第06話 最終回増量スペシャルなのでした
「ディラックは言いました。 『ノーベル賞なんかもらったら有名になっちゃうよぉ……めんどいから辞退しよっかな』 答えてラザフォードは言いました。 『気持ちはわかるけど、辞退したらもっと有名になっちゃうよ?』 『ふえぇ』 しかたなくディラックはノーベル賞を受け取ったのでした。めでたしめでたし」
「面白い! 面白かったよお姉ちゃん! さすがはお姉ちゃん!」
今日は妹からのお願いで『物理学者列伝』の語り聞かせをやっています。
「明日はリーゼ・マイトナーのお話がいいな!」
リーゼマイトナー? 誰でしょう。調べておかなくては。
かえでに色々なお話をせがまれるおかげで私も色々と雑学が身につきました。
そんなどうでもいい日常の中に魔法少女代理という役割が入ってきてから半年ほど経ちました。
私もだいぶ慣れてきて、うまく業魔の鎧さんを叩けるようになったと思います。
「じゃあおやすみお姉ちゃん」
「おやすみ」
魔法少女回数券:『テレレッ! テレレッ!』
それぞれの部屋に行こうとしたとき、リビングの壁に日めくりカレンダーのようにかけてある魔法少女回数券の束が点滅してアラームを鳴らしました。
「あれ? 業魔の鎧が出たかな」
「こんな時間に珍しいね」
わりと空気の読める業魔の鎧さんは、授業中や深夜に現れることはめったにありません。
かえでと二人で回数券をちぎり取ります。
扉がひとつだけ現れて、メイドさんが出てきました。
あれ? 一人だけです。
「 ! どうしたんですかその格好!」
メイドさんはボロボロでした。
メイド服があちこち破けています。ちょっとエッチな破けかたで、きわどい所まで見えています。
「サービスシーンの一環でやす。それよりてえへんですアネさん、こゆみのアネさんとみなとのアネさんが業魔の鎧に取り憑かれやした!」
ひょわ!?
「魔法少女でも取り憑かれたりするんだ」
「へい。油断してるとそういうこともありやす。寝込みを襲われたみたいでやすね。緊急出動であっしらが駆けつけたんでやすが、お二人の闘いに巻き込まれてメイド服を破かれてしまいやした。サービスは忘れやせん!」
「暴れてるのね。じゃあ急いでみなとさんをやっつけないと! こゆみ先輩が大変だ!」
かえではこゆみさんを先輩づけで呼んでいます。みなとさんはさん付けです。
お二人を同格に扱いたくないので差をつけているそうです。
取り急ぎ変身です。
扉から追加でメイドさんたちが出てきます。
みなさんメイド服がエッチな感じに破けています。
トランスフォームステージで私とかえでの二人だけの変身シーンです。
「えへへ、お姉ちゃんとリップの塗りっこ!」
『また新規作画かー!』
どこか遠くからアニメーターさんの悲鳴が聞こえてきました。
魔法少女ジャージ姿になって急いで現場に向かいます。
薄暗いアンリアルスペースの中を、ほのかに光るライトグリーンのジャージとピンクのジャージがメイドさんたちを引き連れて駆け抜けていきます。
到着した河川敷では、二人の業魔の鎧さんが殴り合っていました。
片方がパイプ椅子を持っているので、どっちがどっちだかはすぐ分かります。
『ぼっち不良! ぼっち不良! ぼっちじゃなくなって良かったね!』
『暴れんな! 暴れるやつは、ボコす!』
『あははー、こゆみは何だかんだ構ってくれるから好き! 飴もくれるし家まで送ってくれるし! もみじもかわいいから好き! 妹ちゃんも私に冷たくて好き! みんな好き! いじめたい!』
『もみじをいじめんな! かわいそうだろ! 甘やかせ! 撫でろ! お菓子を口に入れろ!』
(*ひらがな変換済みです)
二人ともずいぶん喋りますね。
私の横で妹が「うんうん、お姉ちゃんは甘やかさないとねー」とうなずきながら私の頭を撫でたり金平糖を口に入れたりしてくれます。
殴り合う二人のHPバーがどんどん減っていきます。
「私たち見てるだけでいいんじゃ?」
そんな気もします。
