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コーヒー味

作者: 髙橋祐貴斗

休憩室に降りてきたら、先客が一人。丁度コーヒーを飲み終えた所のようだった。彼女は読んでいた本に栞を挟み、カップを片手に立ち上がった所で、丁度部屋の入り口にいた自分と目があった。

「のむ?」

彼女がこちらに気づいて、簡潔に問う。

「あ、あぁ」

問われたことに驚いて、目を瞬かせながら答える。ここを使う人間の大半がコーヒー派で、棚に共有のドリップコーヒーは置いてあっても、紅茶の茶葉は無い。ここに来るときは、だいたい自分で茶葉を持ってくるし、気を使って準備しようかと問う仲間に断り続けていたし、自分が紅茶派だと周囲に浸透してからは問われなくなって久しい。


「ん」

咄嗟のことで、断り損ねた曖昧な返答を彼女は是ととったらしく、テーブルの上に置いてあった小さな菓子包みを取って、奥へと消えた。


まあいいかと座る。コーヒーより紅茶が好きなだけで、飲めないわけではない。

さっきの、ラッピングされた菓子包み。贈り物か貰い物か。

……ひとまず、自分には関係なさそうだと思い直す。

バレンタインデーには縁のない性格であるから、こういう日でもラボに籠もっていられるのである。

仲間内の何人かは、チョコ貰ってくる!と喜んで外に出ていったのもいるが、そういうイベント事が面倒臭いタイプが、逃げるように休日にラボに集まって来ていて、甘い匂いのしないここは僅かばかり世間から隔離されている。


「はい」

「ありがとう」

湯気の立つコーヒーカップを2つ持って、彼女が戻ってくる。

糖分が欲しいので砂糖でも入れようかと思っていたが、渡されたカップには既に細いスプーンが入っていた。コーヒーの、目が覚めそうな苦い香り。

「甘いのは平気でしょ」

「ああ」

頷く。

だいたいここに来るときは、頭に糖分が欲しいときだ。どれくらい既に砂糖が入ってるか分からなくて、スプーンに手を付ける。ひと混ぜして飲んでみようと思ったが、予想外にスプーンが重くて、手が止まった。


既に座って本を開いていた彼女の方を見るが、こちらを気にした素振りもない。

作ってもらったものに苦情を出すわけにもいかず、スプーンを持ち上げる。


スプーンの先端についた、溶けかけたチョコレート塊とハッピーバレンタインの文字。チョコレートを溶かして飲む、ホットチョコレートスプーン、というやつだ。

「これ」

「来月はコーヒーに合いそうな菓子でちょうだい」


本から目を離さずに、とても簡潔に彼女が答えた。

照れ隠しなのか、ギブ・アンド・テイクなのか、判別しづらい淡々とした声音。


「了解した」

どちらでも良いか、とコーヒーに口を付ける。

苦くて甘い、彼女らしい味だった。

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