第05話 妹とアニメーターとジャージでした
「湯気は少なかったけどお湯は緑色に濁ってたねー」
「化石海水ってやつだな。しょっぱかった」
「えい! えい!」
三人で業魔の鎧さんをボコしながら、温泉の思い出を語り合います。
私もがんばって業魔の鎧さんを叩きます。
HPのバーを0にしないと封印できないそうです。
「肌はつるつるになったねー」
「食事もうまかったな」
「えい! えい!」
ピキーン、という効果音とともに業魔の鎧さんのHPが0になり、黒い宝石の上に封印アイコンが現れました。
「ふう」
「お疲れ様でやす、アネさんがた」
「今回の封印係誰だっけ」
「オレだな」
「今度も放流? 仲間にしないの?」
「無闇に増やしてもしょうがないだろ」
こゆみさんが業魔の鎧さんの胸の黒い宝石に手を当てます。
ビシビシと鎧にヒビが入って、バラバラに砕けて黒い石に吸い込まれていきました。メイドさんが黒い石を拾い上げてアタッシュケースにしまいます。
例によって鎧の中身はすっぽんぽんの女の子です。
その女の子は、まっすぐ私のことを見ていました。
「おや? こゆみ以来の意識がある人だ」
「お姉ちゃん、なにやってるの!」
女の子は、私の妹のかえででした。
私は魔法少女姿でパイプ椅子に座り、妹はジャージ姿で私を見下ろしています。
「危ないことしちゃダメでしょ! でもその衣装かわいい! 一所懸命私を叩くお姉ちゃんもかわいかった!」
「た、叩いてごめんね、痛くなかった?」
「大丈夫。あの鎧着てると叩かれるの気持ちいいんだよ」
「そうなんだ…… あのねかえで、私いま、魔法少女っていうのをがんばってるの。こゆみさんもいてくれるし、危なくないから大丈夫だよ」
「私もいるよ! 私もいるよ!」とみなとさん。
「敬語じゃないもみじって何か新鮮だな」
そう言うこゆみさんに妹が得意げな顔をします。
「お姉ちゃんは外で弱気なぶん、家の中では私にお姉さんぶってみせるんです。かわいいでしょう!」
「そりゃかわいいな」
「あなたは最近お姉ちゃんの話に出てくるいい人こゆみさんですね! だいぶお姉ちゃんを甘やかしてくれているようですけど、それにかけては私の右に出る者はいませんよ! 『頼りになるお姉さん扱いしてあげる』という究極の甘やかしは私にしかできませんから!」
「か、かえで? 私、ちゃんとお姉ちゃんできてるよね……?」
「もちろん頼りになるお姉ちゃんだよ! いっぱい頼ってお姉ちゃんの自尊心を持ち上げてあげるね! 高く高く!」
かえでが「たよりたより」とか言いながら抱きついてきました。
こゆみさんが私の口にチョコを入れてくれました。
みなとさんが私の脇の下をくすぐろうとしてバシッと二人に叩かれました。
ええと、うん、大丈夫。私は頼れるお姉ちゃんです。そのはずです。
「どうせこの子も魔法少女になるんでしょ。メイドに説明させよーよ」
みなとさんの提案で、変身したまま私の家に移動して、かえでへの説明です。
私たちの家のリビングに集まりました。
24人のメイドさんたちは入りきらないので、説明係に一人だけ残してあとは帰ってもらいました。
「お茶とお菓子出しますね」
私がキッチンに立ちます。
「お手伝いいたしやす」とメイドさん。
「いえ、座っててください」
「そういうわけには」
「お姉ちゃんにやらせてあげて。みんなのお世話しようとするお姉ちゃんかわいいでしょう!」
「かわいいな」
「いじめていい?」
「ダメです」
メイドさんからかえでへ魔法少女の説明が終わりました。
「ふーん、あれ業魔の鎧っていうんだ。いきなり窓から入ってきて私をすっぽんぽんにして勝手に鎧が装着されて、そしたら無性に暴れたい気分になって河原の石が丸いのが気に入らなくて割ったりしてた」
「そこに魔法少女が襲いかかったってわけだね!」
「お姉ちゃんのなよなよパンチ、かわいかったなー」
「私のパイプ椅子攻撃は?」
「ウザかったですね」
「それで、どう? かえでも魔法少女やる?」
「もちろんやるよ。こゆみさんはいい人そうだけどみなとさんがこんなじゃお姉ちゃんがかわいそうだし」
「それじゃ変身だね! 何色になるかな? おっぱいの大きさからすると、赤? 黄緑?」
「こちらをどうぞ、アネさんの妹さんのアネさん」
メイドさんがかえでに魔法少女回数券を差し出します。
かえでが回数券を一枚ちぎって投げました。
ひとつだけ出してあったドアからメイドさんが新たに8人ゾロゾロと出てきます。
「特に意味のない設定でやすが」
「あっしらメイドは」
「全員で意識を共有した」
「集合体」
「です」
ちょんちょんちょんちょん!