ついに中身がみなとさんの業魔の鎧さんのHPが0になりました。
『暴れ足りないよー』
そう言い残して、中身がみなとさん入りの業魔の鎧さんはあちこちがベコベコに凹んだ業魔の鎧さんになって動かなくなりました。
「お疲れ様です、こゆみさん」
わたしは中身がこゆみさんの業魔の鎧さんに話しかけます。
『あっもみじ! 今日もかわいいな! もっと暴れたいけど人に迷惑がかからないように殴れるものが何かないかな!』
こゆみさん入りの業魔の鎧さんが、動かなくなったみなとさん入りの業魔の鎧さんにちらりと視線を向けます。
『これもっと殴っていいかな』
その隙を見て、背後から忍び寄ったかえでがこゆみさん入りの業魔の鎧さんに襲いかかりました。
「バーゲンセールの会場で主婦から授かった必殺技フライングニーバット!」
かえでの奇襲で残り少なかったHPがすぐに0になり、こゆみさん入りの業魔の鎧さんはあちこちがベコベコに凹んだ業魔の鎧さんになって動かなくなりました。
「お姉ちゃんはみなとさんに近づかないでね、こっちは私が封印するから」
かえでがみなとさんを、私がこゆみさんを、それぞれ胸に手を当てて業魔の鎧を封印します。
すっぽんぽんになった二人にメイドさんたちが手早くジャージを着せました。
業魔の鎧が封じられた二つの黒い宝石を、メイドさんがアタッシュケースにしまいます。
「これでいっぱいになりましたね、ふふふ」
アタッシュケースを持ったメイドさんが何やら嬉しそうに笑います。
「ふー、助かった。まさかまた業魔の鎧に取り憑かれるとはな。ありがとな、もみじにかえで」
あずき色の普通のジャージを着たこゆみさんが私の口にたけのこを入れてくれました。絶滅してなかったんですね。
反射的にもぐもぐします。おいしいです。おいしいですが、クッキーがもそもそして食べづらいです。きのこ派って唾液の分泌量が少ないんですよね。
「楽しかったー。もっと暴れたいなー」
みなとさんがパイプ椅子を素振りしてます。
「ならば存分に暴れるがいい」
「え?」
アタッシュケースを持ったメイドさんが、何か悪そうな顔をして笑っています。どうしたんでしょうか。
そういえば、このメイドさんだけメイド服が破けていません。
「こいつ! あっしらじゃありやせん!」
「そのアタッシュケースを返すでやす!」
「反逆の狂魔術師、登場ォ! フルチャージ業魔の鎧、暴着!!!」
邪悪そうに笑う偽メイドさんがアタッシュケースを開くと、そこから黒い光がほとばしり、偽メイドさんに飛びかかった本物メイドさんたちを吹き飛ばします。
「ひえええーっ! サービス!」
本物メイドさんたちのメイド服がさらに破けてほとんどすっぽんぽんです。
「こちらもサービス!」
偽メイドさんの服が弾け飛び、こちらもすっぽんぽんになりました。
アタッシュケースから飛び出してきたたくさんの黒い宝石が、鎧のパーツに変形して装着されていきます。
装着されるたびに「あんっ、あんっ」とエッチな声をあげています。
「自動的に装着されるとは芸が無いぞー」
「変身シーンを工夫しろー」
「やかましい! 反逆の狂魔術師ゴーマ! 見! 参!」
文句を言う本物メイドさんたちに取り合わず、鎧を全部つけ終わった狂魔術師さんがポーズを決めて名乗りを上げます。
『その狂魔術師名はすでに使われています』
そっけないアナウンスが流れました。
「なにーっ! どこのどいつが! じゃあ反逆の狂魔術師ゴーマゴーマ! 見参!」
『はい、ゴーマゴーマ、登録されました』
「通ってよかったー、これがダメなら『ほかほかゴーマねえさん』とかにしなきゃならないかと思ったよ」
「てえへんですアネさん! 業魔の鎧を封印した宝石を狂魔術師に奪われて装着されてしまいやした!」
そうですね。見てたから知ってます。
「設定のおさらいをいたしやす。魔法異世界マギワルドで人々に業魔の鎧をむりやり着せて暴れさせた迷惑行為でマギワルドから追放された狂魔術師は、性懲りも無くこちらの世界で迷惑行為を続けているんでやす」
ちょん!
