第04話 ドラゴンさんをひどい目に遭わせました
「じゃあ行くよ!!! 皆の衆!!!!!」
「声でけーようるさい。もみじは大丈夫か? 緊張してるな。深呼吸してみな」
「ははい、すう、はあ、すう、はあ」
「こゆみはもみじばっかり甘やかして! 私も甘やかしてよ!」
「飴でも舐めてろ。はい、もみじも」
「ありがとうございます」
飴玉を受け取ります。
今日は三人で「狩り」にお出かけです。
♢ ♢ ♢
「回数券が足りない?」
一週間ほど前。魔法少女ユニットを結成した日。
メイドさんが言うには、ひとつ問題があるそうです。
「へい。13枚のうち、もう5枚も消費しやしたからね。三人で変身するとあと2回しか使えやせん」
そっか、使う人数が増えたので足りなくなったんですね。
「綺麗なお姉さんは足りなくなったら追加するって言ってましたけど」
「それは姐さんが補充してくれるって意味ではなくて、自分で取ってこいって意味でやすね。姐さんの言うことですからねえ。……ああっ! しまったあ!」
突然メイドさんが叫びました。
どうしたんでしょう
「いま第一話を読み返してみたら、もらった回数券は13枚じゃなくて26枚でやした!」
あれ? そういえばそうです。
「第一話の時点では回数券が足りなくなるイベントとか考えてやせんでしたからね。うっかりでやす。どうつじつま合わせやしょうかね」
「今から第一話を修正してくればいいんじゃない?」
みなとさんの提案です。
「もう読んじゃった読者に告知するのが面倒だし、なんか書き直すのが嫌みたいでやす」
「普通に26枚もらった設定のままでいいんじゃないか? どうせ三人で使ってたらいずれ足りなくなるだろうし」
こゆみさんの提案です。
「それが合理的なんすけど、回数券が残り少ない、という緊迫感が無いと今回の補充イベントがつまらなくなるでやしょう? 変身7回分も残ってると余裕がありすぎるというか」
「じゃあ私がうっかり13枚の回数券を燃やしちゃったってことにするよ!」
みなとさんの提案です。
「おー、それいいな。お前そういうことやりそうだし」
「『やりそう』じゃなくて、『やった』のさ!」
そんなわけで、魔法少女回数券をひと綴り、みなとさんがバーベキューの火種にして燃やしてしまったということになりました。
「残りの回数券は8枚。三人で使うとあと2回しか変身できやせん。補充しなければ!」
「いいよー、切迫した感じが出てる!」
これでいいみたいです。
「それで、回数券はどこで補充できるんですか?」
「ドラゴンのウロコをひっぺがすんでさ」
「はい?」
「この世界とマギワルドの狭間にある竜の森に住んでる全長20メートルほどのドラゴンのウロコをひっぺがすんでさ」
どどどどどどらごごごごんん
「ドラゴンをぶち殺せばいいのね! 楽しそー」
「ドラゴンは不死身なんで殺せないんですが、昏倒させることはできるんで、その隙にベリっと」
「いっぱい剥がすよ!」
「強いのか? ドラゴンって」
「魔法少女が3人もいれば大丈夫でさ。ちなみにメイド隊は竜の森に入れないんで、アネさんがただけで行ってもらうことになりやす」
さ、3人だけ……
「それと注意事項なんでやすが、ドラゴンはピンク色のものを見ると興奮して襲いかかってくる性質がありやす」
ひょわわわわわわわわわわわ
「囮、がんばってねー」
みなとさんが楽しそうに私の肩をポンと叩きます。
「大丈夫、囮なんかやらなくていい。オレがピンクの布でもかぶって囮をやるよ。もみじは隠れてていいから」
こゆみさんがかばってくれます。
「こゆみはもみじに甘いなー」
「塚原はおどおどしててかわいいと前々から思ってたからな」
「いじめたくなるよねー」
「守りたくなるんだよ! お前みたいなやつからな」
♢ ♢ ♢
それなりに疲労するだろうからということで、回数券の補充は休みの日にすることになりました。
それまでの間は業魔の鎧さんも空気を読んで出てこないとメイドさんは言ってました。
一応人目を避けて、寂れた神社の境内に集まって、三人で回数券をちぎり取ります。
