第01話 代理を頼まれました
「アタシ産休取るから。その間、代わりに魔法少女をお願いね」
「はい?」
突然窓から入ってきた綺麗なお姉さんにそんなことを言われました。
知らない人です。
「えっと、とりあえず、妊娠おめでとうございます?」
「まずそこに反応するかー。やっぱりいい子だねぇ。断られなさそうで都合がいいよ。はいこれ」
ひと綴りになったお札を渡してきました。
「魔法少女回数券26回分だよ。1ダースにおまけが1枚の13枚綴りが2セット。週一で使って2クール分さ。足りなきゃ追加するから」
「はあ、あの、これはどういうものなんでしょうか?」
「説明書は読むタイプかい?」
「普通読むと思いますけど……」
「普通と来たかー。真面目なのはいいことだけどね。読まなくても案外なんとかなるもんだよ。説明書を読んでからこの世に生まれてきたわけじゃあないだろ?」
そういうものでしょうか。お腹を撫でながら言うのを見ているとなんとなくその通りな気もしてきます。
「使いながら覚えるのが今の流行りさ。小説だって設計図作らず書きながら展開考えても意外と話が繋がるもんだよ。じゃあ頼むよ。まかせたからね。さいならバイビー」
そう言って綺麗なお姉さんが二階の窓から出て行こうとするので、あわてて止めて、玄関まで案内しました。
お腹の子に障りがあるといけません。
「ほんといい子だねえ。いいかい、魔法少女の力。ちょっとくらいなら自分のために使っていいからね。アタシは五割くらいは自分のために使ってたしね。九割だったかな? とにかく思うようにやりな。あんたは自由だ。生まれた時からね」
去っていくお姉さんを見送ります。
だいぶ混乱した頭を鎮めるために、何か飲もうと思ってキッチンに行くと、リビングに真っ黒な鎧を着た人がいました。
紫色にゆらゆら揺れる光を立ち上らせて、あちこちに痛そうなトゲトゲがついた、とっても危なそうな鎧さんです。
ぐるるあ、なんて唸り声もあげていて、どう見ても友好的ではありません。
「ひょわわわわ」
口調のせいで冷静な性格に見られがちな私ですが、実際はすぐにあわててしまう小心者です。
窓から入ってきた綺麗なお姉さんへの対応に精神力を使い切ってしまった今の私には、剣呑な様子で近づいてくる鎧さんに対処する術はありません。
ガクガクと震える足で後退りして、何かにつまづいて尻もちをついてしまいました。
その拍子に、さっき綺麗なお姉さんから渡されたお札を取り落としました。
そのお札が光っていました。
点滅していました。
テレレッ、テレレッ、なんて着信音みたいな音も鳴っています。
ここを引け、って感じの矢印がお札の上に出ています。直感的に使用法が分かるユニバーサルデザインのようです。
導かれるまま、ひと綴りになったお札の一枚をちぎりとります。
すると、投げなさい、と指示してる感じの湾曲した矢印が出たので、それに従ってお札を投げました。
投げたお札がピカッと光ります。その光がいくつかに分かれてリビングに散らばると、光の数だけのドアが現れました。7つ、いえ8つくらいでしょうか。
ドアが一斉に開いて。
中から8人のメイドさんが出てきました。
「オラァ! 迷惑かけてんじゃねぇぞ!」
メイドさんのうちの二人が危ない鎧さんを罵倒しながら拘束します。
残りの6人が私を取り囲みました。
「では魔法少女の醍醐味、変身シーンです!」
二人のメイドさんがラーラーラー、と歌い始めました。とっても綺麗な声です。シンセサイザーでセルフ伴奏してます。
別のメイドさん二人は花びらやキラキラ光る星やくるくる回るリボンなんかで空間を華やかに演出しています。とっても綺麗でこの二人が魔法少女みたいです。
最後の二人のメイドさんは、私を立たせてくれて、
それから私の服を脱がせ始めました。
あれよあれよという間に、私はすっぽんぽんにされてしまいました。
「大丈夫、リボンや花びらで肝心な部分は視聴者には見えないようになってやすから」
恥ずかしがる私にそう言ってくれますが、恥ずかしいものは恥ずかしいです。
というか視聴者がいるのでしょうか。
「BD版ではちょっと見えちゃうかもしれやせんけどね!」
よく分からないことを言ってメイドさんは今度は私に服を着せてくれます。
ピンクのカラーリングのかわいい衣装です。
でもちょっとスカートが短くないでしょうか。
一枚着せられるごとにBGMのメイドさんたちからキラーン! なんて効果音が鳴らされます。
脱がされるのも着せられるのもあっという間でした。
衣装を全部着せられ終わると、今度は眼鏡を外されてカラーコンタクトを入れられました。それからポンポンと手際よくメイクをしてくれます。
下地にファンデーション、シャドウとチークを入れられ、まつ毛もきれいにカールされます。
リップが塗られて、目の前に大きな鏡が置かれると、そこに私じゃない私がいました。
続いて爪にピンクのマニキュアが塗られます。
その上から手袋をはめられましたけど塗った意味があるのでしょうか。