「ここからまだ語られてない設定でやすが、業魔の鎧を着せられて暴れると黒い宝石にゲバルトエナジーってのがチャージされるんす。奴がいま装着してる業魔の鎧はそれでかなり強化されてるはずでやす」
ちょん!
「それでなくてもマギワルドの住人だった狂魔術師は魔法少女よりかなり強いでやすからね。戦うとなるとかなり不利でやす」
厄介な相手のようです。
「ねーねー! 存分に暴れろって言ったよね! 暴れさせてくれるの!? 早く! 早くー!!!」
その狂魔術師さんの肩をみなとさんがつかんで揺さぶってます。
「ゆゆゆ揺らすなななー、ちょっと待ててて今やるから! やるかららら!」
狂魔術師さんがみなとさんをペシっとはたき倒して踏んづけます。
「ふう。では行くぞ! 魔改造! 魔法少女回数券→業魔の鎧回数券!!!」
そう言って狂魔術師さんがどこからか取り出したものは、魔法少女回数券の束でした。
「あの回数券はうちのリビングにかけてあったやつだ! 裏にお母さんが書いた買い物メモがある!」
かえでが叫びます。
「ジュースこぼした跡があるのは私のだね!」
踏まれたままのみなとさんが言います。
「一枚一枚名前が書いてあるのはオレのだ!」
こゆみさんが言います。几帳面ですね。
「お前らの家から盗んできたのさ! こいつをこうして、こうだ!」
回数券を黒い光が包みます。
ピキピキと音がして、魔法少女回数券が、原料であるドラゴンさんのウロコに戻っていきました。
「さあ! 存分に暴れるがいい! 業魔の龍鎧! 暴着!!!」
ウロコの形をした業魔の鎧回数券が、狂魔術師さんに踏まれているみなとさんに次々とまとわりつき、装着され始めました。
「ぬうう! ぬうう!」
装着されるたびにみなとさんが男らしい声をあげます。
すっぽんぽんにされていないので、業魔の鎧回数券がジャージの下に潜り込んでいくのがかえってエッチです。
ジャージが破れ飛び、みなとさんを包む業魔の鎧回数券の塊が ドン! と巨大化しました。
『鎧着て』
うずくまった巨体が、のそり、と立ち上がります。
『暴れるの』
見上げるようなその姿は、ドラゴンっぽい外見で、黒い体に赤い模様の入った、あちこちに痛そうなトゲトゲのある、とっても凶暴そうな鎧さんです。
『たのしーーーーー!!!!!』
みなとさん入りの業魔の龍鎧さんが楽しそうに暴れ始めました。
『たのしーたのしーたのしー!』
アンリアルスペースには生き物はいませんが、現実と同じ不動産はあります。
そんな建物などを、みなとさん入りの業魔の龍鎧さんは踏んだり蹴ったり殴ったりして壊しています。
とっても楽しそうです。爽快感を感じます。
「くっ、オレも変身しないと! メイドさん、魔法少女回数券の予備とか無いのか?」
こゆみさんが言います。今は生身の状態ですからね。
「予備は100枚くらいあったんでやすけど、この間みなとのアネさんにバーベキューの火種にされてみんな燃やされてしまいやして」
「かーっ! やりそうだよ! やりそうだよみなとのヤツなら!」
『たのしー! なんだかピンク色のものをいじめたくなってきたなー!』
ひょわ!?
