第五話
「シルフィーもかなり修業してるんだな」
「いきなりなんですかノクト?」
「見た時から薄々感じてたけど握手して確信した。この手は本物だ」
「それはお互い様です」
互いに握手した掌に伝わる剣の修業でできたたこの事を言った。
ノクトとシルフィーの掌には剣の修業でできたたこがいくつもできていた。
「女性としてはみすぼらしい手ですが……」
握手したままシルフィーは自分の手に対して一般的な美しい手と比較して卑下する。
「それはシルフィーの努力の証なんだから俺はみすぼらしいなんて思わんけどな」
「あっ、ありがとうございます」
ノクトの不意な言葉にシルフィーは恥ずかしくなってお礼の言葉が上ずってしまった。
互いに握手を解くとシルフィーは握手した手を逆の手で包むように触れてもじもじした。頬も紅潮しているようにも見える。
「何してんのシルフィー?」
「しっ、失敬な。誰のせいだと思っているのですか⁉」
「そこで怒るのもよくわからん」
ノクトの無神経さにシルフィーが怒っていると二人の頭の中にノイズが聞こえる。
『……皆様。転移魔術の準備が予定より早く完了しますので王宮の大広間へ集合して下さい』
王宮魔術師が魔法具を通じてノクト達に連絡した。
ノクトは空を見ると空が昼間の青色から若干赤らんできていた。
「ノクト。私達も大広間へ集合しましょう」
「そうだな」
ノクトとシルフィーは念話の通り王宮の大広間へ向かった。
王宮の大広間へ着くと大広間の床にはいくつもの魔法陣が展開されていた、展開された魔法陣の周りには集会の間にいた人達が全員集まっていた。
「シルフィー殿もようやく来られたようですね」
シルフィーの名前を呼ぶ声がノクトとシルフィーが大広間に来た方向の逆側から聞こえた。
声の方向を見るとそこには一人の青年が大広間の壁に寄り掛かっていた。
青年は寄り掛かっていた壁から離れノクトとシルフィーの下へ歩いてくる。
「どうかなさいましたか。勇者ファルコ?」
青年——ファルコがノクト達へ近づくにつれ遠目では分からなかった詳細な容姿がはっきりと見えた。
ノクトより若干背丈が高く引き締まった筋肉質の体躯は赤と黒を基調にした衣服の上から見て取れる。赤茶色の髪に精悍な顔立ち、切れ長の碧い瞳が相まってさぞや女性受けのしそうな風貌だ。見た目は好青年然とした青年は微笑みの顔で近付いてくる。
そして近付いてきたから分かる。ファルコはシルフィーの傍にいるノクトを見ていなかった。
「僕達勇者も一人は別行動をとります。ですので僕たちの中で誰が一人で悪魔の襲撃を待ち迎えるか話し合いをしませんか?」
「それもそうですね。それでは勇者全員集まる必要がありますね。そういえば勇者ラザフォードはどこですか?」
「勇者ラザフォードなら聖騎士様と上級騎士達と策の最終確認をしてます。彼は僕達が決めた組み分けで良いそうです」
「そのようでしたら私達で決めましょう。ノクトも話に参加して下さい」
シルフィーがノクトの方を向いて話の参加を促すとファルコは初めてシルフィーの傍にいたノクトを見る。
「いやぁ、これは勇者ノクト近くにいたのに全然気が付きませんでした」
「いえ、勇者ファルコ。俺も近くにいたはずなのに気付きませんでした」
微笑んだままファルコはあからさまな嫌味を言うとノクトは嫌味で返した。
「貴方のことは聖母教皇様から聞いておりますよ。二年前の王宮の高等法院ではなかなかの蛮勇ぶりのようで。話を聞いていた僕もびっくりしました」
「こんな俺なんかの話を聞いているだなんてよほど暇を持て余しでいるようですね?」
「気分を害したのならすみません。こちらも十分気を使って話していたつもりなのですが」
「そんな気を使わなくてもよろしいですよ。今の会話だけであなたの底が知れましたから——」