「変身バンクを一人づつ流すんではなくて三人そろった変身シーンを新たに作画! スケジュールが大変!」
「複数いると乳合わせとかできていいですね! これぁ売れやす!」
三人ですっぽんぽんになるのはまた別の恥ずかしさがあります。
「魔法少女カイスーケン!」
「魔法少女マッハケン!!!!!」
「魔法少女ハッピーアーム!」
みなとさん、声大きいですね。
「ではアンリアルスペースのあちらの方から竜の森に繋がってますんで。途中まで案内させていただきやす」
「じゃあ行くよ!!! 皆の衆!!!!!」
「声でけーようるさい」
【メイドは立ち入り禁止】
そう書かれた看板の向こうに森が広がっています。
「あっしらはここまででさ。ではアネさんがた、ご武運を」
「くれぐれもお気をつけて。アネさんがたなら心配いりやせんが」
「アネさんがたなら大丈夫でさ。必ず帰ってこれます」
「ご無事をお祈りいたしやす」
「絶対大丈夫でやす」
むしろ不安が増してきました。
貰った飴玉を口に入れます。
いつでも美味しいものは美味しいです。
「ウロコべりべり♪ ウロコべりべり♪」
みなとさんが歌いながら迷いの無い足取りでずんずん進んでいきます。
私とこゆみさんはその後をついていきます。
「みなとがいるとどっちに向かうか迷って立ち止まることだけはなさそうだ」
少し開けた空間に出ました。
「ここらでいいかな。おーい!!! ドラゴーン!!!!! ウロコくれー!!!!! ピンク色もいるぞー!!!!!!!!!!!」
みなとさんが物凄い大声をあげました。
木々の枝から鳥さんがバタバタと落ちていきます。
ズン ズン
森の奥から足音が響いてきました。
真っ赤な体の大きな大きなドラゴンさんが、森の中から姿を現しました。
フラフラとした足取りで、私たちのいる広場に着くと。
ズシーン!
そこに倒れ伏してしまいました。
「あれー? もしかして私の声でノックアウト? やったね! うー! やー! たー!!!!!」
みなとさんがまた大声を張り上げると、ドラゴンさんの体がビクンと跳ねてお腹を見せてひっくり返りました。
不死身とはいえオーバーキルです。
「剥っがっそー♪ 剥っがっそー♪」
みなとさんが歌いながら何のためらいもなくウロコを剥がし始めました。
「オレらもやろうぜ」
こゆみさんに促されて、私もウロコに手をかけます。
「ごめんなさい!」
ベリッ
簡単に剥がれました。
剥がしたところにすぐ新しい透明なウロコがシュッと生えてきて、『このウロコは剥がさないでください』と表示されます。
「えー、このウロコ取れないー」
みなとさんが新しいウロコを剥がそうとしてますが、剥がれないようです。
しばらくベリベリとウロコを剥がしていると、ドラゴンさんの目がパチリと開いて、飛び起きました。
みんなあわてて離れます。
「キュオーン」
ドラゴンさんは一声鳴いて森の奥に走っていきました。
「あー! まだ剥がせそうなのあるのにー! 待てー! うーやーたー!」
ドラゴンさんは耳を塞いで走り去っていきました。
「逃したかー。もっと剥がしたかったなー」
こゆみさんが囮をやるために持ってきたピンクの布が、赤いドラゴンさんが飛び起きた拍子に飛ばされて、私のすぐそばの木にひっかかっていたので、拾います。
そこで、森の暗がりの中に光る大きな目と、目が合いました。
真っ黒で、大きな大きなドラゴンさんの目です。
ピンクの布を持ったピンクのカラーリングの魔法少女が、ドラゴンさんに見つめられています。
「ギャオオオオオオ!!!」
ドラゴンさんが血走った目で襲いかかってきました。
「ひょわわわわわわわ」
「逃げろ! もみじ!」
「また剥がせる! 囮がんばってー!」
振り下ろしてきた前足を、必死でよけます。
何とか足は動きました。
「ひょわっ、ひょわっ、ひょわっ」
ドラゴンさんの連続攻撃をがんばってかわします。
私がんばってます。
ああ、私、がんばれるんだ。
何事にも真剣に取り組むということがなかった私ですが、今は本気で逃げ回っています。
何度目かの爪の一撃をかわしたところで、尻尾が唸りを上げて迫ってきました。
かわせそうにありません。
バシイイイイイッ!
