ヴィクトールの機嫌をとるような物でも贈っておいた方がいいかもしれない。

 ネリが自信たっぷりに微笑んだ。


「ユーフェ様が選ばれたものなら、ヴィクトール様はきっとなんでも喜ばれますわ」

「変な壺とかでも?」

「え? んー。あー、どうでしょう……」


「贈り物と言えば身を飾る品が定番でしょう。わたくしもお父様のお誕生日にカフスボタンやタイなどを贈ったわ」

「……皇子様だからやっぱりそれなりに高価なものじゃないといけないわよね……。わたしが高級店とやり取りしていたらヴィクトール様に筒抜けになってしまうかしら」


「では、刺繍はいかがですか? エミリーお嬢様がプレゼントなさった刺繍のハンカチは今も旦那様が大切に保管されていますし、高価なものよりも心がこもっていてよろしいかと」

「ごめんなさい。わたし、裁縫できません」


「お菓子を焼いてみます? 厨房を借りてクッキーやマドレーヌなど……」

「くっきー……」


「ダメそうね。センス無し、高価なものは無理、料理裁縫はできない、となると……」


 はあ~っと溜息をついたエミリーだが、名案を閃いたとばかりに手を打った。


「そうだわ。あなた、ご自分にリボンを巻いてヴィクトール様のお部屋にお隠れになったら?」

「『プレゼントはわ・た・し』ってやつですか? それは寒すぎません……?」

「なんですってぇぇぇ! ネリまで白けた顔してんじゃないわよッ」

「お嬢様落ち着いてくださいませ」


 騒がしいお茶会は男性へのプレゼントの話に終始し、最終的に蚤の市で掘り出し物を探してみる案に収まった。エミリーは口うるさいが根は良い子だし、アネッサは気が利く性格で、ネリは姉のようにユーフェに寄り添ってくれる。


「次のお茶会は報告会ね」とエミリーが次回開催を勝手に決めてしまったが、悪い気分はしなかった。






 そうして、ユーフェはネリと一緒に蚤の市へと向かうことになった。

 護衛付きでなら良いとヴィクトールからすんなり許可が下りたのは、おそらく「プレゼント探し」の件を既に耳に挟んでいるからだろう。

 前回、街に降りた時はお忍びだったし、追手に追われていたせいであまり楽しめなかった。

 護衛付きとは言え、外に出られるのはやはり嬉しい。町娘の格好をしたユーフェの心は浮足立っていた。


「見て見てネリ! 変な壺!」

「やめましょうユーフェ様。それを買うくらいならエミリーの『プレゼントはわたし』案の方がマシな気が致します」


 ネリも町娘風の格好で、護衛も一目でわからないように私服を着た男が二人。おしゃべりをしながら歩く女子二人の後をくっついてくる態のため気楽なものだ。


「うーん……。何がいいかしらね? 骨董品とか?」

「骨董品ですか。あ、ティーセットを新調してみるというのはいかがです? ヴィクトール様はユーフェ様とのお茶の時間を大切にされていますし」

「ティーセット! いいわね!」


 城で使っている品自体が高価なもののため、珍しさや変わったデザインのものを探してみることにした。

 蚤の市だけではなく、通りにある店の方まで足を運ぶ。


 ふと、嗅いだことのある匂いが鼻を掠めた。

 煙のような木材のような、甘くて清涼感のある匂い。……ミルラだ。心を落ち着ける効果があるため、聖ポーリアの教護院では日常的に香として焚かれていた。


 店の前にワゴンを並べていたおじさんがユーフェに目を止めて手招く。


「可愛いお嬢様方、いかがです? 珍しい輸入品の雑貨だよ」

「輸入雑貨……」

「このワゴンに入ってるやつはセール品だ。安くするよ~」


 開けっ放しの扉からちらりと中を覗くと、雑貨店らしくごちゃごちゃと棚に物が並べられていた。大きな花瓶や鉢植え、巨大なぬいぐるみなど。香が焚かれているらしく、匂いの元はこの店のようだ。


「あら。可愛いですよ、ユーフェ様。小物入れですって」

「お目が高いね、お嬢さん。全部一点物なんだよ」


 ユーフェもおもむろに一つ手にしてみる。


 ――ギクリとした。


 手にした小物入れには七つの花弁を持つ花の模様が彫られている。七つ花弁はヨハンが使っている意匠だ。聖ポーリア国での正式な書類には必ず七つ花弁の押印が入る。その時だ。


「キャ―――ッ!」


 ガッシャ―ン! と大きな音を立てて、少し離れた場所にある店のガラス窓が割れた。周囲の人間の目は一斉にそちらを向き、あちらこちらから人が顔を出した。


「なんだなんだ」

「ガラスが割られたらしいぞ」

「大丈夫か。怪我人がいるじゃないか」


 驚きで固まっていたネリが胸を撫でおろして振り返る。


「びっくりしましたね、ユーフェ様。……あらっ、ユーフェ様⁉」

「もう一人のお嬢ちゃんなら急にあっちに走って行っちまったが……」

「なんだって?」

「えっ、お前、見てなかったのか⁉」


 護衛二人もほんの一瞬目を離した隙にユーフェがいなくなっていたのでギョッとした。


「ほんのさっきまでいたんだ、すぐ追おう」

「私も追いかけます」

「行くぞ」


 ……バタバタと三人の足音が遠ざかっていくのを、

「むぐっ……」

 店の扉の裏側で、男に口を塞がれたまま連れ込まれていたユーフェは確認した。


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