第十三話(裏)
「私は、この世界の真実を知って絶望した。私達がこの世界に何もしていないのに国の都合で利用されるだけ利用されて最後は切り捨てるなんて人のする事じゃない——」
シャルは憎悪に満ちた様子で話し出した。
「そんなの間違ってる。だから私はこの間違った人の思想を、国を世界をより良いものに変えたい」
それは祈りにも似た思いが籠った言葉だった。
「だけど私には変えられるだけの力はない。どうしようもできない。今までもそう。私が非力で何もできなかった。それが一番悔しい」
シャルは心の中に秘めていた思いを吐露した。
その思いの籠った言葉はこの場にいる悪魔達に届いた。
「貴女の意志、私達に伝わりました。貴女もこの間違った世界を変えたいと思って頂けてとても嬉しいです」
オメガが悪魔達を代表してシャルにお礼を言った。
「そんなお主の願いは我々も同じだ。だからこそ我々の力を託したい」
「アルファ!まさか⁉」
シグマはアルファの言葉に驚愕した。
「そうですシグマ。貴方の力も借りたいのです」
「何の話?」
アルファの言葉にシャルは疑問が浮かんだ。
「アルファとオメガ。この二体は勇者達によって肉体の大部分を損傷した。先程イプシロンを復活したように贄があれば復活するなんて事さえ不可能な傷を勇者から受けてしまった——」
アルファとオメガの体が煙のように実体がない理由がシグマの説明でシャルは合点がいった。
「——力だけでも誰かに移す事も考えたが我ら悪魔の中でもこの二体の魔力と神聖力を受け入れるだけの容量がなかった。その力を貴公に譲渡したいとアルファとオメガは言っている」
シャルに自分達の力を譲渡する。シャルにとって一番悔やんでいた非力な自分を克服できる絶好の機会である。
「そんなことしたら二人はどうなるの?」
シャルの質問にシグマは少し言葉を詰まらせたが詰まらせていた口を開いた。
「アルファとオメガの力を渡した後不完全な肉体のアルファとオメガの存在は消える」
シグマの絞り出した答えにシャルは驚愕し言葉を失った。
そこまでしてなぜ自分なんかに力を託すかシャルには分からなかった。
「そんな顔しないで下さい。私達はどのみち長くは生きられません。だからこそ私達と同じ思想と意志を持った貴女に力を託したいのです」
「そうである。これは我々から願った事だ。だから我々の力でより良い世界に導いてくれ」
オメガとアルファはシャルを慰め、自分達の力を受け取ってほしいと伝えた。
同じ意志を持つシャルに自分達の力と意志を託す。
その思いがシャルに伝わりシャルは覚悟が決まった。
「わかった。けどあなた達の意志を引き継ぐわけじゃない。私の意志を貫くだけ」
シャルが自分の覚悟を告げるとシグマはアルファとオメガに歩み寄る。
「話が終わったようだな。では貴公もこちらへ来い」
シグマはシャルを呼ぶとシャルはシグマの後ろについていく。
「これから貴公にアルファとオメガの力を譲渡する儀式を始める。我が言う事をしっかり守る事だ」
シグマがシャルに注意を促した。
「貴公が悪魔の魔力と神聖力に適合できるのはこの部屋に来るまでの仕掛けで検証済みなのは伝えたな?」
「えぇ」
シグマの話に返事をした。
「魔力と神聖力という言葉で括っているが悪魔と人間の魔力と神聖力は質が全く異なる。本来悪魔の力を人間が得ようとすると拒否反応で即死だ。しかし貴公は悪魔の力に全く拒否反応を示さなかった」
シグマはシャルに悪魔の力の性質の違いについて説明する。
「だからといって油断するな。アルファとオメガの魔力と神聖力は悪魔の中でも別格だ。適合できたとしても魔力と神聖力の総量に貴公の肉体が耐え切れない可能性もある」
「そんな事どうでもいい。今私は二人の力を使ってより良い世界にする事しか考えてない」