「魔改造でドラゴンの性質が再生されてるみたいでやすね」
『あー、ピンクがいるー。いじめよー』
ひょわわわわわわ
「か、かえで、こゆみさんをお願い!」
「わかった! 気をつけて!」
生身のこゆみさんを守らなければいけませんが、狙われている私がそうするわけにはいきません。
「お供いたしやす」
メイドさんたちがピンクの布をかぶってついてきてくれました。
『ピンクがいっぱいだー、たのしー、いじめるー』
「しっかりしてください! みなとさん!」
みなとさん入りの業魔の龍鎧さんの攻撃を避けながら呼びかけます。
予備動作の大きい単調な攻撃で、私でも何とか避けられます。
いつもまっすぐで裏のないみなとさんです。
「正気を取り戻せ! みなと!」
こゆみさんが叫びます。
「正気なのでは? いつもとあんまり変わんないし」
かえでが言います。
「でもみなとさん! 殴るとか蹴るとか、そんなザマでいいんですか!」
続けてかえでが言いました。
「パイプ椅子はどうしたんですか!」
ピタリと、みなとさん入りの業魔の龍鎧さんの動きが止まりました。
『パイプ椅子、私のパイプ椅子はどこ、どこ?』
視線をさ迷わせています。
「ここだぞ!」
こゆみさんがパイプ椅子を掲げて見せました。
『あー! 私のパイプ椅子うー!』
みなとさん入りの業魔の龍鎧さんがこゆみさんの方へ向かおうとします。
「ほらほらー、ピンク色ですよー!」
反対側から私が呼びかけます。メイドさんたちもピンクの布をヒラヒラさせて誘います。
『ぎゃおお』
業魔の龍鎧の中のドラゴンさん成分がこちらへ向かおうとします。
みなとさん入りの業魔の龍鎧さんは互いに反対方向へ向かおうとする欲求で動けなくなりました。
『そうだ! 手分けしよう。私はパイプ椅子の方行くからドラゴンはあっちいけばいいよ!』
『ぎゃおお』
バキッと音がしてみなとさん入りの業魔の龍鎧さんの胸のあたりが割れて足が突き出てきました。
中から蹴破ったみたいです。
そこからすっぽんぽんのみなとさんが飛び出てきました。
「パイプ椅子うー!!!」
「今だ! 攻撃!」
「どっちを?」
「み……じゃなくて、業魔の龍鎧を!」
「ちぇっ。 はああっ! 通信教育で教わった旋風脚!」
飛び降りてくるみなとさんの横ををすり抜けて、かえでが中身がいなくなった業魔の龍鎧さんに襲いかかります。
メイドさんたちも殴りかかります。
「えい! えい!」
私も一所懸命叩きます。
飛び出てきたみなとさんをこゆみさんが抱き止めました。
「高いとこからムチャすんなよ!」
「えへへー、こゆみは何だかんだでかまってくれるから好きー。パイプ椅子ちょーだい」
「……ったく」
「なんだろくに暴れてないじゃないか。これじゃゲバルトエナジーが溜まらないな」
そんな場面を見物していた狂魔術師さんが言います。
「では次だ。魔改造! 魔法少女コスチューム→業魔の鎧!」
狂魔術師さんの手から黒い光が二つ、放たれました。
それぞれ私と、かえでに当たって包み込みます。
「ひゃあんっ!?」
「…………っ!?」
ピキピキと、私たちの着ている魔法少女ジャージが、そのまま業魔の鎧に変化していきます。
ああ
なんだか
とっても暴れたい気持ちです
『河原の石が丸い! 割ってやる!』
かえで入りの業魔の鎧さんが河原の石を割ってます。
私も暴れたいですけど、どうしましょう。
「こちらをどうぞ、アネさん」
ちょうどいいのがいますね。
メイドさんに促されて、みなとさんが抜け出てぐったりしている大きな業魔の龍鎧さんを叩きます。
『えい! えい! ごめんなさい!』
「時間は稼ぎやしたけどマズイすね。魔法少女が全滅でやす。もう回数券も無いんで変身できやせん」
「燃やしてごめんねー」
「くっ、どうすれば!」
『河原の石割るのたのしー』
業魔の龍鎧さんの抜け殻を叩くのたのしーです。
「ったく、妊婦を働かせるんじゃないよ」
満月を背にして、お腹の大きな綺麗なお姉さんが私たちを見下ろしていました。
「魔法少女定期券! 改札!!!」
綺麗なお姉さんがその手に持った【魔法少女定期券】を掲げます。
無数の光が飛び散り、無数の扉が現れ、そこから無数のメイドさんたちが出てきました。
暴れていた私とかえでがたちまちメイドさんたちに取り押さえられます。
身重の体をいたわるように、綺麗なお姉さんの変身が始まります。
優しく服が脱がされ、優しく魔法少女コスチュームが着せられていきます。
マタニティドレス風の、綺麗な水色の衣装です。
「魔法少女テーキケン、降臨」
静かに、祈るように手を組んだポーズで、名乗りをあげます。
そしてすぐ、
「オラァ! パージ!!!」
綺麗なお姉さんの拳から発せられた衝撃波が、一瞬で業魔の龍鎧さんをバラバラにし、私とかえでに取り憑いた業魔の鎧も砕け散りました。
あっという間に黒い宝石に封印されます。
あとにはすっぽんぽんの私とかえでが残りました。
「お前は、初代魔法少女! 25にもなって魔法少女を続けてる初代魔法少女! 産休中に働いちゃダメだろ! お腹の子は大丈夫?」
狂魔術師ゴーマゴーマさんが綺麗なお姉さんを睨みつけます。
「ああ。産休中だから、アタシがしてやれるのはここまでさ。あとは任せたよ。さあメイドども! まだ語られてない設定を教えてやりな!」
ちょんちょんちょんちょんちょんちょん!