好青年然とした微笑みのファルコが放つ嫌味ったらしい言葉にノクトは顔色一つ変えずファルコを鼻で嗤うような態度で言い返した。
「それに俺達は同じ勇者なのですから回りくどい話ではなく、もっと直接的に話しませんか?クソ野郎」
ノクトの声色が変わった瞬間、ファルコも雰囲気が変わった。先程まで好青年然とした微笑みが嘘のように崩れノクトに侮蔑の目で見る。
「そうだね。これで楽に話せるよ。君のような者に勇者と呼ぶなんて虫唾が奔るからちょうど良かったよ」
「俺もそっちの方があんたみたいなクソ野郎に気を使わなくて済むからちょうど良かった」
「勇者の僕に対してそのような下賤な目で睨むなんて、流石魔王の子孫だ」
「流石、クソったれな聖典のとおりの勇者様だ」
ノクトとファルコは回りくどい話し方をやめて互いに直接的に侮辱しあう。
「二人共本題からずれています!私達の中で誰が別行動をするのか早く決めましょう。周りの人達に迷惑です」
シルフィーが二人の口論に割り込んで制止する。ノクトとファルコは周りを見ると大広間にいる大多数の人はノクト達を見ていた。
「これ以上本題から脱線するなら、話自体をやめて私と勇者ラザフォードだけで決めます」
シルフィーの言葉でファルコは渋々口を閉じた。
「それで、誰が別行動を取りましょうか?」
「それなら俺が別行動を取る。俺が一番勇者になって日が浅い。狙われる確率が高い所へは他の勇者が向かう方がリスクは低くなる」
「賢明な判断だ。魔王の子孫が足手纏いになっては困るからね」
「残念だがクソ野郎の方が勇者の紋章を得た時期が長い。客観的に考えればそうだろ」
ノクトは率先して別行動を取ると伝えるとファルコは賛同する。
「決まりだ。僕、勇者シルフィー、勇者ラザフォードがライエール伯爵家別邸、魔王の子孫が別行動で決定だ。決定しましたので僕は勇者ラザフォードに伝えてきますのでこれで失礼します」
話し合いが終了するとファルコはノクト達から離れていく。
「勇者同士、もう少しは仲良くしたらどうですか?」
「最初に喧嘩を吹っ掛けてきたのはあのクソ野郎だ。それに勇者同士だからって仲良くする道理なんてないはずだ」
「だったら仲良くしろとは言いませんが口論するのはやめてください。周りの空気が悪くなります」
「それはあのクソ野郎次第だ」
ノクトに注意するシルフィーは全く反省する気のないノクトに呆れてしまった。
『それでは勇者様三名を転移させます。勇者様三名は魔法陣の上に来て下さい』
王宮魔術師が大広間全体に響く声で言葉を発する。
「ほら、読んでるぞシルフィー」
「そのようですね」
シルフィーは魔法陣が展開されている方へ足を進めた。
「ノクトも十分気を付けて下さい」
「お互いな」
ノクトと離れ際にシルフィーは気を付けるよう言うとノクトは軽く返事をした。
魔法陣の上にシルフィーとファルコ、もう一人は普通の人間より一回り大きな体躯の顔まで茶色の体毛が生えている獣人の男性が揃った。ノクトは名前だけは聞いた事があったが勇者ラザフォードを見た事がなかったけれど魔法陣に募った事で初めて認識した。
勇者三人が魔法陣の上に立つと魔法陣が輝き出し魔法陣の上に立つ三人の下から光の柱が呑み込む。
光の柱が消えたと同時に三人の姿が跡形もなく消えた。
転移魔術が正常に起動して目的地へ転移したのだろう。
「では残りの勇者様は魔法陣の上まで来て下さい」
ノクトは床に展開された魔法陣の方へ歩く。
魔法陣の中心まで来るとノクトの足元から光の柱が立ち、ノクトの全身を呑み込む。光の柱が消えるとノクトの姿は光の柱ごと跡形もなく消えていた。
お疲れ様です。
tawashiと申す者です。
本日も読んで頂き誠にありがとうございます。
本日も二話連続投稿いたしますので良ければ次話も読んで頂けると幸いエス。