特に意味のない設定を特に意味もなく説明してから、メイドさんたちが妹の変身に取りかかります。
まずはすっぽんぽんです。
BGMと背景演出の中、かえでに魔法少女コスチュームが装着されていきます。
毛皮のビキニに肉球付きのもこもこしたグローブとブーツ、先端にリボンのついたしっぽとネコミミカチューシャ、最後にほっぺにかわいいおヒゲが生えます。
胸元に宝石が装着された時の反応は、声はあげずに頬を染めて黙って耐えるような表情でした。色っぽいですね。
かえでがくるんと回ってぱちんとウィンクしました。
つねづね言い聞かせている通り、相手に近い方の目を閉じるウィンクです。私のこだわりです。
「獣人系魔法少女爆誕! 魔法少女アーケル!」
『はい、アーケル、登録されました。アーケルってのは植物のカエデの学名のラテン語読みですね』
アナウンスさんが唐突にうんちくを入れてきました。
「薄緑系だったかー。おっぱいに合ってるね」
「魔法少女の先輩として色々と教えてね! 頼りにしてるよお姉ちゃん!」
頼りにしてるよお姉ちゃん……!
「まかせなさい!」
拳をぐっとにぎって胸を張ります。
「もみじ、ちょっとなでてやるから膝に乗りな」
「え? はい」
こゆみさんの膝に座ります。
その上にみなとさんが座ってきました。
重ももももももももも
「降りろ! もみじが重がってるだろうが」
「質量は存在の証!」
みなとさんがかえでに蹴り落とされました。
「お姉ちゃんとみなとさんを2人きりにしないようにしないと」
「そこは気をつけてる」
「でも確かに自慢できるお姉ちゃんだよ。学校の成績もいいし」
こゆみさんが私の頭をなでながら言います。
「そうですね、いつも私が授業で何を習ったか根掘り葉掘り聞くので、それが復習になってますから。私に教えなきゃならないぶん授業もしっかり聞くことになりますし」
なるほど、私の成績がいいのは妹のおかげなんですね。
あれ? 私は頼りになるお姉ちゃん……
「お姉ちゃんのおかげで私の成績も爆上がりだよ! 頼りになるお姉ちゃん!」
私は頼りになるお姉ちゃん!
コンコン
誰かがリビングの窓を叩きました。
そちらに目をやると、庭に業魔の鎧さんがいました。
「ひょわ!?」
「ボコす!」
みなとさんが嬉々としてパイプ椅子を振り上げます。
『ワ、ワタシハ……』
「しゃべったっ!?」
業魔の鎧さんがしゃべりました。今まで無かったことです。
『ワタシハ…………あにめーたーダッ!!!』
この業魔の鎧さんはアニメーターのようです。
『キサマラハ…………キサマラノ作画こすとハ高スギル!!!』
業魔の鎧さんは私たちに怒っているようです。
『セッカク変身バンクヲ描イタノニ、使イマワシデキナイしーんバッカ増ヤシヤガッテ! ヤットノコトデ三人イッショノ変身しーんヲ描イタノニスグ四人ニ増ヤシテンジャネーヨ!!!』
ちょんちょんちょんちょん!
拍子木が入りました。
「カタカナだと読みづらいんでひらがな変換しやすね」
ひらがな変換:
『私はアニメーターだ。貴様らの作画コストは高すぎる。せっかく変身バンクを描いたのに使い回しできないシーンばっか増やしやがって。やっとのことで3人いっしょの変身シーンを描いたのにすぐ4人に増やしてんじゃねーよ』
「以後は変換した状態でお送りしやす」
アニメーターさん入りの業魔の鎧さんが言葉を続けます。
『そんなわけで今後、貴様らの魔法少女コスチュームをジャージに変更することを要求する! ヒラヒラした服とか模様入った鎧とか描くの面倒なんだよ! いや描くのは楽しいんだけどスケジュールがきつい』
アニメーターさん入りの業魔の鎧さんからの要求でした。
「作画の手間は大して変わらんような気がしやすけどねえ。いかがいたしやすか、アネさんがた」
「んー、オレは別にジャージでもいいよ。鎧にこだわりがあるわけじゃないし」
「私もパイプ椅子さえあればオッケー。ジャージだとおっぱいの大きさも分かりやすいしね」
「別にいいと思うよ。お姉ちゃんなら何着てもかわいいし」
「いいの? 獣人系魔法少女になったばかりなのに」
「わたしもこだわりは無いし、お姉ちゃんとお揃いってのもいいから。お姉ちゃんはどう? ジャージ」
「私もジャージで構わないかな」
「それでは今後の魔法少女コスチュームはジャージに変更ってことにいたしやす。大事なのは衣装ではなく変身途中のすっぽんぽんでやすからね」
「それでは改めて変身、参りやしょう!」