「そうでやした! もみじのアネさん! 実は、使用済み回数券を10枚集めると金の回数券1枚と交換できるんす!」
そんな設定が。
クリアファイルに集めてある使用済み回数券は今40枚ほど溜まっています。
金の回数券4枚と交換できます。
「家まで取りに行く余裕があるでしょうか……」
「これのことー? こないだもみじの家に遊びに行ったとき持ち出したんだけど。バーベキューの火種になるかと思って」
みなとさんがパイプ椅子の座面の下に付いている物入れからクリアファイルを取り出しました。
「おまえな……でも好都合だ」
クリアファイルの上にユニバーサルデザインの矢印が浮かび上がります。
指示通りにすればいいんですね。
私と、みなとさんと、こゆみさんと、かえでがそれぞれ10枚ずつ、重ねた使用済み回数券を掲げて「応募!」と叫びます。
使用済み回数券が、金の回数券に変わりました。
みんなで金の回数券を投げ上げます。
魔法少女に変身です。
金色のドアが現れて、パリッとしたメイド服を着たメイドさんたちが出てきてすっぽんぽんのメイドさんたちと交代します。
トランスフォームステージが展開され、こゆみさんのジャージが脱がされてすっぽんぽんになります。もともとすっぽんぽんの私とかえでとみなとさんはそのままです。
BGMと背景演出の中、メイドさんたちが魔法少女コスチュームを私たちに着せていきます。
それはジャージではなく。
ひらひらしたピンクのドレス。
ふわふわの黄色いドレス。
白銀の鎧。
薄緑の毛皮ビキニにネコミミとしっぽ。おヒゲ。
最初に魔法少女になった時の、もともとの魔法少女コスチュームでした。
こゆみさんとかえでが、私とみなとさんが、ペアになってお互いにリップを塗り合います。
「最終回くらいはもみじとペアしないとね!」
みなとさんがリップで私の額に『肉』と書こうとして、かえでとこゆみさんに頭を叩かれました。
胸元に宝石が装着されます。
「ひゃあんっ!」
「ぬうう!」
「きゃん!」
「…………っ!」
体に走る衝撃に、それぞれ色っぽい表情で声をあげます。
「魔法少女カイスーケン!」
「魔法少女マッハケン!!!!!」
「魔法少女ハッピーアーム!」
「魔法少女アーケル!」
四人でポーズを決めました。
「統一感の無い魔法少女ユニットだな……」
狂魔術師さんが私たちを見てつぶやきます。
それは思います。ジャージの時は統一感あったんですけど。
「では最初は苦戦して、それから今まで業魔の鎧から解放してきた人々の祈りを受け取ってパワーアップして逆転する流れでお願いしやす!」
メイドさんからの指示です。
そういう流れなんですね。
「やってみろぉ! 魔法少女ども! マギワルドより追放されし反逆の狂魔術師の力、見せてくれる!!!」
狂魔術師さんの風格のある態度です。
とっても強そうです。
『がんばれ! 魔法少女! 作画のことは気にするな!』
アニメーターさんの祈りが届きました。
流れと違います。まだ苦戦してません。
『助けてくれてありがとう!』
『鎧着て暴れるの楽しかった!』
『鎧着て叩かれるの気持ちよかった!』
『すっぽんぽんがえっちだった!』
『きのこおいしい!』
『たけのこおいしい!』
流れを無視してどんどん祈りが届きます。
