プロローグ5
空は茜色に染まり気温が下がってきている。
「ああぁぁぁぁーーーー‼」
大声を上げるノクトは地面に背をつけて寝転んだ。
昼間から薪に風の魔術で立てた薪を倒すことなく風の塊を貫通させる訓練を続けて集中力が切れたのだろう。
昼から練習してすでに夕方になっている。
ノクトの横には練習で使用した薪の残骸が山のように積み重なっている。
薪が木屑になっているものもあれば大きな穴が開いているものもある。
風の魔術の訓練で使った薪は薪置き場に置いてあった薪の約二割だ。
半日足らずでそこまでの数を的にして練習していたノクトの集中力は尋常ではない。
そのノクトでもさすがに疲れで集中力が切れたようだ。
ノクトは昼から繰り返していた風の魔術で的を貫通させる訓練を思い返していた。
エドワードがノクトの様子を窺った後からノクトは掌の前に収束した風の塊を的に射出して、的を倒さずに貫通させる訓練を達成するのはさほど時間はかからなかった。
しかし風を収束させる場所を掌の前でなく的である薪の周囲に変えて訓練を開始した途端、訓練が難航した。
風の収束具合が把握しにくいこと、風の収束箇所を複数にすると掌の前と違い風同士が干渉しあい上手く収束できないこと、的の中心を正確に狙いにくくなったこと。
掌でなく離れた所から魔術を起動させるというポイントが変わった瞬間、泥沼に足を踏み入れたかのように行き詰った。
ノクトは原因を考えるが思い当たる節など山ほどある。
途方もない数の改善点にノクトはもはや溜息しか出ない。
そろそろ夕飯の時間だ。早くしないとまたアンリに怒られると思い、ノクトは渋々重い腰を上げ訓練に使った薪の片付けをする。
粉々になった薪はもう使い物にならない。粉々になった木屑は空の麻袋に詰めた。後日燻製肉を作るのが趣味の隣のお爺さんにでもおすそ分けしよう。
薪を元あった場所に戻した後、井戸に向かい手や目立つ汚れを水洗いして綺麗にする。
そして手を拭き家に戻る。
家のすぐ傍まで来ると家の窓からランプの橙色の光が漏れていた。家の中から外に漂う香ばしい香りがノクトの鼻腔をくすぐる。
ノクトは玄関の扉を開けて家の中に入る。
「ただいま」
「おかえりなさいノクト」
「今日は怒られる前に帰ってきたみたいね」
シャルとアンリがノクトの戻りを出迎えた。
ノクトはすぐテーブルの椅子に座り、テーブルの上に頬をつけるよに倒れた。
「あぁー。疲れた」
「こんなに遅くまで訓練すれば疲れるのも当たり前でしょ」
「少しでも早くジジイを追い抜くのに一瞬も時間を無駄にしたくないんだ」
「だからって夜になるまで魔術の訓練するなんて非常識なことはやめてよね。いくら雲の上の存在の養父さんに追い付きたいからって夜まで練習するなんて危ないんだから」
まるで母と息子がするような会話をアンリとノクトがしている。
アンリはノクトの前だと母気質や姉気質になることが多く、よくノクトを注意したり心配する言動をよく見る。
アンリからすれば手のかかる弟分という意識が強く、自分がちゃんとしないといけないと考えてしまう節がある。
なのでノクトからすればほぼ同年齢のアンリは逆らうと痛い目に合う姉貴分に近い立ち位置の認識だ。
ノクトとアンリが話している端からシャルが現れた。
「アンリ、ノクト。夕御飯ができたから運ぶの手伝って」
シャルはノクトとアンリに夕飯を運ぶ手伝いを催促した。
シャルはアンリと双子だというのに容姿以外は似ていない。
性格を言うなら、アンリは明るく周りを引っ張る姉貴肌の少女だが、シャルは大人しく周りについていく妹気質の少女だ。
家事全般ならアンリは掃除は得意だが炊事が不得手だ。シャルは家事に関してこの家を一任しているほど家事は得意だ。
ノクトはこの家の家事を手伝うくらいしかしないので、二人にノクトは頭が上がらない。
「そういえばジジイは?」
ノクトは二人に家の中にエドワードがいないことを質問をした。
「お養父さんは大事な手紙が届いたから書斎に行って中身を確かめてるよ」
ノクトの質問にシャルが答えた。
「また特級回復薬の販売注文か?」
「分からない。なんか封筒を見た時真剣な顔してたから魔法薬の注文とは違うことだと思う」
シャルは手紙を受け取った時のエドワードの様子を含め自身の推察をノクトに伝える。
「そっか。まあ俺が何を考えてもジジイには関係がないし、腹もすごく減ったからジジイ呼んでくる」
「ありがとう、ノクト」
シャルがお礼を言うとノクトは家の奥へ進みエドワードの部屋兼書斎の前へ向かった。
書斎の前に着くとノクトは書斎の扉をノックした。
「なんだ?」
扉の奥からエドワードの声がした。
「ジジイ。夕飯で来たぞ」
ノクトはエドワードに夕飯ができたことを伝える。
「ノクトか、分かった。すぐ向かうからお前は先に戻っていいぞ」
「分かったよ。じゃあ先に戻ってるぞ」
ノクトは用件を伝えると書斎を後にしてキッチンに戻った。
書斎の中にいるエドワードは一つの封筒を手に持って眺めていた。
封筒は純白で赤黒い封がされていた。
封を開けて中身の手紙を見る。
エドワードの表情が手紙の中身を読む度に険しくなっていく。
読み終わる頃には頭を抱えて椅子に座った。
「あと一ヵ月か……」
エドワードは唇を噛んで呟いた。
この先の苦難が押し寄せていることに額を手で押さえていた。
その内容はエドワードの王宮招集だった。
お疲れ様です。
tawashiと申す者です。
いつも早朝と夜の時間に執筆するのですが早朝は手がかじかんでくるほど気温が下がって季節が冬に近づいてきているのをひしひしと感じています。
今回も読んでくださりありがとうございます。