シグマが儀式に伴う危険性を語るとシャルはその危険を聞いてなお自分の意志を貫く事を前のめりに答えた。
シャルがアルファとオメガの傍に来た。
シグマはシャル、アルファ、オメガの足元に魔法陣を展開した。
「これから儀式を始める。貴公ら、準備はいいな?」
シグマがシャル達に儀式を始める準備ができた事を伝えた。
「大丈夫よ」
「大丈夫です」
「無論だ」
シャル達は了承の意を伝えた。
「では始める」
シグマがそう言うと魔法陣から漆黒の火柱が立ち上りシャル、アルファ、オメガを呑み込んだ。
漆黒の火柱に呑まれたアルファとオメガは煙のような肉体がどんどん漆黒の炎に喰われていき跡形もなく消えていく。一方、シャルを呑み込んだ漆黒の火柱はシャルを焼き尽くそうとするが、シャルの肌や髪を燃やすどころかシャルの体に傷一つ付かずシャルの着ている衣服しか燃える事がなかった。
アルファとオメガを燃やしていた漆黒の炎が二体の肉体を完全に喰らい尽くすと元々肉体があった場所に白銀の光の粒子が生成されていた。生成された光の粒子はどんどんシャルの方へ収束していく。そして光の粒子がシャルの肉体へ吸い込まれ解け込んでいく。光の粒子一つ一つがシャルの肉体に溶け込んでいくにつれシャルの表情が徐々に険しくなっていった。
シャルの体の中で魔力と神聖力が溜まっていき全身を駆け巡っている。光の粒子が肉体に溶け込むにつれ全身に駆け巡る力の量と勢いが増していき息が苦しくなる。
漆黒の火柱の中で膝を付いたシャルは呼吸が乱れていき意識が遠くなりそうになる。しかしすんでのところで意識を保ち、体中に駆け巡る力の奔流を整えようと集中する。
外部から入ってくる力も自分の意志で調整できることが分かったシャルは外部から入ってきた力の奔流に集中し力の流れる方向や勢いを調整していく。力の流れる方向を制御して力が無暗にぶつかり合う流れを極力なくし規則性のある綺麗な力の流れを作り上げていく。
光の粒子がすべてシャルの肉体と解け込んだ時シャルの体が淡く吐く瓶色に輝いてすぐ輝きが消えた。
シグマは魔法陣を消失させて漆黒の火柱を消した。
火柱が立っていた場所にはアルファやオメガは跡形もなく消えていて残っているのは一糸纏わぬ姿のシャルのみだった。
「儀式は成功だ」
シグマがそう言うとシャルに近づいていく。
シグマの手から黒い炎が立ち上がりどんどん大きくなる。大きくなった黒い炎は悪魔達が羽織っている炎とも煙とも捉えられる外套に形が変わる。
シグマは黒い外套を裸のシャルにかけた。
「調子はいかがですか?」
少し離れた所からプサイが具合を訊いた。
「全然平気。むしろ体中に力が漲って調子が良いくらい」
アルファとオメガの膨大な力はシャルの肉体に完全に留まり切った。
それを見ていた悪魔達は感嘆の声を上げた。
「安心はするな。まだアルファとオメガの力が完全に貴公の体に順応したわけではない。しばらくはその力が馴染むまで使うな」
「分かったよ」
シャルはシグマの忠告に了承の返事をした。
「儀式が成功してすぐで悪いんだけど、儀式が成功した貴女に合わせないといけない方がいるの」
シャルの後ろから不気味な声がした。声の方を振り向くと黒の外套で全身を覆っていてわかるのは細い体格のみだった。
「あなたは誰?」
シャルは声をかけてきた悪魔に尋ねた。
「私はタウ。どうぞよろしく」
タウと名乗る悪魔が会釈をした。
シャルはタウを睨んだ。養父であるエドワードを殺した悪魔。シャルは私情を押さえているつまりだったが視線までは隠せなかった。
「誰と会うの?」
シャルはタウに端的に質問する。
シャルの質問にタウは恭しく答えた。
「魔王様です」
お疲れ様です。
tawashiと申す者です。
今回読んで下さり誠にありがとうございます。
これからも毎日投稿しますので良ければ読んで頂けると幸いです。