祈りを送ってくれるみなさんのイメージ映像はみんなすっぽんぽんです。
なんだか狂魔術師さんがあきらめたような顔をしています。
「はいはい、どうせわたし負けるんでしょ。勝てば? フンだ」
拗ねてしまいました。
「ごめんなさい! 行きます!」
四人で手を重ね合わせます。合体技です。
私たちの体が光に変わっていきます。
「「「「マジカルシャイニングスパイラルシューーーート!!!!!」」」」
ピンク、イエロー、シルバー、ライトグリーンの光が絡み合って、狂魔術師さんに向かって行きます。
そこに、送られて来た祈りの光も合流します。
「はいはい、一応反撃。ダークボルテックス。どうせ効かないんでしょ。フンだ」
拗ねた態度で狂魔術師さんが黒い光を撃ってきました。
私たちの光と、黒い光が激突します。
一瞬の拮抗の後、ダークボルテックスを押し返して、マジカルシャイニングスパイラルシューーーートが狂魔術師さんを襲います。
「あんんんっっっ!!!」
狂魔術師さんのフルチャージ業魔の鎧が砕け散り、すっぽんぽんになりました。
その余波で私たちの魔法少女衣装も破れ散って、すっぽんぽんになってしまいました。
ついでにメイドさんたちも余波ですっぽんぽんになりました。
「最終回、出血大サービスでやす!!!」
無事なのはメイドさんたちに守られた綺麗なお姉さんだけです。
「すぐ着替えを出しやすんで」
すぐにみんなにジャージが配られて、私たちもメイドさんも狂魔術師さんもおそろいのあずき色のジャージ姿になりました。
「封印!」
綺麗なお姉さんがバラバラになったフルチャージ業魔の鎧を黒い宝石に変えます。
再びアタッシュケースに厳重にしまわれました。
ジャージ姿の狂魔術師さんはジャージ姿のメイドさんたちに取り押さえられています。
「さて、狂魔術師。アンタは首輪つけて強制労働だ。ドラゴンのウロコを剥がす仕事についてもらうよ」
そういう罰のようです。
「ふん。わたしを倒したくらいで安心するなよ、狂魔術師はまだ10人くらいいるからな!」
そんなにいるんですね。
「すみませーん、マギワルドの方から来ました〜。狂魔術師はこちらで引き取りますー。この度はこいつ追放したせいでそちらの世界に大変ご迷惑をおかけしてすみませんでしたー」
「すみませんすみません、こいつはしっかり働かせますんで、すみません」
「あ、マギワルドの魔術師さんがた、お勤めご苦労様でやす」
マギワルドから来た人たちが狂魔術師さんを縛り上げて連行して行きました。
「とりあえず、一件落着でやすね。姐さん、産休中にお手数おかけしやして申し訳ありやせん」
「なに、気にすんな………………おや?」
「え?」
「産まれそう」
ひょわっ!!!?
綺麗なお姉さんがお腹を押さえて膝を着きました。
どどどどどどどうすれば
こ、こゆみさん
こゆみさんは青くなったり赤くなったりしながら口をパクパクさせてます。
ダメそうです。
みなとさんはパイプ椅子を持ったり下ろしたりしながら「ぬ? ぬ? ぬ?」とか言ってます。
ダメそうです。
「警察? 自衛隊? 国連? んんんんん!」
かえでもダメそうです。
「てえへんだてえへんだてえへんだ」
メイドさんたちも右往左往しています。
ダメそうですね。
ひょわわわわわわわ
ひょわわわ
ひょわ
私は、
私は、
私は頼りになるお姉ちゃん!