それから三つ編みの髪がほどかれて、『決して髪を痛めぬ魔法の髪染め』と書かれたスプレーをシュッと吹くと、髪がグラデーションピンクになりました。
ファサッ、と髪が広げられます。
仕上げに胸元に赤い石のついたブローチが付けられ、石がピカッと光ると私の全身に電流が流れるような感覚が走りました。
「ひゃあんっ!」
なんだかエッチな声が出てしまいました。
「これぁ売れやす!」
メイドさんがグッと親指を立てます。
「名乗りを!」
メイドさん二人が私の手足を持って何やら決めポーズのような格好にさせます。
えっ、どうすれば。
「『魔法少女なになに』って感じでお願いしやす!」
名前、えーっと、えーっと、魔法少女、魔法少女、
ひと綴りになったお札が目に入りました。
「魔法少女、カイ・スー・ケン!!!」
なんとなく中華っぽい響きの名前になってしまいました。
『はい、カイ・スー・ケン、登録されました』
登録されてしまいました。後から変えられるでしょうか。
変身している間も二人のメイドさんに拘束された鎧さんはグルルア、とうなりながら暴れようとしています。
もしかして鎧さんと戦わなければいけないのでしょうか。
怖いです。
「あの、この方と戦うんでしょうか?」
「いえいえ、アネさんの手を煩わせるまでもありやせん。お気楽になさっててください」
メイドさんたちが鎧さんに向き直ります。
「舐めてんじゃねぇぞコラァ! ぶち殺したるわ!」
鎧さんに襲いかかりました。
拘束されて身動きの出来ない鎧さんをタコ殴りです。
音楽担当のメイドさんが戦闘曲を演奏してくれます。みんな生き生きしてます。生命力というものを感じます。
やがて危ない鎧さんはあちこちがベコベコに凹んだ鎧さんになって動かなくなりました。
「私、変身した意味あるんでしようか……」
「もちろんでさ。ささ、こいつを封印なさってください」
なるほど、そういう役目があるんですね。
ユニバーサルデザインの矢印が鎧さんの胸元にある黒い石を指し示しています。
手のひらを当てるようなアイコンも表示されてます。分かりやすいですね。
手のひらを当ててみると、ビシビシと鎧にヒビが入って、バラバラになって黒い石に吸い込まれていきました。
鎧が無くなると、中からすっぽんぽんの女の子が出てきました。
気を失っているようです。
「このかたは?」
「戦いが終わるとこういうサービスシーンがあるんすよ」
質問の答えになってません。
「業魔の鎧に取り憑かれていた人間でやす。【業魔の鎧】は人間に取り憑いて暴れる悪いやつです。人間をすっぽんぽんにしてから取り憑くのでやっつけるとすっぽんぽんの中身が残るってわけです」
恥ずかしいのであまりすっぽんぽんと口に出さないで欲しいです。
「この人が悪いわけではないんですね? とりあえず何か着せてあげないと」
「こういう設定ですから着替えもちゃんと用意してまさあ。いま着せたりますね」
着替えはジャージでした。下着も用意してあります。サイズも色々そろえているようで、カップまできちんと合わせていました。
大きいですね。別にうらやましくはないですけど。
ぐぬぬ。
というか、よく見たら同じクラスの同級生でした。話したことはあまりないですけど。
業魔の鎧に操られるなんてかわいそうです。
何か寝言を言っています。
「むにゃむにゃ、鎧着て暴れるの楽しー」
…………操られてたんですよね?
「これの始末はこっちでやっときやすんで」
クラスメイトさんを担ぎあげてメイドさんが言います。
「えっと、始末というのは」
「家まで運ぶだけでさ。埋めたりゃしやせんよ」
「お家がどこか分かるんですか?」
空中にユニバーサルデザイン矢印のガイドが浮かんでました。分かるんですね。
「その石はこちらで預かりやす」
鎧を吸い込んだ黒い石をメイドさんに渡すと、丈夫そうなアタッシュケースにしまい込みました。
「では変身を解きますね。そりゃ!」
「きゃあ!」
またすっぽんぽんにされてしまいました。
「けっこう汗をかいたと思いますからねー」
絞った濡れタオルで全身を拭いてくれました。
「サービスサービスどちらへ向けて〜♪」
変な歌を歌ってます。
メイクもマニキュアも落として髪の色も元に戻りました。
それから着せてもらった服はジャージでした。
下着も新しいものでサイズもぴったりです。ぐぬぬ。
「最初着てた服は洗濯しときますんで」
「ありがとうございます。あ……」
ふらついて倒れそうになりました。
メイドさんが抱き止めてくれます。
「すみません……」
「お疲れ様です、アネさん。あとはあっしらにお任せください。このままお部屋にお運びいたしやすね」
お姫様抱っこで運んでくれました。力ありますね。
ベッドにそっと寝かせてくれます。
「ではごゆっくりお休みください。何かありましたらいつでも魔法少女回数券でお呼び出しください。炊事洗濯マッサージ、なんでもやりやすんで」
勉強机に私の眼鏡を置いてメイドさんは部屋から出ていきました。
すう、と瞼が重くなります。
「よっしゃ、リビング掃除すっぞー」
夢うつつにそんな声を聞きながら。
私の意識は沈んでいきました。