第八話
ノクトのいる広大な草原の頭上には雨雲が広がり湿った臭いが漂い始める。
夜になった事に輪をかけて空を覆う雨雲により月と星の光が遮断されノクトの周りは真っ暗だ。
ノクトの頬を撫でる風も少し前に比べて肌に張り付くような湿り気が増して気持ち悪くなる。そして草原に生える草の葉に雫が落ちる。一粒、一粒、水滴が落ちていき徐々にその数が増えて数秒もしないうちに空から大粒の雨が降り注ぐ。
「嫌な雨だな」
周りに雨宿りができる場所がないノクトは徐々に雨の勢いが増す中、雨曝しで祠の前で警備していた。
こんな雨の日にはどうしても思い出してしまう。エドワードが悪魔と戦い悪魔の援軍の不意打ちにより死んでしまった時の事を。
触った手に伝わっていく死んでしまったエドワードの体温とその時に振ってきた雨の雫がノクトの肌に伝って体温を奪っていく感覚がこの雨で嫌でもあの時の記憶がフラッシュバックする。
ノクトは頭を横に振って頭の中でフラッシュバックする光景を振り払おうとする。そして今はもし悪魔が襲撃しても良いように備える。
ノクトは雨が降る中、祠を警備していると突然肌がひりつく感覚を覚える。
この感覚には覚えがある。勇者の力を得たからか前の時より鮮明な感覚だった。初めてイプシロンと対面した時に感じた、本能的な恐怖からなのか、潜在的な敵対心からなのかは分からないが、二年前に感じた感覚が蘇った。
今では感覚がより鮮明になったおかげでどこにいるか方向も感じる事もできる。
ノクトは後ろを振り返ると雨の中、雨除けは黒の外套だけの人物が立っている。
羽織っている黒の外套は雨にもかかわらず炎のようにゆらゆらと揺らめき人間の顔とは到底似つかない異形の顔をしている。今まで見たことのあるイプシロンやシグマとはまた違う中肉中背の体格の者だった。
「出たな。悪魔」
ノクトは吐き捨てるような口調でその者を睨んだ。
エドワードと一対一で対等に戦う事ができる戦闘能力を持ち共通している黒の外套と異形の顔をノクトは忘れる事はない。目の前にいる者——悪魔はノクトと目を合わせると恭しく頭を下げた。
「初めましてノクト様。自分の名はカイと申します」
恭しく頭を下げた悪魔——カイは丁寧にノクトへ自己紹介した。
「そんな事はどうでもいい。ここに来たのはお前だけか?」
「おやおや。意外とせっかちですね。ご心配なくここに来たのは自分だけです。ではこちらからも一つ質問よろしいでしょうか?」
ノクトの質問に答えたカイは次にノクトへ質問しようとする。
「何だ?」
「なぜノクト様がこの魔王様の魔力が保管されている祠にいるのでしょうか?」
「そういえばお前達悪魔は知らないんだったな。これを見れば嫌でも分かるだろ」
話し終えるとノクトは左手の甲をカイに見えるようにする。そして左手と右目に魔力を送るように集中する。
魔力を送られた左手の甲と右目には勇者の紋章が浮かび上がった。
「なっ……勇者の紋章⁉」
ノクトの左手の甲と右目に浮かんだ勇者の紋章を見てカイは驚愕した。
「なぜノクト様が勇者の紋章などを宿しているのですか⁉」
「さあな」
カイは驚愕のあまり先程のような落ち着いた様子は跡形もなく消えて声を荒げたがノクトはそんな事に目もくれず一言で会話の流れを切った。
「けどこの勇者の力のおかげでてめえら悪魔を倒せる」
ノクトは腰に携えている鞘に収まっている聖剣を引き抜き構える。
「何という事。ノクト様が勇者の紋章を持つ勇者なんかになられているとはっ」
カイは口が裂けているように見える大きな唇を噛んでいる。よほどノクトが勇者になっている事に悔やんでいるようだった。
「もう一度尋ねるが本当にお前一体なのか?」
「そうですが。それがどうかしたんですか?」
ノクトの質問にカイは悔しさを堪えてノクトの質問に答えた。
「嘘を吐くな。ただの悪魔がこの祠の勇者が組み立てた魔法陣は突破できないはずだ」
「そうですね。かつての勇者が施した罠であるこの立体魔法陣は自分達悪魔では触れでもすれば肉体が大破してしまいます。しかし——」
カイは一呼吸間を開けて次の言葉を紡いだ。
「自分達が何の策もなしで忌まわしい勇者の罠が仕掛けられている祠へのうのうと現れると思いますか?」
どこか含みのあるカイの口調にノクトは嫌な予感が的中しない事を心の奥で思った。
お疲れ様です。
tawashiと申す者です。
本日も読んで頂き誠にありがとうございます。
今回二話連続投稿しますので良ければ次話も読んで下さい。