メイドさんが魔法少女回数券を差し出しました。
四人で一枚ずつちぎり取り、投げます。
私の家のリビングでは四人で変身するには狭いのではと思いましたが、今回の変更点でコスチュームのジャージ化の他に、トランスフォームステージという変身用の空間が新たに設定されました。
私たち四人とメイドさんたちが存分に踊り回れるくらいの広い空間です。
今後変身はここでやることになります。
背景作画の節約になるそうです。
魔法少女姿だった私たちがすっぽんぽんにされます。
私とみなとさんのひらひら衣装、こゆみさんの鎧、着たばかりだったかえでのネコミミ獣人コスが脱がされます。
メイドさんのリードでポーズを取らされながら、パンツ、ブラ、靴下、Tシャツ、短パン、ジャージ下、ジャージ上と着せられていき、運動靴が履かされます。
「いったんリップを落としやすね」
メイドさんにリップを拭き取られました。
そしてこゆみさんと私、みなとさんとかえででペアになり、お互いの唇にリップを塗り合うという演出が入ります。
「百合百合しいシーンはウケやすからね!」
「私とお姉ちゃんがペアになるパターンもあるよね!」
「もみじとみなとがペアにならないようにしないとな」
最後に装着される宝石はジャージには合わないので、胸元で光に変わって全身を包み込む仕様になりました。
「ひゃぁん!」
「きゃん!」
「ぬううう!」
「…………っ!」
ちょっとエッチな声が出てしまうのは相変わらずです。
「そこは売りどころでやすからね!」
「塚原かえでは魔法少女アーケル! ジャージの色はライトグリーン!」
「肘川こゆみは魔法少女ハッピーアーム! ジャージの色はシルバー!」
「水元みなとは魔法少女マッハケン!!! ジャージの色はイエロー!!!!!」
「塚原もみじは魔法少女カイ・スー・ケン! ジャージの色はピンク!」
メイドさんが用意してくれた台本通りに名乗りをあげ、四人でビシッとポーズを決めました。
『アア……作画メッチャ大変ソウ……デモコレサエ描イテオケバ、使イマワセル。尺が稼ゲル』
特に叩いてもいない業魔の鎧さんのHPバーが自動的に0になりました。
「あー!まだボコってないのにー!」
みなとさんが悲痛な声をあげました。
『コレデ……良シ』
封印も勝手に進行して、鎧はバラバラになって黒い宝石に吸い込まれていき、後にすっぽんぽんの女性が残りました。
倒れ込むアニメーターさんをメイドさんが抱き止めます。いつも通りジャージを着せました。魔法少女ジャージではなく普通のジャージです。
「お疲れ様でやす、アネさんがた。これの始末はやっときますんで」
メイドさんがアニメーターさんを担ぎあげて言います。
「埋めるんなら穴掘るよ!」
「自宅まで運ぶだけでさ」
変身を解除しました。普通の小豆色のジャージに着替えて、メイクも落として髪の色も元に戻します。
「お疲れさんでやす。洗濯しといた服はここに置きやすね。ではあっしらはこれで」
メイドさんたちが扉に入っていきます。
使用済み回数券が8枚、残りました。
内訳は最初に変身してた分が3枚、かえでが魔法少女になった分が1枚、そのあとみんなでジャージに変身したぶんが4枚で計8枚です。
「お茶は飲んじゃったし、今日はもう解散かな。かえでちゃんの歓迎会はまた後で改めてやろう。それとは別にコスチュームジャージ化記念会もやろう。宴会は多いほど良し!」
「そうだな。あ、もみじ、お茶の後片付けオレもやるよ」
「またこゆみがもみじを甘やかしてる! 私はやらない! 手伝わずに帰る!」
「そこは期待してないから安心しろ」
「安心した!」
みなとさんが帰っていき、こゆみさんとかえでと私とでお茶の後片付けをして、こゆみさんも帰りました。
「今日は色々あったねお姉ちゃん」
「そうだね、かえでが魔法少女になったり衣装がジャージになったり」
「これからいっしょにがんばろうね!」
「うん。私ね、がんばれるんだよ。魔法少女やってて分かった」
「お姉ちゃんはいつだってがんばってるよ」
「そっかな?」
「そうだよ。また勉強教えてね。明日は心室細動除去機の使い方と使用上の注意点について知りたいな」
「うん、調べとくね」
がんばりますよ。
私は頼りになるお姉ちゃんですから。
アニメーターからのお知らせ:
「BD第5巻の特典映像は温泉回! 行ってないはずの妹ちゃんやメイドたちも加わって、みんなお風呂ですっぽんぽん! 湯気はさらに少なく、お湯も透明に変更されるので、お楽しみに!」