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21 伯爵令嬢の訪問

「あなたが『聖女』?」


 突如部屋にやってきたのは、いかにも高位の身分と思しき令嬢だった。

 金髪をくるくると巻き、レースをふんだんに使ったドレスを身に纏っている。


 ネリは慌てたように令嬢を追い出そうとした。


「エミリー! やめて頂戴ったら」

「お黙りなさい、ネリ。使用人になったあなたがわたくしと対等な口を聞いていいと思っていて?」


 ぐっとネリが押し黙ったが、どうやら二人は旧知の関係のようらしい。

 侍女を従えて入ってきた令嬢はバサッと扇を広げて名乗る。


「急な訪問でごめんあそばせ。わたくしはエミリー。トンプソン伯爵家の次女よ。ヴィクトール様が聖女をご寵愛なさっていると聞いて顔を見に来たの」

「はあ、あの、ユーフェ・エバンスと申します……。聖女です」

「ええ、あなたの名前はよぉく知っているわ。田舎の小さな村の出身なんでしょう?」


 エミリーが値踏みするようにユーフェを上から下まで眺め回す。


「申し訳ありません、ユーフェ様っ」

 ネリはすっかり青ざめている。


 一方でユーフェはわくわくした。これはもしや、「あんたなんかがヴィクトール様にふさわしいとお思いっ⁉」と扇で打たれたり罵られたりする展開だろうか。


 ヴィクトールの周囲にいるネリや騎士団の面々はユーフェに好意的なため、すっかり失念していたが、そういう不満をぶつけてくる令嬢がいてもおかしくはないのだ。


(いいぞ、もっと言ってちょうだい!)


 ぜひ、ヴィクトールの耳に入るまで罵って欲しい。

 周囲とうまく立ち回ってきたらしいヴィクトールのことだ。ユーフェを寵愛していることが貴族間で不満の種になるようであれば、結婚したいなどという馬鹿げた提案を引っ込め、目を覚ますかもしれない。


「本来ならあなたとわたくしは対等に話すこともできない身分差なの。わかっていて?」


「はい、おっしゃるとおりです。わたしなんか田舎者で、この城にいるにふさわしくありません」


「エミリー! どうしてもというから取り次いだのよ! ユーフェ様に失礼なことを言うのなら出て行ってちょうだ――きゃっ」


「引っ込んでなさいといったでしょう、ネリ。ネリがいけないのよ。わたくしに聖女の話なんてするから……だから……」


 ぎゅっと唇を噛み締めたエミリーはユーフェに背を向けた。


「アネッサ」

「はい」


 エミリーに命じられた彼女の侍女は「失礼致します」と言ってエミリーのドレスに手をかけた。編み上げられている背中のリボンを解きだす。


「えっと、あの……」


 どういう状況?

 なぜいきなりエミリーがドレスを脱ぎだすのだろう。


 助けを求めてネリの方を見ると、ネリは気まずそうに目を伏せていた。


 エミリーの背中を寛がせたアネッサが静かに下がる。

 令嬢らしく真っ白な美しい肌。


 だが、肩甲骨から腰にかけて大きな傷跡があった。

 切り傷だと思われるが、周囲は引き攣れ、塞がった部分の肉は盛り上がっている。


「幼少期の事故でついた傷ですの。聖女のあなたなら元通りの肌に戻せるかどうか、伺いたくてきたのよ」


 エミリーの口調はツンとしたものだったが、彼女が深く傷ついていることは理解できた。

 綺麗で誇り高い令嬢なのに、こんなにも大きな傷跡が残ってしまったらショックだろう。


 聖ポーリアでも内々に教護院を訪れる貴族は大勢いた。

 火傷のあとを消したい、あざをなくしたい、……特に、結婚適齢期の令嬢が相談に来るケースは多かった。傷があるからと言って結婚を破断にするような男なんてどうかと思うが、彼女たちは家名を背負って生きる「商品」なのだ。美しくなければ価値がないと教え込まれて育っている。


「…………」


 エミリーの希望はわかるが、ユーフェにできるのは「傷を塞ぐ」ことだけだ。

 肌をきれいにしたことはない。


「申し訳ありません、エミリー様。やったことがないので、ご期待に添えるかわからないのですが……」


「もしもうまくいかずともあなたを責めたりは致しません。ただ、可能性があるなら、と思っただけですから」


「……わかりました」


 令嬢にいつまでも背中を丸出しにさせておくわけにはいかず、ユーフェは治癒の力を使ってみた。しかし、何の変化も見られない。


(だめだわ)


 きれいに傷を塞ぐことはできるが、見た目だけを治すというのは繊細で高度な能力なのだ。

 じっと固唾を呑んで見守っていたネリとアネッサも無言だ。

 二人の様子からだめだったということが察せられたのだろう。「まあ、別に期待なんてしていませんでしたから」と言ったエミリーはドレスを直した。


「あの……、エミリー様……」

「いいのよ。でも、申し訳ないと思っていただけるのなら、この事は口外しないでちょうだい」

「……はい」

「お邪魔したわね。行くわよ、アネッサ」


 来たときと同様にエミリーは偉そうな態度で帰っていった。

 平伏せんばかりに謝ってきたのはネリだ。


「申し訳ありません、ユーフェ様……! エミリーとは幼馴染でして、私がユーフェ様付きになったと耳にしたというものですから、どうしてもと乞われて無碍にできずに通してしまったのです。無礼な態度を私が代わりにお詫びいたします! 本当に申し訳ありません!」


「あ、ううん。別に気にしていないから……。……ネリはエミリー様に傷があるって知ってたの?」


「はい……。彼女、あの傷が原因で未だに結婚話がまとまらないんです。お相手はどなたも良い方たちばかりなのに、わざとわがままに振る舞って、嫌われるような態度をとって……。この程度で去っていくようなら傷の事を打ち明けるに値しない相手だからと私には言っていますが、本当はとても傷ついているんです……」


 あの傷のせいでひねくれた性格になってしまったらしい。


「それで、ユーフェ様のことをしつこく聞いてくるものですから、……すみません。ユーフェ様が騎士団の方の怪我を治したという話をしてしまいました」

「ネリが謝ることはないわ。それに、騎士団の話ならヴィクトール様があちこちで話しているし、隠すことでもないもの」


 アレックスに捕らわれていた時も力を使っていたし、「本当に治癒能力があるのか」と疑ってくる貴族が現れることも想定内だ。


「ネリは彼女が心配なのね」

「…………幼馴染ですから」

「ふふ、あなたも素直じゃないわよね。うーん、……でも……、どうにかできないか少し考えてみるわ」


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