「メイドさん! とにかく変身解除! アンリアルスペースじゃ医者にも行けない!」
「へ、へい!」
私は、がんばれるんだから。
「お姉さん! こういう時は救急車を呼ぶ、でいいんですか?」
綺麗なお姉さんが苦しそうに首を振ります。
「こーくんに……電話……」
赤ちゃんのお父さんのことでしょうか。
アンリアルスペースを解除してリアルに戻ってきます。
「スマホ借りますね。少し目を開けてください」
スマホの顔認証を解除します。
「この『こーくん』という連絡先でいいですね? スピーカーにしてかけます」
コール1回で出ました。
『はーちゃん? もしかして産まれそう?』
そういえばお姉さんの名前を知りません。
「こーくん……」
「もしもし、そばに付いてるものです。産まれそうです。場所は……」
『位置情報共有してるから大丈夫! すぐ行く!』
話が早いです。助かります。
「すぐ来ますよ。お姉さん。座った方がいいですか? あっちのベンチに行きましょう」
ベンチにピンクの布を重ねてその上に座ってもらいます。私も隣に座ります。
「かえで、反対側で支えてて」
「う、うん」
「少し……落ち着いてきた。メイドを……帰らせた方がいい。人通りが少しありそうだから、見られると、良くない」
綺麗なお姉さんが言います。
「そうですね、メイドさんたちは帰っててください」
「でやすが……」
「いいから……帰ってな。アタシの言うことが聞けないか?」
「へ、へい、では姐さん、ご武運を」
メイドさんたちが扉の向こうへ消えて行きます。
土手の上で見張っていたこゆみさんが手を振り始めました。お姉さんの幼馴染さんが着いたようです。早いですね。
「歩けますか? 行きましょう」
かえでと両側で支えながら車へ向かいます。
「はーちゃん!」
車から出てきた幼馴染さんが駆け寄ろうとして、こちらの様子を見て車に戻って後席のドアを開けました。
お姉さんを車に乗せます。
「シートベルトはさせたくないから、いっしょに乗って両側で支えててくれるかな」
「はい!」
私とかえでも車に乗り込みました。
こゆみさんが窓から覗き込みます。
「オレたちも後で行っていいですか? 病院は?」
「森浜医院だよ。良かったら来てくれ」
幼馴染さんが車を発進させました。
無事産まれました。
女の子です。
「とにかく助かったよ。やっぱりいい子だねえ。見込んだ通りだよ」
「いえ、役に立ったなら良かったです」
「頼もしかったよ。ありがとね」
お姉さんの産後も順調のようです。
以前妹に語り聞かせをしたことのある『産まれそうな妊婦に出会ったらできること』の内容を覚えていたのが少しは役に立ちました。
「指を握ってくるよ、なにこれなにこれ」
「きゃわわわわわ」
「抱っこ? 無理無理、落とす、絶対落とす」
みなとさんとこゆみさんとかえでが赤ちゃんを構っています。
「あの子らも魔法少女か。増やしたもんだねえ。まあいいさ。好きなようにやっていいんだ。あんたは自由だ。生まれた時からね」
生まれた時から。
この赤ちゃんも今から自由なんですね。
これから自分の望みを叶えながら日々育っていくのでしょう。
「産休の続きと、育休も取るから、まだしばらく魔法少女の代理を頼むよ。捕まえた狂魔術師に取って来させたドラゴンのウロコでいま回数券作ってるから。後で渡すよ」
「はい、がんばります」
「ちゃんと自分のためにも使うんだよ。九割くらいは私的に利用していいから。業魔の鎧さえちゃんとぶちのめしてくれればあとは好きなように使っていいんだからね」
「ええと、はい、大丈夫です」
テレレッ、テレレッ。
綺麗なお姉さんの魔法少女定期券が点滅しています。
「おや、できたみたいだね」
空中に小窓が開いて、そこから魔法少女回数券が4綴り、出てきました。
「とりあえず4人で使って1クール分だね。ついでにどこかで業魔の鎧が出たみたいだよ。行ってきな」
「はい! みんな、行きましょう」
「指の力強いね、さすが赤ちゃん」
「きゃわ、きゃわ、きゃわ、きゃわ」
「さわるとか無理無理力加減分からない無理無理」
「行きますよー」
「あ、うん。よし、業魔の鎧をボコしに行こう!」
「朋恵ちゃん、またねー。きゃわきゃわ」
「行こうか。頼りにしてるよお姉ちゃん! 赤ちゃん怖い」
魔法少女ユニット、また出動です。
今日もがんばりましょう。