外伝④ 燕斉連合軍襲来⑴ 嵐の予感
次は西門豹の物語です。
紀元前419年4月、ついに魏国東部前線の平和が崩れた。
「西門豹将軍、一大事にございます!」
伝令兵が血相を浮かべながら慌ただしく西門豹へ走ってきた。
「何事じゃ?」
西門豹は嫌な予感がしたが、伝令兵の余りにも焦っている様子を見て、かえって冷静さを取り戻して聞いた。
「斉軍20万の大軍が国境を越えて侵入しました!」
「何だとっ!?」
西門豹が取り戻した冷静さは瞬く間に消え、代わりに顔に大いなる焦りが出た。
「さ、さらに!」
「『さらに』だと!?まだあるのかっ!」
「は、はい。斉軍と呼応する形で燕軍10万も侵攻の気配を見せております!」
「………」
あまりの過酷な状況に、西門豹は絶句してしまった。
「斉軍は既に侵攻してきているのです。早くご下知を!」
「……わかっておるわ!」
「鄴一帯に臨時の緊急招集令を出せ。今日中に5万集めるぞ。モタモタしてないでさっさと行け!」
西門豹は伝令兵に叫んだ。伝令兵もこの状況を深く理解していたらしく、駆け足で立ち去った。西門豹は俯いて今後のことを思案した。すると視界に二人の老いた大男が入った。
「そう焦らずとも良いですぞ。大将軍」
「朱蓋と朱匡か」
西門豹は目線を上げて言った。
「いかにも。にしても良くお分かりで。弟はまだ一言も発していない気がしますが」
朱兄弟の兄の方、朱蓋が首をひねる。
「その大きい図体が視界に入ったのだ」
「なるほどのう。これでも減量したのですが。まあそれはさておき、貴方は焦りすぎです」
「何を言っておる!?燕斉連合軍30万が迫ってきているのだぞ!それに対して我らは10万も集まるかどうか……」
西門豹は、朱蓋は能天気すぎだと激しく非難した。
「だいたい貴殿はいつもそうだ。この前だって、朱匡が止めねば大敗していたのだぞ」
西門豹は、この前の戦のことを思い出して非難を強めた。その時は、朱蓋が単騎突撃したせいで作戦が台無しになったのだ。
「まあまあ、とりあえず考えるべきはこの現状の対応。兄者を庇うわけではありませんが、今は目の前のことに専念するべきかと」
まだ喋っていなかった大男兄弟の弟、朱匡が西門豹を宥めた。
「確かにそうだが……。この過酷な状況は、どう足掻いても打開できぬ」
西門豹は苦悶の表情を浮かべて言った。
「ここで諦めれば、魏国の最前線にいる民たちが他国の奴隷に成り下がるのですぞ!それを分かって仰っているのか」
老練な策士、朱匡は語勢を強めて言った。しかしこれは演技である。「民」という言葉を使えば、西門豹が奮い立ち諦めを捨てると分かってあえて言ったのだ。そして西門豹はまんまと引っかかった。
「分かっておるわっ!さっきは口が滑って言ったまで!本当はまだ諦めておらぬ!軍議を始めるぞ。皆を呼べ!」
朱兄弟の兄、朱蓋は唖然としている。「猿並みの知能」と影では罵られている彼には、なぜ西門豹が弱腰から強気な姿勢に変わったのか、いまいち分かっていない様子だった。西門豹の豹変ぶりと、それにただただ驚く兄の姿を見て、朱匡は軽く笑みを浮かべた。
絶体絶命の状況を、西門豹はどう打破するのか!