白銀の鎧が、尻尾を受け止めました。
「大丈夫かもみじ!」
こゆみさんの頼もしい背中です。
「ありがとうございます!」
「囮ご苦労さん」
いつの間にかドラゴンさんの頭の下に潜り込んでいたみなとさんが、持ってきたパイプ椅子を思い切り真上に振り上げました。
「垂直離着陸アッパー!!!」
顎に強烈な打撃を喰らったドラゴンさんの体が大きくのけぞり、一瞬静止する演出を挟んで、地響きを立てて仰向けに倒れました。
「うーやーたー!!!」
ピクピクと痙攣するドラゴンさんの耳元で、みなとさんがトドメに叫びました。
ビクンと硬直して、ぐったりと動かなくなります。
「よし剥がそー。定期的に気絶させるからいっぱい剥がそうね!」
そんなわけでドラゴンさんが目を覚ましそうになったらまたみなとさんのミラクルボイスで昏倒させて、どんどんウロコを剥がします。
剥がしたそばから次のウロコが生えてきて、ドラゴンさんのウロコがどんどん新しくなっていきます。
黒かった体はキラキラ光る透明なウロコで白く輝いています。
「こんなもんかなー」
ドラゴンさんをひっくり返して背中のウロコもあらかた剥がし終えました。
ここまで来ると黒いウロコを残しておくほうが中途半端な気がします。
よし、もう残ってませんね。
「……もみじ、ちょっとみなとに毒されてるぞ。甘いもの摂ってやさしさを取り戻せ」
こゆみさんが私の口に飴玉を入れてくれました。
ドラゴンさんに追い回されて少しささくれ立っていた心がやわらかになります。
少しの赤いウロコと山のような黒いウロコを、メイドさんが貸してくれた『いっぱい入るカバン』に詰め込みます。
全部入るか心配でしたが、大丈夫でした。
「じゃあ帰ろう。面白かったねー。また剥がしたいな」
「しばらくは要らないだろ、こんだけあれば」
「これでどれくらい回数券ができるんでしょう」
【メイドは立ち入り禁止】の看板のところまで戻ってくると、メイドさんたちが出迎えの列を作って待っていてくれました。
「「「「お勤め、ご苦労様でございやす!」」」」
「いっぱい剥がしたよー」
カバンをメイドさんに渡します。
「おお、こいつあ大漁ですね。これなら何クールでも保ちやす」
「何百枚もできやすね。今後回数券が足りなくなることはなさそうでやす」
「では『魔法少女回数券補充イベント』クリアでやす。クリア報酬の『秘境温泉2泊3日の旅』旅行券が後で送られてきやすんで、お楽しみください」
「温泉回で、すっぽんぽん! 湯気は少なめ! お湯は透明!」
変身を解除して三人ともジャージ姿になりました。
アンリアルスペースからリアルワールドに戻ってきます。
「では、ウロコを回数券に加工してお持ちしやすんで。三日後に回数券でお呼びください。残り5枚あれば間に合いやすね。ではまた」
メイドさんたちが扉に入っていきます。
扉が光って消え、使用済み回数券が3枚残されました。
拾ってクリアファイルに挟んでおきましょう。
「はー、破壊活動って気持ちいーねー。今度の連休温泉行こう」
「続けて言われると温泉で破壊活動するんじゃないかって心配になるな」
「こゆみさん、守ってくれてありがとうございます。みなとさんもお疲れ様でした」
「もみじは大変だったな。疲れたろ。送ってくよ」
「私も! 私も甘やかして!」
「はいはい。送ってってやるよ」
「まだ日も高いし、私ん家でお菓子食ってだらだらしよ!」
「へえ、みなとにしては悪くない提案だな。もみじはどう?」
お友達のお家訪問!
「行きたいです!」
グッと拳を握って言ったら、みなとさんとこゆみさんが私の頭をなで始めました。
「かわいいなあ」
「いじめちゃだめ?」
「だめだ」
「お菓子を食べさせるのは?」
「それはいいな」
そうして三人でみなとさんのお部屋でゆっくりしました。とても楽しい時間でした。
家に帰ってきて、ベッドに転がって今日のことを思い出します。
ドラゴンさんから真剣に逃げ回った時の熱が、まだ少し私の中で燻っていました。
私は、がんばれる。
そのことを嬉しく思います。
これからもがんばりましょう。